第九話 ラケッティア、かっこいいの自白。
地面にひどい傷が長々とついていたので、それを辿っていくと、前半分だけの魔導装甲車が何かの蒸気機関みたいな巨大塔にぶつかって、リベットが溶けおちるほど激しく燃えているのを見つけた。熱でキャラメルみたいにくにゃくにゃ崩れた塔は兵舎から飛び出す武装した兵士たちの頭上に落っこちて無数の断末魔を演出する。
飲酒運転よりもタチが悪いギル・ローの刻印運転の始末がこれだ。
「ヒューマンのブラッダ、こっちなんよ」
カルリエドが両手をふる。
そばには氷の彫刻がある。
士官クラスの軍人の等身大氷像で、大きく開けた口や咄嗟に振り上げた腕の角度などが生々しい。
「これ、クールマンのブラッダやったんよ。斬ったときンまま、フリーズしてるんよ。ひえひえだや。ヒューマンのブラッダ、迷子だや。カルリエドも迷子だや。でも、クールマンのブラッダ、雪祭ったのをたどれば、クールマンのブラッダ、たどり着くんよ。クールマンのブラッダんそば、シップのブラッダもタトゥのブラッダもいるだや。バーテンのブラッダ、間違いなくいるんよ」
こうしてふたりで大混乱の要塞を、氷漬け人間を辿って歩き始めた。
カルリエドは落ちていた戦闘糧食の箱から原材料不明のケーキスポンジみたいな塊を取り出し、もぐもぐしている。
「んまい! ヒューマンのブラッダ、これ、いけるだや」
「いや、おれは遠慮しておくよ。頭のなかの理性を司るところが『ソイレントグリーンは人間だ!』って叫んでるから」
しかし、ジャックとイスラントが切り開いた道には死屍累々だな。
これって、相乗効果なのかな?
目を閉じれば、息ぴったりに敵を斬り伏せるふたりの姿がまぶたに浮かぶ。
鉄パイプや機械がぐちゃぐちゃに絡みあった塔に出くわした。
ここが司令部らしい。
〈錆の星〉の建築基準は知らないが、ディストピア小説に出てきそうな悪夢みたいな塔だ。
蒸気がシューッと白く吹き出し、大きな鉄塊が工業用ハンマーみたいに上下している。目を凝らすと、兵士がひとり投げ飛ばされて、ハンマーの下に倒れるのが見えた。すぐにガチャンと鉄塊が落ちてきたが、あれをイスラントが見ていないことを祈ろう
門番らしい兵士がつんのめった姿勢のまま、凍りついているので、その横でふたりを待つことにした。まあ、負けることはないだろう。
バギャッ!
塔がもたらすシュードンドンの騒音とは異質の音がした。
見れば、最上階から人間が落ちてくる。
地面に叩きつけられたのは敵の大将らしい。
紫のツンツンした髪。確かマハトと呼ばれていたやつだ。
体の下半分が凍っていて、片栗粉みたいに真っ白な息を震えながら吐き出している。
「バ、バカな……この、おれが……」
「やあ、にいちゃん。派手にやられたね。なんか言い残すことある? 家族には勇敢に戦って死んだって伝えとく?」
「き、貴様らは――一体、何者なんだ――」
「おれたち? おれたちはマフィアだよ。マフィア」
「マフィア、だと? それは、いったい――ぐああ」
下半身を覆っていた氷が冬将軍を味方につけたロシア軍みたいに残りの体を蹂躙した。
おそらく人生で最後の思念は『マフィアとはなんぞや?』だっただろう。
そうしたら『マフィアとはコーサ・ノストラだ』とこたえる。
すると、最後の思念は『コーサ・ノストラとはなんぞや?』に更新され『コーサ・ノストラとはオノーレ・デ・ミーオだ』とこたえる。
すると、最後の思念は『オノーレ・デ・ミーオとはなんぞや?』に再更新されて、と、まあ、死にゆく男の疑問は尽きない。
何の疑問も未練もなく、すっきり逝きたいなら、マフィアを敵にまわしてはいけない。
つーか、むしろ、こっちがききたいんだよ。
樹人たちを集めて、何をするつもりだったのか。
お前らはフレイアと何か関係があるのか。
いや、もっとダイレクトにフレイの居所をきく必要があったのだが。
ジャックとイスラントが塔からあらわれた。
あれだけ戦ったのに返り血一滴も浴びていない。
イスラントの顔色も、まあ、かなり色白だが、泡を吹いた感じの不健康な白さではない。
もう、気遣いジャック先輩に敬礼ですよ。お疲れ様です!
「で、なにか、こうフレイについての手がかりみたいなものはあった?」
「分からない。ただ、やつらが後生大事に保管していたものを見つけた。〈剣〉と呼ばれていたんだが」
ジャックが持っていた〈剣〉を見せる。
青い半透明のプラスチックみたいな材質で安物のカッターナイフみたいなシルエットをしている。
「なんか安っぽいな。これなら、イスラントの剣のほうが百倍かっこいい」
「かっこいいとか、言うな」
「なんでだよ? 誉め言葉だろうが」
「暗殺者にかっこよさなど必要ない」
「えー。殺されるほうだって、どうせ殺られるならかっこよく殺られたほうがいいと思うけど? その昔、フランク・カルロッタはトニー・〈ジ・アント〉・スピロトロに命令されて、ある裏切り者を殺したのだけど、そいつとは知り合いだったからダチっぽく近づいて、そいつの家で酒なんか飲んで、いい感じになって油断した瞬間に頭を撃ったんだが、弾が頭蓋で止まったんだ。マフィアお気に入りの二十二口径の脳みそぶちまけないタイプの弾なんだけど、相手が石頭だったんだろうな。カルロッタはそいつを追いかけまわして、頭に全弾ぶち込んだけど死なないから、電気コードで首を絞めたんだけど、それでも死なず、さんざん暴れるわ、クソとションベンもらすわでさんざんな目にあって、なんとか殺したけど、それでたったの三千ドルにしかならなかったそうだ。じゃあ、スマートな殺し方はと言うと、ガンビーノ・ファミリーの殺人鬼軍団デメオ・クルーの連中で、こいつらも二十二口径の銃で頭を撃つんだけど、撃ったらすぐに相手の頭をサランラップでぐるぐる巻きにするんだよ。床に血痕を残さないために。でもさ、プロの殺し屋がふたりがかりで標的の頭、サランラップでぐるぐる巻きにしてる絵ってかっこよくないじゃん。しかも、その後、そいつら、死体を風呂場に持ち込んで、糸鋸でバラバラに――」
「分かった! 分かったから、もうやめろ!」
「じゃあ、暗殺にもかっこよさが必要だと認めるか?」
「ぐ……」
「糸鋸でバラバラにするんだけど、そのとき、死体の歯を全部ペンチで引っこ抜いて――」
「分かった! 認める!」
「自分がかっこいいと認めるか?」
「認めるから、糸鋸の話もペンチの話もするな!」
「きいたか、ジャック? 自分で自分をかっこいいと申したよ、この人……ジャック?」
ジャックは口を押さえて必死に笑いをこらえ、ぷるぷるふるえていた。




