第十七話 ラケッティア、プランB=駄菓子屋最強兵器。
「あんたは司令官付きの参謀だそうだが、軍隊の戦術戦略ってのはポーカーには通用しないらしいな」
参謀将校はまだ若い、と言っても、おれよりふたつくらい年上で、まあ、エリートですわな。
家柄もよく、お日柄もよく、迫り出したのは欲。
勉強ばっかしてきた若人が、それまで一度も触れたことのないカードに触れた途端、鉄骨渡りだって厭わない立派なギャンブラーに変身した。
「さて、負けが込んでて、払いをウチが立て替えてるけど、返す算段はついた?」
「まあ、落ち着いてください。我が軍の最新式魔導砲に関する性能が全て記載されたものがあります」
「それはもう持ってる」
「じゃあ、これは? 一か月後に予定された攻勢計画の最終案です」
「おれたちは戦争しに来たわけじゃない。それにその作戦に加わる部隊の半分以上が指揮権をウチによこしてる。こっちが何にもしなくても成功しないよ、ンな計画」
「じゃあ、ルハミさまの居所を教えるのはどうでしょう? あ、いらないと言わず、最後まできいてください。ルハミさまは精鋭のみを連れて、ある場所に出かけます。そこに帝国にとって重要な〈剣〉があるとの話です」
「〈剣〉? 剣一本でどうにかなることじゃないでしょ?」
「いえ、それはただの剣ではありません。古代フレイア文明がこの星界の星々から魔導力を抽出するための特殊な宝具です。皇帝陛下はその〈剣〉に集まったエネルギーを用いて、フレイアを完全に復活させようとしているのです。どうですか? この〈剣〉があれば、帝国はなんでも好きなものと交換してくれますよ? それはそうと……チップを五千ほど貸していただけますか? 今日は勝てそうな気がするんです」
――†――†――†――
ロタロタは特に腕の立つ戦士たちに目いっぱい手投げ矢と爆発矢を持たせた。
おれはというと、ジャックがつくってくれたボトル・カクテルを十数本ほど肩から下げるカバンのなかに入れての出陣。
参謀将校が売ったのは帝国にも翼人にも見放された星の端っこだった。
人間の腕ほどある蔦植物がギチギチに締めあげた巨岩で、魚を主食にしている野菜いらずの翼人たちはさして大切と思わず、帝国軍も軍事的な有用さが見られなかったという奇跡のほったらかしをしていたのだが、ここにきて、スターダムにのし上がる。
その岩のなかには遺跡があり、それはフレイアが滅亡前、この星のエネルギーをピンハネしてやろうというせこい意図でつくった〈剣〉の設置場所なのだ。
そんな場所が分かれば、総司令官のルハミさまは精鋭を連れていく。
その精鋭というのは、まあ、暗殺部隊みたいなものだ。
残念ながら〈カーヴ・エクスチェンジ〉に来たことはない。
きっとトリッキーな動きでこちらを翻弄して死角から一撃するのだろうが、ジャックとイスラント曰く、そういうやつは戦いやすいのだそうだ。
というのも、死角から襲うことに気を取られ過ぎて、それがワンパターンになっていることに気づかないやつが、まあ、三人にひとりはいる。
ぱっ、とそいつの姿が見えなくなったら、後ろにデタラメに剣を振れば、向こうから刺さりに来るのだそうだ。
敵に知恵があるならば、自分の指を傷つけて、イスラントを戦闘不能に陥らせるところだろうが、帝国幹部を殺した強者が血を見たら卒倒するなど夢にも思うまい。
「で、作戦はどうするんだ?」
おれたちは問題の巨岩から一マイル離れたシップの甲板に集まっていた。
翼人たちはお気に入りの槍にお気に入りの羽根をつけ、首飾りと腰巻、それに翼のなかに差す飾り羽という偽物の羽根もお気に入りで固めていた。青、赤、黄、緑と宝石みたいに輝くその羽根は銀でできていて、専門の術士によって封じ込められた元素が色となってあらわれるのだそうだ。
「作戦としては、ま、最初は買収を試みるつもりだ」
おれはカバンを開き、ジャックのつくったボトル・カクテルを見せる。
翼人たちはぶうたれた。
暗殺部隊には仲間を結構な数、殺されているから、ひとりとして生かしてはおけない。軍神に捧げるイケニエにしてやると拳を固めて、翼をバタバタさせた。
「そんなもん捧げられたって始末に困らぁ」
グリホルツヴァイの赤い頭のほうが言った。
「と、とにかくやつらは血祭りに上げる。これは譲れない」
「そういうことになるとプランBが発動する。ヘイ、シップ! 例のものを!」
甲板の六角形が次々と消え、舳先に大きな穴が開く、すると、ルルルと電気自動車みたいな音を鳴らしながら出てきたのは巨大パチンコである。
鏡のように磨き上げられた二本の金属の棒に融合するようにゴムが張ってある。ゴムは見る方向によって色が変わる玉虫色で宝石みたいに見事に光ることがあれば、絵の具を五色以上混ぜたときに出る冴えない色になることもある。
正直、これがゴムなのか自信はない。百年前のテクノロジーが作り出した謎物質だ。
これと同じ素材でコンドームをつくったとしても、百年前のコンドームを信じることができるだろうか?
「まあ、それは置いておいてだね――」
おれはその巨大古代パチンコのゴムの真ん中――弾になるものをセットしやすいように少し広がっていた――を軽くつまみ、後ろに下がる。
抵抗は全くない。ただ、後ろに下がっているような感じだ。
十歩ほど下がってから、カバンのなかのボトル・カクテルを取り出し、セットして手を離した。
ひゅーん。
と、素晴らしい風切り音を響かせながら、ボトル・カクテルは飛んでいき、空に打たれた小さな点となったかと思ったら、すぐに消えてしまった。
「二十一、二十二、二十三、二十四……」
二十五と数えようとした瞬間、例の巨岩のそばに係留してあるルハミさま直属の特務艦が大爆発を起こした。
燃え上がる空中戦艦を目にしたら口にしなければいけないセリフがある。
「見ろ、ゴミが人のようだ――じゃなくて、人がゴミのようふぁ。あ、嚙んじゃった」
空中特務艦は拷問用具だの人体実験室だの洗脳装置だのと一緒に燃えながら宇宙の塵となるべく爆発を繰り返している。
百万年前のテクノロジーと〈モビィ・ディック〉クルーをまとめる幹部のジャックの職人技の融合の前にエリート暗殺部隊などクソほどの役にも立たない。
燃え落ちる戦艦を見るイスラントの目は冷酷なクール系アサシンそのもの。
さすがにこれだけ離れていれば、あぶくの心配はないらしい。
おれはあっけにとられた翼人たちに向かって言った。
「これがプランB。どやっ」
「だやっ。カルリエド、出撃するんよ~」
「へ?」
見れば、カルリエドがパチンコのゴムに己が身を装填して後ろ歩きをしている。
身長があって、脚が長いから、装填用に広がった箇所をかなり持ち上げないと腰に当たらない。
ばびゅーん。
ピースフルな音を鳴らして、カルリエドはワイリー・コヨーテみたいにすっ飛んだ。




