第二十四話 ラケッティア、廃車によるマフィア判別法。
さて、廃墟と化した文明を探索する上で大切なのは、その廃墟のなかに自動車の残骸を見つけることだ。
自動車の形を見れば、その文明にどのようなマフィアがいたかが分かる。
例えば、この〈掟の星〉で見かけたのはだいたい1940年代から50年代くらいの自動車らしい残骸をよく見かけた。
つまり、この星のマフィアは禁酒法を経由しての資金力と政治力の強化により、芸能界にも強いコネを持ち(たとえばマフィアの言いなりにならない歌手は町じゅうのジュークボックスに曲を入れてもらえないとか)、まだ〈沈黙の掟〉を破ったものはいない(〈掟の星〉の掟とは沈黙の掟なのかもしれない)。
ヤクを売っていたかどうかは微妙だが、廃車たちは多種多様。
つまり、自動車業界は毎年モデルチェンジをしていて、それを追いかけようとするのであれば、ヤクに手を出さないと追いつかない。
ボスクラスはともかく中堅くらいの連中はそれなりにドラッグ・マネーをつまんでいたんだろう。
だが、それ以外にもジュークボックスのリース会社や国外のカジノや欠陥建築や高利貸しや道路舗装会社(死体を埋めた熱々のアスファルトにロードローラー)やスクラップ工場(これもいい。廃車ごと潰す)を営んでいただろうし、ボスたちは紳士服店の二階やスーパーマーケットのスタッフルームで秘密の会合を持ち、たぶんいたであろうFBIもどきに会話を盗聴されていたはずだ。
と、思ってうろついていたら、とんでもないスクラップを見つけた。
六メートルはあるにもかかわらずリムジンではない乗用車、巨大なテールフィン、デュエルヘッドライト。ぼろぼろに錆びているから分からないが、この車体は間違いなくクロームメッキを施され、夜のネオンを滑らかに写し取っていたはずだ。
アンソニー・カルファノが愛人と一緒に撃ち殺されたときに乗っていたのと同じ、ご機嫌な1959年型キャデラックもどき。
しかも、なかを覗き見たら、ガイコツがふたつ。
頭の後ろに風穴がふたつ開いているのだ。
百万年の風雨に負けず、バクテリアに負けず、化石化の誘惑に負けず、こうしてふたりが残っているのは、〈掟の星〉にもアンソニー・カルファノのようなタフなマフィオーソがいたことをおれに知らせるためだったに違いない。そう思うと、こう、何かこみ上げてくるものがある。
「吐き気だろ」と、イスラント。
「なんだよ、ちょっとくらい夢見たっていいだろうが」
「二つの白骨死体で夢を見るのは健全とはいえないぞ」
「こちとらとっくに健康優良児を捨ててるんだ。そもそも、こんな寒いなか、外を出歩くほうが不健全だ。健康に悪い」
カルファノのキャデラックがあった場所はシップが着地した何かの記念広場からほんの数百メートルのところだ。
記念広場と言ったのは、何かの騎馬像みたいなものが台座に乗っていたから。
戦争の傷跡はあちこちに見られる。
なかに最低四体の骸骨が入っている重戦車、地面に突き刺さったトビウオ型攻撃機、真っ二つに裂けたトラック、ちびっ子パークというファンシーな看板の後ろに広がる直径一キロ以上はありそうなクレーターには黒く冷たい水が鏡みたいに灰色の空を映している。
建物はどれも外側だけが残り、なかは天井と床が崩れて、醜く重なっていて、入ることはできない。だが、どうも自動車のデザインは古くとも、科学技術はフレイアのほうが百年くらい先を言っていたのかもしれない。
たとえば、シップみたいな宇宙船しかり、フレイアに連れていかれたフレイしかり、〈風の星〉の研究所しかり。
今だってガンダムみたいな巨大ロボットの上半身が転がってるし。
新生フレイア帝国には有力な古代遺産を遺したわけだし(現代日本が遺せるのはエロ動画の違法ダウンロードくらいだ)。
「しっかし、掟がなんだか知らんが、この星の繁栄には何の役にも立たなかったらしいな」
「かつてはフレイアの植民地だった星です。フレイア以外の星では最も発展した星でしたが、フレイア滅亡とともにエネルギーを得られなくなり、残り少ないエネルギーをめぐって内戦が勃発。住民は全滅しました」
「ブラッダ、見るだや。あれ、〈コンビニ〉かや?」
「ああ、コンビニだね。しかし、このコンビニ、現代日本だとどの立ち位置なのかな? ハロハロなど店内お召し上がりに気合を入れたミニストップか、やたらとうまいチョコミントアイスを売っていたファミマか……」
はあ、とイスラントがついたため息が白く凍りつく。
「きみたちはもっと他に調べるべきものがあるんじゃないのか?」
「例えば?」
「例えば、この星にはどんな守護神がいるのかとかな」と、ギル・ロー。
「そりゃ〈掟の星〉なんだから掟の守護神だろうが」
「こわこわだや。ルール破ったら、カルリエド、ロールキャベツにされるんよ」
「ヘイ、シップ。掟の守護神について教えてよ」
痛くない入れ墨のことが分かって以来、ギル・ローの関心事はこれに特化しつつある。
そうですね、とシップは顎をつまんで思い出すように言う。
「かつてはふたりいましたが、いまはひとりです。あまり友好的な守護神とは言えませんが」
「なんで友好的じゃないの? 悪質なキャッチセールスに引っかかったとか?」
シップが説明してくれた。
それは悲しきホントの話。
この星の守護神は最初にこの星に住んだふたりのフレイア人だった。
ふたりは若い夫婦だったらしい。
当時のフレイアには人間を守護神にする技術があった。夫婦は神となり、星に住む全てのものたちを優しく見守っていた。
だが、フレイアが滅び、この星も滅びが避けられなくなり、残り少ないエネルギーを奪い合って、人びとが殺し合いを始めた。
まあ、それだけならよくある話で済むのだけど、〈掟の星〉はふたつの陣営に分裂し、それぞれの陣営が守護神までも奪い合い、夫婦の神さまは引き離され、それぞれの陣営の軍神とされてしまった。
殺し合いは夫の陣営が勝ったが、割に合わない勝利であり、生き残りはわずか。それもあっという間に死んでしまった。
守護神のもとに残ったは荒廃した星と、妻の亡骸だけだった。
うん、まあ、友好的になれってのが無理だな。
「はやいとこずらかっちまおうぜ。そんな神さまに見つかったら、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃない」
「でも、刻印もらわなきゃ」
「おれの言ったこと、きいてた?」
「百万年以上前のことだぜ? 失恋の痛手なんてもんからはとっくに復活して、再婚して、離婚して、親権争って裁判して、慰謝料と養育費払って、また再婚して、離婚して、親権争って裁判して、慰謝料と養育費払って、懲りずに再婚して、めでたく百万人目の子ども孕ませてるって」




