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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編
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第四話 ラケッティア、もっと分かりやすい警報を。

 この宇宙、空気がある。


 空気があるということは風もある(この宇宙船には帆があるが、飾りではなかったわけだ)。


 宇宙の風ってどんなにおい? って、ロマンチックな質問がよい子のパンダのみんなから飛んでくるだろうからこたえておこう。それはラベンダーの香りだ。


 ほんとはパクチーくさいのだが、夢を壊してはいけない。

 ここはラベンダーと言っておこう。


 ……いや、冗談です。

 においとしては梅雨どきの雨が来る少し前の風のにおいがする。


 湿った土の甘いにおい。


 このにおいに心をわくわくさせるのはおれが学生だからだろう。

 このにおいがするようになれば、夏休み開始まで一か月を切っている。


 社会人になったら、また違った感想になるのだろうが。


 甲板にはヨーロッパの古い街みたいに石が敷いてある。

 基本的に鏡みたいに顔が映る青い石が六角形に切られて蜂の巣みたいにはまっている。ときどきよくわからん象形文字が刻まれているが、ヒエログリフがないから分からない。


「なあ、カルリエド。これ、なんて意味だろう?」


「鍋なおし屋のトンカチに似てるんよー」


「宇宙を旅するテクノロジーがあっても、鍋に開いた穴はトンカチで叩きのばして塞ぐのか。考えてみると、この船だって、こうエナメルテカテカのコンピューターまみれなSFっぽくないもんなあ。おい、捕虜。お前、どう思う?」


 縛られたイスラントは、ぷいっ、とそっぽを向いた。


「なんだよ。縛られてるのが気に食わないのか? だって、縛っとかないと、お前、またジャックに襲いかかるだろ? で、ジャックがピンを自分の指に刺して、その血を見て、卒倒するわけだ」


「おれは卒倒したことなどない」


「いやいや。もう二回見てるからね? 今更、弱点ごまかせないからね?」


「おれに弱点などない。とにかくこの縄をほどけ」


「ジャックだって何度も指にピンを刺すのは大変なんだぞ。指先ってのは神経が集まってて、ちょっとした一撃がとても痛い」


「ブラッダ、見るだや。宇宙クジラなんよー」


「え? どこどこ?」


 左舷九時の方向に六枚の翼が生えたまだら模様の巨大クジラが飛んでいる。


「攻撃しましょうか?」


 と、船搭載のAIがきいてきた。この声はいつどこからきこえてくるか分からない。


「やめとくに一票なんよ~。あんなにかわいいのだぎゃ」


「それにクジラいじめたら、シー・シェパードに報復されるよ? 船に体当たりされるよ?」


「……そのクジラを見てみろ。考えが変わるかもしれないぞ」


 イスラントに言われて、九時の方向へ目を向けると、宇宙クジラの行く先には直径六十メートルくらいの星が浮いていた。中央に緑の島があり、海がざあざあと星の縁で滝をなしているのは、おれたちの住んでいるお盆星と同じだ。この島の支配的な生物は小人たちであり、この小人たちがローンを組んで茎の家をつくり、神殿をつくり、滅亡神話を作り上げていた。


 というのも、かわいい宇宙クジラくんはこの小惑星を見るなり、口を上下百八十度にぱっくりと開けて、この小さな星をひと口に食ってしまったのだ。

 しかも、飲み込まずバリバリ噛んでいる。


 そのときちょっと見えたのだが、このクジラ、顎のなかいっぱいに人間の臼歯みたいなものが生えていた。


「……あんなんでも『守れ! 殺すな!』っていうのがシー・シェパードの怖いところ」


 ピコピコポンポコピコポコ。


 思わずポケットをまさぐったが、この世界にスマホはないことを思い出す。


「今のサウンド、ぷりちいだや」


「スマホの呼び出し音によく似てる」


「スマホ? それってなんだや?」


「便利の追及が人間生活から時間を奪っていくという逆説の証明」


「カルリエド、よく分からないんだや。ンでも、ヒューマンのブラッダは詩人ポエマンだや」


「失礼。おれのあふれ出る詩情がつい迸ってしまった」


「ポエポエなんよ~。意味が分からないのがポエポエなんよ~」


「……今のが呼び出し音なら、何か意味があるのだろう? それを確かめたらどうだ?」


「クールだねえ。それがきみの立場を難しくしている。ツンデレは間違いないとして、血と深爪に弱い暗殺者をクール枠として数えていいかどうか。天然ボケ枠かもしれない。でも、美形の氷の暗殺者だからねえ。バトル漫画的にはクール枠だと思う」


「ブラッダ、それイージーなんよ。クールマンのブラッダ、てんねんクールにカテゴっちゅう一番なんよ」


「クールな天然ボケか。まあ、両立は不可能ではない。クールマンのブラッダ。お前、どう思う?」


「興味ない。それとクールマンのブラッダと呼ぶな」


「クールマンのブラッダ、ツンツンしてるんよ。もっとスマイルしてもいいんよ。クールマンのブラッダ、クールだや? でも、てんねんだからスマイルしても大丈夫なんよ。カルリエド、そこ考えてたんよ~」


「ほら、カルリエドはちゃんと考えて、お前のキャラ付けと立ち位置を測ってくれてるんだ」


「それよりもさっきの呼び出し音は?」


「どうせジャックがギル・ローの迷子のお呼び出しをしてるだけだ。ヘイ、シップ。さっきの音は何の音だ?」


「敵が急速に接近しています。安全のため、甲板の出入り口を封鎖しました」


「え?」


 その途端、甲板が影に閉じ込められた。

 見上げれば、プロペラ八発の巨大軍用機のようなものがすぐ上を飛んでいた。

 古代文明風の石造りの鳥人間を象ったものらしく、翼にそれぞれ四発のプロペラがまわり、腹の部分はペイズリー柄の柔らかいぜい肉みたいなものが蠢いている。


 その贅肉が雫みたいに脹らんでこっちの甲板目がけて落ちてくる。

 宇宙軍用機の強制ダイエットはそのまま肉塊を甲板に着地させ、これが目に染みるほど美しく青く光る刃や槍を手にしている。


 武器がきれいなほど、本体の醜さが目立つ。

 頭や片足のないペイズリー柄の奇妙な贅肉人形どもには考える自由を上官から許されているとは思えない。つまり、こちら側と交渉する権利が与えられているとは思えない。


 もちろん試すだけ試した。


「きみたちの指揮官に会わせてくれ。降伏の条件について話し合いたい」


 それに対する返答は、


「ヴ……ヴ……ヴ……」


「ヘイ、シップ! ドア開けてよ!」


「ダメですよ。一度、閉鎖したら敵を掃討するまで開けられません。だいたい、警報をしたはずなのにどうしてすぐ逃げなかったんですか?」


「どうしてでしょうねー、アハハ」


「おい、やつら、来るぞ!」


 おれとカルリエドが甲板じゅうを逃げ回っているあいだ、イスラントは縛られながらも長い脚を駆使してまわし蹴りや踵落としを繰り出すという、自身をよりいっそうクール枠へと押し出す戦いぶりを見せていた。


「くっ、このままでは――」


 イスラントには青い斧をもった贅肉人形三体が一度に襲いかかろうとしていた。


 ジャックが艦橋の足場から氷の剣を投げなければ、本当に死んでいただろう。


 狙いはバッチシの氷の剣は縛られたイスラントの縄だけを切って、甲板に刺さり、瞬きする間に三体の贅肉人形が六体の贅肉半人形に変わって、真っ白な氷の塊と化した。


 水を得た魚、氷を得たイスラントは贅肉人形相手に次々と必殺技をぶちこんでいく。


「アイス・スラッシュ!」


「ブルー・スパイラル!」


「ヘル・ブリザード!」


 おお、ここにきて、バトル漫画っぽい。


 まあ、全て血を一滴も見せずに真っ二つ粉々氷漬けなのだが。


「ふん」


 甲板の敵が片づいたが、依然として軍用機は船の上を飛んでいる。


 どれ。


「へへーん、どうだ? そっちはもう弾切れだろ! ばーか、ばーか、いるか分からないけどお前の母ちゃん、でべそー」


 鳥人間軍用機サイドも一矢報いようとしたのだろう。

 最後の一滴を垂らしてきた。真っ赤に燃えるようなペイズリー柄の肉。


「あっ、危険です! すぐ船内に!」


 船は突然急なカーブを切った。

 おかげでこっちは甲板をごろごろ転がるハメになったが、その後、宇宙が白むほどの大爆発が船を激しく揺さぶった。


「爆撃を受けました、近くの星に緊急着陸します!」


「き、緊急着陸っつったって――うわお!」


 大気との摩擦とかなし、いきなり着地した。

 メキメキバリバリと宇宙クジラが星を食うような音が船が薙ぎ倒した樹々の音だと分かったのは緊急着陸から三十分後、ようやく体が立つ気になり、斜めの甲板から周囲の樹海を見渡したときのことだった。

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