第六話 ラケッティア、宇宙でも通用した商談成立握手。
「これはひどい」
「たぶん即死だな」
真っ二つになった死体を囲んで、あれこれ論評する。
どうやら樹人らしい。
肌がうっすら緑色でグリンピースの缶詰に出てくる巨人みたいだ。
葉っぱでつくったらしい服を身につけているが、胴を斜めに切断されていて、服をつくる葉っぱ一枚一枚がきれいに斜めに切られていた。
流血はない、と神聖なるスロットマシン・ビジネスに誓って、イスラントがやってきたが、いまにも目を回しそうだ。
「ひどい最期だ。誰がいったいこんなことを」
「あんたの氷漬けからの粉砕も十分エグいがな」
「で、このブラッダ、ソウル、どうするだや? カルリエド、弔ってもいいだや。でも、カルリエド、弔うと、ソウル、サタンになるだや。サタン、魔界に行くだや。魔界いいとこだや。ふわふわでもふもふしてるんよ。ジュースも飲み放題なんよ。でも、光ないから光合成のブラッダ、お腹空かすんよ。でも、心配いらないだや。このブラッダは魔界行かないだや」
「なんで?」
すると、カルリエドはニコニコして、
「まだライフなんよ~」
見れば、ぶった切られた樹人の上半身がもぞもぞ動き、よっこいしょ、と言いながら、仰向けに転がった。
「あー、よく寝た」
樹人は、ふああ、とあくびした。
「ん? あんたら、なんだ? おれに何か用か?」
「……体、二つになってはりますよ」
樹人は手でまさぐるのと、首を持ち上げて目で確認するのと、どっちのほうが面倒でないか考えたが、結局どちらもめんどいのでやめにして『あんたの言葉を信じるよ』と言って、自分が真っ二つに斬られたことを受け入れた。
「ま、五十年くらいすれば、元通りに胴も足が生えるし。そっちの下半身はやるよ。おれはいらない。片づけもしたくないし」
「面倒でなかったら、誰があんたをこんなにしたのか、教えてくれないか?」
「メンドーだから、いやだなあ」
「ったく、トキマルを百倍ひどくしたようなぐーたらだな」
「そんなに気になるなら、自分で見に行けよ。〈光の都〉はすぐそこだぜ。おれはここで寝てるから」
――†――†――†――
〈光の都〉は樹人たちよりも前の世代がつくった遺跡なのだが、どうもそのころはこの星もここまで樹が多かったわけではなかったらしい。樹人もいなかった時代だ。
きちんと整備した道路や画一化された住宅、都市の中央には神殿があり、宗教国家が人びとの神秘体験と死後の世界を保証していた。
そして、それが何かの拍子に滅び、樹人たちの天下になると、樹人たちには文化財を保護するという発想がなく、道路は大樹の根に寸断され、住居は崩れて苔の塊、神殿はかろうじて形を残しているが半分以上はつつくとネバっとした樹液を出す蔓植物に覆われ、神々の石は斜めに傾いでいた。
そんな〈光の都〉だが、様子がおかしい。
おれたちは樹人たちが場所を選ばず、屋根や道の上で転がって光合成をしている姿を思い浮かべていたが、そこにいるのはたくさんの兵士たちで、それが樹人たちを次々と捕えて両足をつかみ、装甲輸送車へと引きずっていった。
明らかにまずい状況で製材所の回転ノコギリが想起される状況だが、星ぐるみニートの樹人たちはまったく抵抗しない。
こっちは中三のときの担任そっくりの不細工な石像の陰に隠れて、兵士たちを観察していたのだが、石とも金属ともいえない不思議な赤い鎧に身を固めていて、幅広の剣か薙刀に似た槍を手にしている。
顔は――普通の人間だ。
というより、行動もまた人間らしい。
奪って殴ってかっさらう。
実に人間的だ。
遺跡からあらかた樹人たちを引きずり出すと、指揮官らしい男があらわれた。
二十五、六の若い男で、目つきがちょっと狂戦士っぽいところがある。
着けている鎧が他の連中に比べて立派でトゲトゲしているのと、マントみたいなものを着けているのと、それに髪型もまたトゲトゲしているあたりが、キレたらヤバい雰囲気を醸し出している。
間違いない。あの樹人斬ったのはこいつだ。
「マハトさま。樹人の搬入を終了いたしました」
「よし。〈メガリス〉に戻るぞ」
そう言って、マハトさまは車に乗り込むが、その車には車体を引っぱるための駄獣がついていない。
赤い旗を車体の横に垂れさせた幹部用装甲車を先頭に樹人たちを閉じ込めた装甲車が続き、〈光の都〉を空っぽにしてしまった。
「……ヘイ、シップ。あいつら、なに?」
「わかりません。ただ、ざっと見た感じでは〈錆の星〉の人びとのようです」
「〈錆の星〉。それって昔はもっとプリティな名前がついていたのだけど、科学力に奢って、自然環境を破壊しまくって、ぐちゃぐちゃになった星でしょ?」
「すごいです。来栖さん。よく分かりましたね」
「こちとら〈ラ・シウダデーリャ〉の椅子に座って、一日じゅう、破滅人間たちの言い訳きいてるからね。自分で自分をぶち壊した連中を見抜く目については結構、自信ありだよ。で、〈錆の星〉の人間たちは〈樹の星〉くんだりまで何しにきたのかな。材木ビジネス?」
「樹人を材木に家を建てるとか? ゲー」
「錬金術士的に樹人ってのはどうなんだ?」
「そうだな。錬金術のテーマのひとつ、不老不死について重大なヒントをくれそうだ」
「光合成人間になれってか?」
「人間生活の悲惨さの九割は食費を稼ぐための仕事から来てる。それ、考えれば、おれが考えてることはまさにヒーローだぜ」
「やつらも光合成人間になりたがって樹人をさらったのかな?」
「動力源にするんじゃないか?」
「動力源? なんの?」
「そんなのおれが知るもんか」
ともあれドリアードの心臓を保管している中央神殿へと行くと、微細な彫刻をほどこしたレリーフの数々がおれたちを迎えてくれた。
緑に侵食された寺院なんて廃墟探索マニア最高のシチュエーションだろう。
廃墟マニアでなくても、ぐっとくる。
しかし、この彫刻、ノコギリで切り出して、カラヴァルヴァに持ち帰ったら、いくらで売れるかな?
「なあ、誰かノコギリ持ってない?」
ああ、そんな!と悲痛な声を上げるシップ。
見れば、光差し込む緑に囲まれた祭壇があるのだが、その上には何も乗っていない。
「ここにドリアードの心臓があったはずなんです」
ジャックが祭壇を指で触れる。
「この苔はまだ冷たいな。日にほとんど触れていない。持ち去られて、そう時間は経っていないはずだ」
「あの〈錆の星〉の軍隊か?」と、イスラント。
「おそらく」
「おうふ。樹人じゃなくてもトキマルじゃなくても面倒くさいと思う瞬間だな」
外でタイヤが軋む音がして、話をやめる。神殿の窓に近寄り、蔦のあいだから外を見ると、例の装甲車が一台、帰ってきていた。
装甲車から士官らしいやつがひとり、兵士が八人も降りてきた。
兵士たちがそばの崩れた廃墟へ突撃すると、ひとりの樹人が引きずり出されてきた。
「くそっ、放せ!」
驚いたことにその樹人の少女は兵士たちに抵抗していた。
士官をクソ野郎呼ばわりし、両腕をつかんだ兵士に唾を吐き、何とか戒めから逃れようとする。
兵士たちはニヤニヤ笑っている。
「な? 活きのいいのがいたろ?」
「正直、他の樹人は死体みたいなもんだからな」
あー、これは。
「じゃあ、最初は隊長で、次はおれですよ」
そう言うと、隊長と呼ばれた士官が鎧の草摺を外し始めた。
「オーナー、どうする?」
「全宇宙で行われる同意のない性行為を阻止できるなんてうぬぼれちゃいないが、さすがに目の前でやられちゃ放っておけん。頼めるか?」
「もちろんだ」
「イスラントくん。できたら、援護してやってくれんかね?」
「おれがヨハネの? ふん。冗談じゃない」
「おれひとりで大丈夫だ。イースは休んでいてくれ」
「む、おれには荷が重い相手だと言いたいのか?」
「そうじゃない。必要ないのに剣をふるうのも疲れるだろう?」
「いつこの剣をふるうか決めるのはおれであって、お前ではない。ふん、貴様こそ、休んでいろ。あのくらい、おれひとりで十分だ」
神殿の窓から飛び降りて、ジャックのまわし蹴りが隊長の首をへし折り、驚いた兵士の首にピュル!とワイヤーが巻きつき、相手を背中合わせに背負う形で絞殺する。
血が一滴も流れないよう気を遣って殺しているのがすごくよく分かる一方、イスラントはそんなことは露知らず氷の魔法剣技をバンバンぶっ放し、兵士たちを次々とかき氷に変えていく。
おれたちは文字通り高みの見物をしてる(神殿はピラミッドみたいでドリアードの祭壇は地上から高さ三十メートルの位置にあったのだ)、シップが不思議そうにたずねる。
「イスラントさんとジャックさんは仲がいいんですか?」
「うーん。本人たちは否定してるけど……どんな感じなんだろうね。ギル・ロー?」
「おれにそれをきくか? ――まあ、仲良く喧嘩してるって感じじゃないか」
――†――†――†――
「助けてくれてありがとう。わたしはドリアード。ここの守護神よ」
助けた樹人の少女―ーいや、守護神ドリアードが言った。
「それって、あそこに心臓を入れてた――」
「そう。それ、わたしの心臓。あのクソ野郎ども、わたしの心臓持って逃げちゃったのよ。樹人たちも根こそぎ連れてっちゃった。だから、何とかしようと思ったんだけど、心臓がなくて、力も出せず、このザマよ。あなたたちは〈錆の星〉の連中に似てるけどいいやつみたいね。それにあいつらより、ずっとイイ男だし」
「ずいぶん俗っぽい神さまで助かったよ。これ、後で分かってゴタゴタするのが嫌だから先に言っておくけど、実はおれたちもあんたの心臓に用があるんだ。ヘイ、シップ、説明してよ」
シップが修理のためにドリアードの心臓を必要とし、その心臓にどんな加工をするか、航行にあたって、どのような運用をするのか丁寧に説明した。
「あー、わかった、わかった。ホントはわかってないけどわかったわよ。とりあえず、エッチなことに使わないんなら、いいわ。心臓あげる」
「そんなに簡単にあげてもいいもんなの?」
「わたし、植物よ? 心臓なんて、そもそも必要ないでしょ? あいつらに渡したくないのはあいつらがきっとイヤらしい目的でわたしの心臓を使うことが間違いないから。取り戻して、こっちの船の子が言った通り、使うなら、わたしは文句ないよ。そもそも、あの心臓だって、樹人たちにわたしのことを忘れさせないために残していったんだから」
「それって効果あった?」
「ぜんぜん。信じられる? この百万年のあいだにお供え物があったのはたったの二度よ、二度。でも、あれでもわたしの崇拝者ってことになってるからね。助けないわけにはいかない。そこで取引よ。あいつらをぶちのめして、樹人たちを助けてくれたら、心臓をあげる」
「どのみち、やつらから心臓を取り戻さないといけないから、こっちとしても、その取引に不満はないよ」
おれとドリアードは取引成立の証に自分の手にペッと唾を吐いて握手した。




