第一話 ラケッティア、不敵な笑みが似合いそう。
「ヨハネを出してもらおう。隠し立てするなら死んでもらう」
銀髪、碧い目。スレンダー。
たぶん、おれたちの四人――おれ、クリストフ、トキマル、シャンガレオンの頭に浮かんだ言葉は美しくも高慢そうなイケメンだなあ、といったところだ。
どのくらいイケメンかと言うとですね、ある日起きたら、自分の顔と体がこいつになってて、わーいわーいと喜ぶレベル。
そして、次の日に目を覚まし、元の顔に戻っていたら、速攻で練炭を買いに行くレベル。
もちろんイケメンを見つけたときの恒例チェックをする。
まあ、こっちのこと殺すと脅す相手が素直に後ろを向くとは思えないが、少なくとも前から見ている限りはロン毛ではない。分けた髪を右の耳にかけている。
おれたちは少し時間をもらい、早速、緊急元老院会議を開いた。
「誰だよ、ヨハネって?」
「〈インターホン〉の本名かな?」
「やつとサアベドラにヤクの商売をつぶされたのかもしれない」
「なら、サアベドラとヨハネはどこだ?ときいてくるはずだ。サアベドラをやつが倒したとは考えづらい。確かに氷の魔法みたいなものは使えるらしいが、そんなかき氷マジックでサアベドラを殺れるなら、カラヴァルヴァの売人どもも苦労はしない。それに、そもそもこいつのオーラが売人のオーラじゃない」
「貴族のオーラさ。そんなものがあればの話だけど」
「まあ、とりあえずきいてみよう。そのヨハネってやつ、身長二メートルある?」
イケメンな氷の暗殺者、まあ、クールマンという全然クールにきこえない呼び名を仮に使うが、クールマンは返事の代わりに氷でつくった刃をおれ目掛けて投げてきた。
トキマルが叩き落さなかったら、おれの頭はふたつに割れて、人頭税を倍支払わなきゃいけなくなるとこだった。
「ふん。言ったはずだ。隠し立てするなら死んでもらうと」
「ちょっときいただけだろ。だいたい、ヨハネなんてやつ、うちにはいないよ。知らねえんだもん。知ってりゃ教えてるけど、知らねえもんは教えようがない。それともインチキな情報教えたほうがよかったか? 〈金塊亭〉の女子便所にいるとかスカリーゼ橋から川にダイブしたら会えるとか。だいたい、そのヨハネってのがうちにいるって、どこで拾った情報だよ?」
「治安判事の助手をしている男装の麗人だ」
「なに? 治安判事の男装の麗人? 治安判事に女の助手なんていないはずだぞ。〈聖アンジュリンの子ら〉ならイリーナがいるけど。……待て。ひとりいるじゃないか。パッと見は可憐な美少女に見えるカラヴァルヴァ最悪の魂。ギデオン・フランティシェク。あのクソヤロー。おい、クールマンのブラッダ、いいこと教えてやる。お前が話をきいた相手はこの罪深き街カラヴァルヴァでも群を抜く罪深い魂の持ち主なんだよ。要するに、あんた、だまされたんだよ。ギデオンはおれたちを下請け業者か何かだと思っててな、面倒ごとを全部おれたちに押しつける悪い癖がある。だから、まわれ右して、ギデオンをしめてくれ。わしゃ、知らん」
だが、クールマンは首をふる。
「いや。おれもここにやつがいるのは確かめた。さあ、ヨハネはどこにいる?」
「あんたも分かんねえやつだなあ」
そのとき、ドアの鈴がチリンチリンと鳴って、おつまみ用スパイシーナッツの袋を抱えたジャックが帰ってきた。
クールマンはジャックを見るなり、氷の剣でジャックの首を薙いだが、実際は虚空に冷たい霜の白い跡を残し、ジャックはというと、くるっと空中で一回転して、オリンピック級の鮮やかさでカウンターのなかに着地した。
「腕はなまっていないらしいな。ヨハネ」
「その名前は捨てた。いまのおれはただのジャックだ」
「ただのジャックじゃないぞ」
と、おれが付け加える。
「ジャック・ザ・バーテンダー。クルス・ファミリーの福利厚生をアルコール面から支える筆頭バーテンダーだ」
「どうでもいい。ヨハネ。ここで死ね」
「おれはもう組織を抜けた」
と、おれたちのおつまみナッツを小皿に分けながらこたえる。
「そんな逃げ口上がおれに通用すると思っているのか」
「……分かった。ここじゃ店が汚れる。外に出よう」
――†――†――†――
〈ちびのニコラス〉のあいだを走る路地で、一対一、ジャックとクールマンが向かい合う。
ジャックは手ぶらで、クールマンは例の氷の剣を抜いて、脇構えにしている。
「丸腰か。なめてくれたな。だが、いい。今日、お前はここで死ぬ」
明るい水色に輝く氷が反った刀身を覆い、クールマンの周囲に霜が降り始め、空気がピキピキと結晶に縛られる。
おれがノミ屋なら店を閉じるな。
どちらが勝つか、まったく予想できない。
一応、アサシン娘たちも動員してフルボッコの準備をするか、こっそりたずねたが、自分のまいた種だから自分で刈り取るといい、おれたちは決闘の立会人をすることになった。
これがジャンプ系バトル漫画なら、ジャックが主人公で、クールマンはクールなライバルポジションか。
なんだかんだで後で仲間になる。
お前を倒すのが許されるのはこのおれだけだ、とか言いながら、なんだかんだで共通の敵とぶつかったりする。
まあ、ツンデレですよ。ある種の。
ただ、いまはそのときじゃないな。
絶対殺すマンになってる。
対するジャックはというと、慈しみ深い微笑み。
クールなくせに妙に敵愾心を燃やす敵キャラを怒らせるこの世で唯一にして最高の方法だ。
今や、やつを中心に白いつむじ風みたいなものがびゅうびゅう上りだして、ジャックをシャーベットにしちまおうとしている。
もう今日のお天気にまで干渉しそうなくらい氷の気迫が満ちたその瞬間、クールマンが石畳を蹴った。
ヒステリーを起こした吹雪の悲鳴を放ちながら、その蒼白の刃がジャックを真っ二つに……する、と、思った瞬間、クールマンの動きがぴたりと止まった。
汗もひくほどの冷気が感じられるほど近くに刃がある。
ん? 寸止め? 寸止め? 好敵手と書いて『ダチ』と呼ぶ場面?
いや違った。
クールマンは口からぶくぶく泡を吹きながら、仰向けにひっくり返ったのだ。
――†――†――†――
クールマンの本名はイスラント。愛称はイース。
かつてジャックが所属していた暗殺組織の暗殺者だ。
ジャックが組織を抜けるときは、おれがゴッドファーザー・モードで話をつけたから、特に何か報復らしいものがなかったのだが、どうして、こう時間が経ってから、クールマンがやってきたのか。
ジャックはまつ毛の長い目を閉じて意識不明のイスラントを〈ちびのニコラス〉へ運び、〈モビィ・ディック〉の向かいにあるラウンジの長椅子に寝かせ、毛布もかけてやった。
「なあ、こいつ、なんでお前のこと、目の敵にしてんの?」
「プライドの問題だろう」
「プライド?」
「組織でトップの暗殺者、その座をおれがいるあいだ、奪い取ることができなかった。こちらとしては、そんなものには未練もないが、イースから見るとおれが勝ち逃げをしたように思ったんだ」
「しつもーん」
と、トキマル。
「あんた、こいつをどうやって倒したの?」
「これだ」
ジャックは右手の人差し指、マフィアに入会するとき、ピンで刺す指を見せた。
見ると、小さなかさぶたができている。
「指をピンで刺して、その血を見せた」
「え? ちょっとよくわかんないんだけど」
「イースは血に弱い。血を見ただけでああやって泡を吹いて倒れてしまう」
おれとクリストフとトキマルとシャンガレオンはたぶん大脳新皮質を粘土みたいに使って、同じ疑問をアタマのなかにこさえたはずだ――こいつ、それでどうやって暗殺できるの?
「氷に閉じ込めて殺す。あるいは凍死。そうすれば出血はない」
「出血って言っても、指の先の小さな血の玉じゃん。ビーズ玉よりも小さい」
「でも、イースには途方もなく気分が悪くなることなんだ」
「それじゃあ、トップの暗殺者にはなれない」
「おれもそう思うが、おれの口から言えば、角が立つ」
「正直、どうしたい? 埋めるっていうなら穴掘るの手伝うよ」
「見逃してやってくれないか?」
「おれはいいけど、ジャックはそれでいいの?」
「ああ。それとおれが助命を嘆願したことは言わないでくれ」
「プライドが傷ついちゃうもんね」
「ああ」
「でも、ただ見逃すんじゃ面白くない」
「おれにできることなら、なんでもする」
「ん? いま、なんでもするって言った?」
「おれにできることなら、とも言った」
「ですよね。いや、ジャックが何かをするってことじゃないんだよ。するのは、イスラント。よし、クリストフ、こいつを縄でぐるぐる巻きにして動けないようにしろ。トキマルはツィーヌの部屋に行って、気付け薬をもらってくるんだ。で、あと必要なのが――爪切りひとつ」
――†――†――†――
爪切り一発。冷や汗たらり。
爪切り二発。冷や汗たらたらり。
「よ、よせ。やめろッ」
パチン。
「あ、深爪しちゃった」
ぶくぶくぶく!
イスラントは泡を吹いて長椅子の上でひっくり返り、身をよじる。
「なるほど、深爪はダメか」
誤解されると困るから言っておくけど、切ってる爪はこいつじゃなくて、おれの爪だからね。
拷問とかしてるわけじゃないからね?
なんていうか、ほら、ひとりの人間の恐怖の閾値を探るっての?
「血以外にも苦手なものが多そうだな。実に研究のし甲斐がある」
「オーナー、あまりこいつで遊ばないでやってほしい」
「悪い悪い。じゃあ、あとはトマトを試すから、それが最後で――、って、あれ、フレイか?」
フレイが虚ろな顔をしている。
もともと表情豊かな子ではないが、様子がおかしい。
おれたちは人体の神秘への探求をいったん置いておいて、外に出た。
フレイは苦し気に息をしながら、おれを見た。
「司令……」
「なあ、フレイ。どうした? なんか、すごくつらそうだけど」
「星……フレイア……」
フレイア、それが何なのか確かめることはできなかった。
おれたちの目の前で閃光を放ち、フレイは消えてしまったからだ。




