第二十一話 ラケッティア、クレオの母ちゃん。
カンパリノの被服製造ギルドがクルス・ファミリーを後ろ盾にして、おしゃれ探偵たちをひとまとめにし、ボー・クラースが貸すよりももっと低い金利でカネを貸す目途が立つと、やることがなくなった。
相変わらずボロボロのままのクルス反物商店で、ぐうたらしていると、あれ? おれ、何のためにここにいるんだっけ?と考えた。
こちとら、はるばるロンドネから国境線を踏み越えてヴォンモ教をつくり、カンパリノくんだりまでわざわざやってきて、登記した店を速攻で吹き飛ばされ、お返しにジョッキで殴ってヤクを没収し続けたのはこんなふうにだらけるためだったか?
「そうだ。あいつらを迎えに行かねばならぬのだ」
やっとこさ、本道に立ち戻る。
「というわけで、これからフラマー村に行く」
クレオがしゃっくりしたみたいに飛び跳ねた。
「え? どうして?」
「いや、挨拶してみようかと思って。暇だし」
「わたしも賛成だな。暇だし」
「えっと。おれもマスターとディアナさんに賛成です。クレオさんのお母さんに会ってみたいです。師匠もそう思いますよね?」
ジルヴァがこくりとうなずく。
「正直、どんな母ちゃんなのか想像がつかない」
「母さんは母さんだよ。普通のどこにでもいるベリー採りだよ」
「じゃあ、実際に会ってご挨拶しちゃいけない理由はないな」
「きみ、もっとやることがあるんじゃないのかい?」
「おしゃれ探偵は談合した。衣服工場はゴブリン金融ネットワークからボン・クラよりもずっといい利率で融資が受けられ、おれには仲介手数料が入る。衣服製造ギルドとの協定で材料と完成品をロンドネ国内で運ぶのにうちの運送会社と馭者ギルドを使うことが決まった。そして、ボン・クラは死んだ。だから、やることなくて死ぬほど暇なんだよ。あ、いま、お前、じゃあ死んだらいいのにって思ったな?」
「ちょっとだけ」
「もうどうしようもないんだよ。おれたちはお前の母ちゃんに会って、そのご尊顔をだね、拝したいのだよ。話し言葉からいつものククク笑いがなくなるくらい、お前をアタフタさせるオカンとはどんな人なのか、是非とも見届けなければいかんのだよ」
――†――†――†――
そんなこんなでフラマー村にやってきた。
丘のふもとに貴族向けの大きな馬車が止まっていて、座席のなかには金が平べったい円盤や小さな円盤、鷲、馬、壺、剣、宝石をはめた時計盤の形で詰まっていた。轅から外された馬たちは早馬駅舎で干し草をうまそうに食べている。
「すげえお宝だな。これを載せた船が沈めば、向こう千年間、トレジャーハンターをワクワクドキドキさせる伝説が生まれるし、土に埋めれば埋蔵金。夢があるなあ。しかし、どうしてベリー農家しかない、この緑の丘にこんな金が無造作に? ベリー採りってそんなに儲かるの?」
「はやく行こう。行かないなら帰ろう」
「行くって行くって。まあ、そう慌てるなって」
クレオの家は丘の一番上にあった。
「母さん。僕だよ」
クレオがドアを開ける。
すぐ閉めた。
「こらっ、往生際の悪いことすんな」
「いや、なんだか、おかしいんだよ」
「そんなこといって母ちゃんに会わせたくないつもりだな」
「そんなに言うなら自分で見てみるといい」
そこでドアを開けると、マリスがアレンカを羽交い絞めにしていて、ツィーヌが空手チョップの構えをしている。
テーブルのほうにはかなり長身の男がいて、
「わたしのフィアンセを人殺し呼ばわりしたのだ。きみたち、存分に折檻してくれたまえ」
と、言うと、マリスが、
「喜んで。さ、アレンカ。空手チョップの時間だよ?」
「うわーん!」
どうもアレンカが空手チョップされるらしい。
「こらあ! やめろ!」
ミミちゃんが額に青筋をピキピキさせながら飛び出し、ツィーヌとアレンカのあいだに割って入る。
「幼女は社会の宝やぞ! 社会の宝に空手チョップなど言語道断じゃろがい!」
「うわ、なに、ミミちゃん? ってことは、――あっ、マスター!」
「やあ、お帰り。任務ご苦労さん。で、これはなに?」
「うわーん、マスター! 助けてーっ、なのですーっ!」
「ちょっと待て。事情をきくから」
おれは背の高い男に、この子が空手チョップされるのはどういうわけですか?ときくと、
「わたしのフィアンセを暗殺者呼ばわりしたのだ」
「あー、それは空手チョップも仕方ないですね」
「マスターっ、納得しちゃダメなのです!」
「すいません。そこをなんとか許してもらえませんか。何分、この子、アレなもので」
「え? アレなんですか?」
「はい、アレなんです」
「そうですか。アレなんですか。では、仕方がない。きみたち、その子を放してやりたまえ。どうもアレらしいから」
こうしてツィーヌの空手チョップはお預けとなり、アレンカは解放された。
「むー、アレってなんなのですか? アレンカはアレじゃないのです。アレンカなのです。でも、助かったのです。お礼にマスターにだけいいこと教えてあげるのです。ちょっと耳を貸してほしいのです」
「ん? なになに?」
ちゅっ。
ほっぺに。
されました。
美少女のちゅっ。
「ぐぎゃああああ! うらやましいぃぃぃ!」
自販機が血の涙を流しながら騒ぐのを放っておき、おれは柔らかく温かい唇の感触が全身の染色体に刻まれるのを感じつつ、台所を見ると、そこには燃えるような赤毛の女性がひとり、大きなベリーのパイを手にして、
「あらあら。お客さまがたくさん。みんな、クレオのお友だち?」
ニコニコと立っていた。




