第十六話 ラケッティア、カーヴ・エクスチェンンジ開店。
酒場の名前は〈カーヴ・エクスチェンジ〉にした。
由来は禁酒法時代のニューヨーク、リトルイタリーにあった伝説的な違法酒交換所で、その当時最高の美酒が集まった。
〈カーヴ・エクスチェンジ〉は小さな浮遊島につくられて、帝国占領空域で開店した。
シップに亜空間リソースを限界まで使って、しゃれたバーをつくった。
奥行きが深く、カウンターはコの字型で常に新鮮な魚とうまい酒を用意できるよう、養魚池と酒の保管所を店の裏につくった。
カウンターにはおれとジャックとイスラントがコの字のそれぞれの線を受け持つ。
そして、接客遊撃隊としてカルリエドとギル・ローが立ち回る。
帝国軍は飛行機械を持っていて、このまわりをあちこち飛び回っている。
そのうち、おれたちの店に気がつき、興味本位で寄ってくる。
やつらは徴発した魚卵酒にうんざりしているから、ジャックがつくったボトル・カクテルをうまいうまいと飲むだろうし、イスラントがつくった氷菓子はちょっと腰かけてつまむくらいはできる。
おれはというと、魚料理を出すのだけど、やつらが兵営で食べているようなありふれた魚肉団子ではなく、香草パン粉焼きやニンニクたっぷりのアヒージョなどで、酒の当てにちょうどいい。
こうして楽しんだ後、連中はカネを払おうとするが、おれは甘い顔して、
「いえいえお金はとっておいてください。わたくしどもの店は|エクスチェンジ(交換)で娯楽を提供しておりますです、ハイ。あなたがた帝国軍の装備のうちのなんでもいいのでひとつくださいな」
「言っておくが、武器はやれないぞ」
「もちろんです。ハイ。まあ、このくらいなら渡してもいいと思うものをもらえれば」
すると、その帝国兵はボタンをちぎって渡した。
「まいどありがとうございます。また来てください」
その日の店じまいをし、順調に赤字を出していることを確認して、おれはにんまりした。
「だが、オーナー。ボタンなんか集めて、何に使うんだ?」
「何にも。正直、ボタンなんて集めても意味がない。卒業式じゃあるまいし」
「カルリエド、このボタン好きなんよ。磨いたらキラキラだや」
「じゃあ、全部あげるよ」
「わあ、ヒューマンのブラッダ、ファットお腹だや。まじサタンなんよ~」
「まあ、ボタンはあくまでとっかかりに過ぎない。確かに今はボタンひとつで好きに飲み食いできた噂はあっという間に広がるだろう。カーヴ・エクスチェンジはその交換対象をどんどん大きくしていく。そうして脹らんだ人間の欲望が、こう、ガッと牙を剥くわけですよ」
〈カーヴ・エクスチェンジ〉は大人気。
非番のときにはみな〈カーヴ・エクスチェンジ〉へ行きたいと思うようになる。
しばらくはボタンで飲み食いさせるが、さっきも言った通り、こんな赤字経営で終わらせるつもりはない。
「ふー、食った、食った。ボタンいくつ分だ?」
今回の相手は補給係の将校らしい。ボタンをポケットにじゃらじゃらさせている。
「いえいえ、今回はお代はいただきません。そのかわりにこれを――」
「なんだ、これ?」
「わたくしども累進課税星で流行っているカードゲームのルールブックです。ポーカーといい、このトランプと呼ばれるカードを使って遊びます。どうぞ皆さんにこれを広めてくれませんか?」
すでにカミスエンフィという名のコントラクト・ブリッジに似たゲームが帝国兵のあいだには存在するが、こちらとしては相手をハメたいから、レイズができて頭がカッカしやすいポーカーを広めたい。
さて、これまでは飲み食いが中心だった〈カーヴ・エクスチェンジ〉だが、ここにポーカーが追加されることになった。
シップにチップをつくらせて、これをボタンや軍用スコップと交換させる。
最初のころ、まだルールが熟知できていないころは賭けも小さかった。
だが、そのうち、ハッタリが利くのだと分かるようになると、賭け方が大胆になっていく。
賭け方が大胆になれば、勝てば大儲け、負ければ大損。
で、そのうちチップが切れる。
これまではボタンしか交換しなかったが、ギャンブルジャンキーたちは軍用の短剣をチップに変える。
勝って取り戻せばいいと思うが、また負けて、今度は古代文字の刻まれた胸当てをチップに変える。
そうやって、あわれなギャンブルジャンキーはすっぽんぽんになるが、まさかギャンブルで装備を全部スッたとは言えない。
そこで、おれがこれまで集めた装備を高利で貸す。
軍用上衣一枚は十日で軍帽ひとつ。鎧の胸当ては一週間以内に携帯糧食二十人分と言った具合だ。
〈カーヴ・エクスチェンジ〉は大盛況で、かなりの高級士官がやってくるようになると、特別なVIPルームをつくり、酒も食べ物もタダでおもてなしをする。
高級士官たちはメンツがあるから、ボタンひとつひとつなんてチンケな賭けはしない。
配下にある部隊を賭ける。
こうしていくうちに〈カーヴ・エクスチェンジ〉の倉庫には剣、槍、鎧、飛行機械、射出兵器、突撃部隊や輸送部隊の指揮権などが山積みになる。
操縦兵付きで飛行機械を借金のカタに受け取っているので、取り立ての場所にもスムーズにいける。
「ボ、ボタン! ボタンが月末には支給されるんだ!」
飛行機械から逆さ吊りにされた補給部隊の下士官がわめく。
「いやいや、兵士長さん。あんたの借りは補給部隊の護衛装備一式。利子もボタンの百や二百で何とかなるようなもんじゃないんですよ?」
「じょ、情報がある!」
「情報? そんなのが何の役に立つんだ?」
ホントはそれを待ってたんだ。
「補給物資の秘密集積所の場所だ。座標を知ってる! だから、落とさないでくれ!」
こんなことばかりしていると、憲兵にしょっぴかれないか? 相手がサツに駆けこまないかという心配があると思うが、まあ、実際、そういう出来事は起きかけた。
「人の弱みを握るなら金貸しが一番だよ。いや、一番はハニートラップだけど、メンツが野郎だけだからねえ。あ、イスラント、女装してみる? ……冗談だよ、剣抜くなって」
「おーい、ミツル。ポーカーで負けた客がヤバいこと言ってるぞ」
「どれどれ」
そいつは情報部の伝令兵で、いかにもおれたちの重大な秘密を握っているといったしたり顔をしていた。
確かに賭け方も全部チャラになることが分かってるいい加減な賭け方だが、どんな切り札を持ち出すんだろう?
とりあえず負け犬の遠吠えを至近距離できくところからスタートだ。
「お前ら、マハトさまを殺したろ」
「それが?」
ホント、それが、だよ。
「は?」
「だから、それがどうした?」
「おれが通報すれば、お前らは皆殺しだ!」
「だろうな」
「なら、おれの借金はチャラだ。いや、これからはお前らがおれに保護料を払って――」
「通報しろよ」
「へ?」
「だから、お前らのボスにおれたちが商売してますよ~、マハトさまのカタキだよ~って通報してこいよ」
「そうすれば、この店は終わりだし、お前らもつかまるんだぞ。分かってるのか?」
「よくわかってる。まあ、捕まるようなヘマはしないから、つぶされるのは店だけだが、問題はおれたちの店がつぶされるその瞬間、お前はどこにいるかってことだ」
ジャックが店の真ん中につくった床扉を引き開けると、崖の下から吹き上げる風がその前髪を乱した。
負け犬は乏しい想像力で宇宙の底まで落ちていくのがどんな感じなのか思い浮かべようとしたようだが、そのうち、オエップ!と喉を鳴らして、ゲーゲー吐き始めた。
こんなことがあっても、〈カーヴ・エクスチェンジ〉は潰れない。
だって、相変わらず飲み食いするだけならボタンひとつだし、浮遊島はシップに曳航させて頻繁に移動している。
店の規模も徐々にデカくし、ファロやブラックジャックとできるゲームも増やしていく。
そして、負けた客がどんどん装備や情報、部隊の指揮権を落としていく。
こんなに兵士たちがゆるいのは現在が圧倒的な勝ち戦だからだろう。
翼人なんて潰そうと思えば、いつでも潰せる。
だから、ちょっとくらい遊んでも平気。
だが、いずれルハミとかいう総司令官が動き出すだろう。
そのクラスを酒やギャンブルでハメられるとは思っていない。
きいたところでは快楽殺人者らしいし。
〈カーヴ・エクスチェンジ〉はいずれ店じまいする。
だが、その前にどうしても欲しい情報がある。
そう、カッターナイフの在り処だ。




