第二十二話 ラケッティア、クレドリス家の家訓。
「このパイ、おいしいです!」
「ホントホント」
「作り方教えてください。ダンジョンで売りますから」
「本音は?」
「これで道行く幼女を釣りたい放題じゃあ!」
「この犯罪者予備軍め」
おれたちがベリーのお菓子を囲んで、わいわいがやがやしているなか、クレオは借りてきた猫のように大人しい。
つーか、クレオの実家だよな、ここ。
「あなたが来栖ミツルさんね。クレオからの手紙できいています。何でも大変悪い人なんだとか」
「ええ。まあ、悪い人です」
「でも、クレオはあなたのこと、とても信頼していると手紙に書いてくるんですよ」
「ちょっと! 母さん!」
「あら、本当のことじゃない。ダメよ、クレオ。こういうことはちゃんと本人にも伝えないと。あなた、アカデミーではほとんどお友だちをつくらなかったでしょう?」
「暗殺者に友だちなんていらないんだよ、母さん」
「まあ、そんなこと言って。あら、あなたはディアナさんね。何でもエッチな絵を描いているそうですわね」
「ああ。まあ、そうだ」
「でも、いつでもとても凛としている素敵な女性だと書き送ってますの。きっと女性騎士の身でエッチな絵を描くことになったのは大変なことがあったのでしょうね。でも、ときにはエッチじゃない絵も書いてみるといいわよ。家族の絵とか。ご家族は?」
「弟が、ひとりだけ」
「では、弟さんを描いてみたら?」
「そう、だな。そうしよう。この旅が終わって帰ったらすぐに。――おい、クレオ。お前の御母堂は母性にあふれているな」
クレオは髪と同じくらい顔を真っ赤にしてそれを両手で押さえて、もうやめて、とか細く言っている。
「いや、それよりも!」
クレオがバン!とテーブルを叩く。
これも普段のクレオなら絶対に見せない所作だ。追い詰められている証拠だな。
「母さん、再婚するの!?」
「そうよ。あら、知らなかったの?」
「きいてないよ!」
「あらら。書き忘れたのかしら?」
ひょろっとしたフィアンセを見る。
なんでも古代学者なそうだが、たびたびアレンカが邪魔をし、空手チョップの刑を宣告しているそうだ。
「きみがクレオくんだね。アスター・ヴィンデルハームだ。パパと呼んでくれたまえ」
「うわ、この義父、すごく図々しい」
「ぷぷぷ。クレオも災難なのです。空手チョップの悪魔が義理のパパになったら、頭がへこむまで空手チョップされるのです」
「まあ、クレオ。あなたもすぐには受け入れられないと思うけど、お母さんもまだまだ女の人なのよ」
「別に反対してるわけじゃないよ。ただ、ちょっと急でびっくりしてるだけ」
うーむ。たぶん、この場にいる全員が思っている疑問について、きかねばならぬ雰囲気だ。
上に立つ本当の人間はみんなが嫌がることを進んでやるものだ。
「あの、お母さん」
「なにかしら、来栖さん?」
「クレオが、この、こんなふうになって、その、ちょっと思うところとかあったりしないんですか?」
「クレオが暗殺者なこと?」
「あー、まあ、ざっくばらんに言ってしまえば、そうなんですが」
「そうね。ちょっと珍しいと思うけど、でも、親としてわたしは応援してあげたいの。クレオがやりたいことなんだもの」
アレンカたちはこの人がカタギかどうかで空手チョップを賭けていた。
その裁定が覆ることはない。アレンカはどのみち空手チョップの運命だった。
ただ、この人、カタギだけど普通じゃない。
自分の息子が暗殺者になりたいって言って、それ応援しますかね、フツー?
いや、でも、ゲームの世界のジョブとかクラスだったら?
盗賊やならず者にクラスチェンジしたいって言ったら?
暗殺者も、それと同じ?
そんなもんなのかなあ。
そう思うと、やっぱりこの人の考え方はこの世界ではフツーなのかも。
――と、思いながら、ひと切れのベリー・タルトを手にとったら、開いた窓からクロスボウが飛んできて、ベリー・タルトを引っかけ、壁に串刺しにした。
こんなことが起きても、じゃあ次のタルトはどこかな?とテーブルの上に乗り出すほど食いしん坊ではないこちとら、すぐにテーブルの下に隠れた。
確かにおれは小学生のころ、給食の最中に避難訓練を行うというトチ狂った試みが実行に移され、みながしぶしぶ机の下に隠れたとき、校長の放送も担任の脅しも無視して杏仁豆腐を食い続けた『五人の勇者』のひとりではある。
だが、あれは訓練、これは実戦。状況が違う、状況が。
さて、おれはこうして我と我が命を大切にテーブルの下にもぐりこんだが、おれ以外はみんな筋金入りの戦闘員だから、矢が飛んできた窓のほうへ身を低くしてにじりより、マリスは帽子を短剣の先に引っかけて、次の矢を撃たせ、それを他の連中がどこから放たれたか見極めようとしている。
――が、クルス・ファミリーが誇る戦闘員どものうち、ひとりがおれと一緒にテーブルの下にもぐりこんで、ぶるぶる震えている。
誰だと思う?
ミミちゃん? ――ちゃうちゃう。
クレオですよ、クレオ。
両手で頭を守るように抱え、膝を曲げて、小さく丸くなって震えている。
その赤毛の下に見える顔はもともと紙みたいに真っ白に蒼褪めているが、今のクレオは顔がレーザープリンター専用紙みたいに、本当に真っ白になってる。
やつの名誉のために言っておくと、クレオはクロスボウの矢ごときでこんなふうにビビるやつじゃない。
そもそも、やつの食生活自体が死闘の連続だ。
暗殺や戦闘でもこっちが見ていてハラハラする捨て身をやる。
死を恐れる男ではないのだ。
だから、間違いない。やつを怯えさせている元凶は――。
「クレオ」
「ひゃい!」
とても優しい母の声に子はひっくり返した声で返事をする。
「クレドリス家の家訓を言ってみなさい」
「ひゃい! ベリーを粗末にするものに死を!」
「よくできました」
その優しさが怖いのです。
結局、クレオがひとりでカンパニーの殺し屋を八人も討ち取ったが、その原動力はいつものような人の命をもてあそびたいとか、ゲテモノを食った後の腹ごなしではない。純粋な恐怖だったと思う。
やっぱり、この人、フツーじゃないよ。カタギだけれど。




