第十三話 ラケッティア、翼人包囲戦。
なんだかんだでイスラントがノリノリになってきて、シップが亜空間リソースを用いて、ジャックとおそろいのカマーベストの制服をつくろうとし、おれが、いくらなんでもそれはまだはやい、時期を待つのじゃ、と諭しているころ、おれたちは翼人の大群のなかに突っ込んでいた。
自動操縦万歳!
見慣れない船がやってきて、翼人たちは手に槍を、腰には魚肉でつくった携帯口糧を下げた長期戦も辞さない戦闘態勢でおれたちを迎えてくれた。
「ひゃあ、ホークマンのブラッダたち、ウジャウジャなんよ。ヤル気マンマンなんよ」
カルリエドの言う通り、やつらは殺る気まんまんだった。
大きな翼を羽ばたかせ、腰に樹皮を巻き、手足は指こそ五本あれども、それは鷲のもので黄色く節のある指から生える鋭い爪はおれたちの柔らかいお腹を引き裂いて、内臓まるっと引きずり出すときに役に立つことだろう。
そして、これはこの危急存亡の秋に、おれと未知の星の人びととのあいだで交わされた輝かしき通信の記録である。
「貴様ら、何者だ?」
「おれたちは累進課税星からやってきた税務署星人だよ。覚悟しろ」
「そんな星、きいたことがないな」
「だが、あるんだから、しょうがない」
「本当は〈錆の星〉の人間たちだろう?」
「違う。それどころか、おれたちはやつらと目下抗争中だ」
「何をした?」
「やつらの幹部を殺した。マハトって名前だ」
「知らんな、そんなやつ」
「本当はそんなに偉くないのかも」
「まあ、いい。話だけはきいてやる。バリアを解け」
「へ?」
「だから、艦のバリアを解けと言っている」
「ヘイ、シップ! いまバリアしてる?」
「いえ、してません」
「してないってさ」
「嘘をつくな。触れれば焼け死ぬバリアが張ってあるだろうが」
「フネ本人がねえって言ってるんだから、ねえもんはねえよ」
「その卑劣な罠のかけ方……やはり貴様ら、〈錆の星〉の仲間だな? おい! 全軍に告ぐ! いまから急降下爆撃でこのフネを空の星くずにしてやれ!」
「わかった! バリア解除する! ほら、解除した。だから、もっと平和的に話し合いをしましょ?」
翼人たちは目に染み入るほど美しい星空を背景に急降下爆撃のフォーメーションを取り出した。
爆撃隊の翼人たちはみな手に真っ赤な筒を結びつけた手投げ矢を持っている。おそらく爆弾だろうが、どんな爆弾なのか? 圧力釜時限爆弾みたいな殺傷力をあげるためにパチンコ玉を入れたタイプなのか、ナパーム弾みたいな恐怖の燃えるガソリン・ゼリーが降りかかるタイプなのか、……まさか核じゃないよな?
「ヘイ、シップ! バリア張ってよ!」
「無理ですよ! そもそも、ボクにはそんな機能は搭載されていません!」
「でも、バリアしないと甲板、タコツボだらけにされちゃうよ!」
「大丈夫です。こういうときのために兵器が保管されています。それを使ってください」
がこん、と靴底の下から衝撃があり、慌てて飛びのくと、甲板を敷き詰める六角形のひとつがぐぐっと伸びあがって柱となった。壁面には何かの神さまっぽい幾何学模様の施された小さな扉があり、武器はその内部にはあるらしい。
「それで翼人と戦ってください」
「よっしゃ。鳥人間どもめ、税務署星人を怒らせたこと、後悔して、――これ、パチンコ? ヘイ、シップ。もしかしておれのこと、嫌い?」
「ちょっと待ってください。もっとしっかりした武器を――」
「ヘイ、シップ。おれのこと死ねばいいと思ってる?」
「違うんです! いま、ちゃんとしたのを――」
「いいんだよ、別に。おれ、ワルモンだし。嫌われてなんぼの商売ですよ」
「そんなこと言わないで。いま、惑星消滅砲を出しますから待ってください」
おれがいじけ、翼人たちはスツーカ爆撃機みたいな音を立てて、急降下を始めているあいだ、ギル・ローはイタいことになっていた。
「ぐ! ……右手がうずく」
「だから、そういうのは中二病に見られるからやめなさ、い、……え?」
刻印が柔らかい緑色に光っている。
町から離れた白い砂浜につながるトンネルみたいな茂みの色。
見つめているだけで肩こりが治ってしまいそうな色。
その光がガラスを透き通す不思議な液体のように広がって、体を貫く無害な波動は、高度な召喚魔法が唱えられたときと同等。
あふれ出る光に急降下爆撃部隊も思わず、動きを止める。
おれたち罪深い税務署星人は吹き飛ばしても、この緑の光を吹き飛ばしていいものか判断がつかないのだ。
光が引いていく。そのなかで徐々に輪郭の線が押しのけられた光の後にあらわれて、はっきりとしたものになっていく。そう、そこにあるのは――、
肘をついて横になって〈樹の星〉名物、光合成せんべいをポリポリ食べている。ドリアードだった
「え? わっ、なにこれ? 召喚?」
せんべいポリポリ食べているところを召喚された神さまとしては当然の反応だろう。
「ちょっと! 召喚するなら先に言ってよ!」
「そもそも召喚ができることすら初めて知った」
「はあ……もう。で、これどういう状況なの?」
そう言って、ドリアードが見上げた空では爆撃部隊が炸薬入りの手投げ矢を持ち、再度高度を上げて、爆撃を試みようとしている。
「実はかくかくしかじか」
「まるまるうまうま。あー、それはしくじったわね。いい機会だから、一度、元素単位にまで粉々になってみたら?」
「あんた、召喚獣なんだから、せっとくするとか神の怒りの雷で薙ぎ払うとかしてくれよ」
「しょーがないわね」
ドリアードじゃ翼人たちの長らしい男に話しかけた。
「この人たちは敵じゃないから。むしろ帝国と喧嘩してるんなら、味方になるはずよ」
「同じこと、こいつらも言った」
「わたしは守護神、この人たちは――なんか、よく分からないところの出身。どの言葉を信じればいいかは分かるよね?」
翼人たちはとりあえずおれたちをバラバラに吹き飛ばすことを中止し、再検討し……、
「爆撃再開! きっついのくれてやれ!」
と、おたけびをあげた。
なんだ、樹の守護神もたいしたことねえな、ケッ、と思って、不本意ながらひねくれた心持で死に臨みつつ、こっそりではあるが、いつもだやだやカルリエドが魔族の本領発揮でかっこいいとこ見せてくれるんじゃないかと期待したりもしていたが、おれたちの助け舟は突如あらわれた頭がふたつある巨大な鷲の形であらわれた。
「グリホルツヴァイさま!」
「グリホルツヴァイさまだ!」
赤い羽根に覆われた頭と青い羽根に覆われた頭を持つ巨大な鷲には翼人たちが逆らえない権威があるらしい。
「なんだ、この合成生物みたいなのは?」
「無礼者! こちらは我らが〈風の星〉の守護神グリホルツヴァイさまだ! 千年に一度、星界に異変が起こるときにあらわれる守護神さまだ」
「ふーん。人の言葉通じんのか?」
「そっちこそ鳥の言葉通じんのかよ、ドアホ」
赤い頭が言った。
「よさないか。兄弟が済まなかったな。クチバシは悪いが、根はいいやつだ。同じ根からわたしの首が生えているのだから間違いない」
「出た。いつもの、おれの首を切り落とせば、自分はちったあマシな存在になれる理論」
「事実なのだから、仕方がない――あなたは? 見たところ、わたしどもと同じ守護神のようだが?」
青頭の問いにドリアードは名を名乗った。
「ドリアード……美しい。まさにあなたのような美女のためにある名だ」
赤頭が、ま~た始まった、とあきれた顔をする。
「どうです? もしよろしければ、今度お茶でも?」
「もちろんおれも強制的についていくハメになるけどな」
「必要とあらば、兄弟の首を切り落してきましょう」
空で危険な爆発物をもたされたホバリングを繰り返す翼人たちは自分たちの守護神にたずねた。
「あの、グリホルツヴァイさま。結局、こいつらは敵なのですか、味方なのですか?」
「こんな美しいご婦人が敵なわけがないだろう?」と、青頭。
バラバラに飛んでいた翼人たちが一か所に集まって、あれこれ相談をした。
結局、心が決まったところで長らしい翼人がやってきて、こう告げた。
「よし。守護神が信じるのであれば、我々も信じよう。ゼームショ星人よ。我らの都へ案内しよう」




