第二十話 アサシン、フラマー村のベリーおばさん。
殺して奪ってバラまいてまた殺して空手チョップの日々が続く。
ああ、空はこんなに青いのに卑小な人間は殺し合い、大地を血で染め、さらなる血を求める。
……いや、マリスとアレンカとツィーヌとて、別に好き好んで殺しあっているのではない。
確かに殺すのは楽しいし、殺しているあいだ、三人の笑顔はかなり明るいものになる。
よく三人は殺すなら大物のほうがよりいい、と言っているが、それをきくと、来栖ミツルはそれは死亡フラグだといい、レトロゲー発掘でやったサガフロンティア2の解体新書の最後に載っていたおまけの小説では暗殺者のユダがやはり大物の命とアニマが自分の手のなかで消えていくのが最高だと言った矢先、そうはさせぬと元暗殺者で今は主人公ギュスターヴの護衛となったヨハンによって道連れで火だるまにされていた。
少女たちがポカンとすると、ごめんごめん、レトロ過ぎたな、もっとわかりやすい例がある。映画『モブスターズ』でアンソニー・クイン演じるジョー・マッセリアがレストランで飯を食いながらクリスチャン・スレーター演じるラッキー・ルチアーノ相手に「何が楽しくって生きてるって、まずは食うこと、それに女だが、一番は誰か消すことだ。大物なら大物なほどいい」と言って、パスタをがつがつ食っていたら、ルチアーノがトイレに立ち上がり、ここからは様式美、ひとりテーブルに残ったマッセリアにショットガンを手にしたバグジー・シーゲルとフランク・コステロがやってきて、十五回命を狙われ弾をかわしたとよく自慢していたマッセリアに「十六度目の正直だ」バンバンバンバン!ジャキン!バンバン!ジャキン! あ、このジャキン!ってのはショットガンをポンプしてる音ね。で、テーブルの上のパスタやチキンやロブスターが皿もろともぶっ飛んで、マッセリアは蜂の巣になったわけだが、大物を消すのが楽しいと言っていたマッセリアが図らずも自身が消される大物になってしまったというのは何とも皮肉な話。と、このように大物を消すのが楽しいというのはマフィア映画では立派な死亡フラグなのだ。覚えておきたまえ。ウム。
――と、言いながら、来栖ミツルは大物、カンパニーの〈判事〉を殺っちまえと命じたのだった。
確かに殺しは楽しい。
それは性分だ、しょうがない。
もし、嫌々殺しを続けていたら、アタマかココロか、あるいはその両方が一度に壊れる。
ただ、これは全員に共通の認識だが、人を殺すよりは来栖ミツル謹製ヴォンモ命名の『ふわふわたまごパン』を食べているほうがいいに決まっている。
また、ある日、来栖ミツルがアズマ人街に姿を変えたグラマンザ橋からウキウキしながら持ち帰ってきたカツオブシなる未知の食材を持ち帰ってきたときに作ってくれた茶碗蒸しを食べたほうがいいに決まっている。
しかし、あれは不思議な経験だった。
来栖ミツルは片手に海藻を干したものを持っていて、それは理解できるのだが、もうひとつのカツオブシはどうみても木にしか見えなかった。
「あう。これはどうやって食べるのですか?」
「白米と一緒にとか、焼きナスにかけて食べるのもいいが、一番はこれで出汁を取る」
そういって、鉋の刃をつけた箱をもってきて、その木を削り始めたが、その出来上がったものはまさしく鉋屑で、マスターは頭でも打ったのではないか?といぶかしんだ。
しかし、この鉋屑ができるなり、中庭でひなたぼっこをしていたトキマルとジンパチがかけつけて、うっとりとした視線をこの木くずに向けるのを見て、どうやらこの馬鹿には伝染性があるらしいといよいよもってそう見えてきた。
考えてみると、来栖ミツルは腐って糸まで引いている豆だの、雑草のゴボウだのを食べるのだが、今回の木くずは腐った豆よりはマシだが、ゴボウよりはひどかった。
だが、一番不思議なのは、その木くずと板みたいになった海藻を煮て、出した熱い汁と卵を使って、これまで経験したことのない味、『うま味』がたっぷりの口当たり柔らかい茶碗蒸しなる玉子料理を作り上げたことだ。
帰ったら、また作ってもらおう。
――†――†――†――
派手にクルス・ファミリーの噂をまき散らすカンパリノ目指して馬車を進めているうちに小さな農村に出た。
青い夏の天球の下、野原は雛壇状に切られた山裾へと続き、ポツポツと立つ藁ぶきの農家のあいだを縫うように清水が流れ落ちている。
雲の落とす影がかかると、草も小さな生き物もホッと息をつき、人の背丈ほどの滝の面が青く惑う。
立札を信じるなら、この牧歌的な村の名前はフラマー村という。
「ここって、クレオの故郷のフラマー村?」
「ベリー採って暮らしてる母親がいるっていう、あのフラマー村?」
「アレンカはクレオのママはイマジナリー・ママだと思っていたのです」
普通、暗殺組織は暗殺者にする子どもを奴隷業者から買ってくる。
たいていは孤児だ。慈善の孤児院を装って集めるケースもある。
彼女たちも親の顔は知らない。
物心ついたころから、人を殺すために育てられ、親はいないものと思っている。
それはジャックあたりも事情は同じだろう。
だからこそ、クレオがしょっちゅう母親は故郷のフラマー村でベリーを採って暮らしているというとき、奇妙に見えるのだ。
「でも、凄腕の暗殺者なのかもしれないのです」
「それがなんでベリー採って暮らしてるのよ」
「ツィーヌは甘いのです。それは世を忍ぶ仮の姿なのです」
「そうは言うけど、こんな田舎まで暗殺の依頼を持ってくるの? 悪目立ちするだけだと思うけど」
「どうしてアレンカはクレオのお母さんを人殺しにしたいんだい?」
「逆にアレンカはどうしてツィーヌたちがクレオのママをカタギに見たがるのか分からないのです」
「だって、クレオみたいな血も涙もなくて、間違いなく殺しを楽しんでるタイプのアサシンの母親が普通の人だった、なんて、面白いじゃないか」
「現実は非情なのです。クレオのママは暗殺者なのです」
「賭けるかい? 空手チョップ一発」
アレンカは用心深く周囲を見渡した。
テントや焚火の跡、古代の星界への転移装置を探したのだ。
「仮にあの古代学者がいたって、別にどうってことないでしょ? クレオのお母さんにあなた殺し屋ですかってたずねるだけなんだから」
「ツィーヌは空手チョップする側の人間だから分からないのです。奪われる人間の気持ちが分からないのです」
「奪われるって、空手チョップ一発で何が奪われるっていうのよ」
「アレンカの記憶なのです。昨日のお昼に何を食べたのか、思い出せなくなっちゃったのです」
「で、賭けるの?」
「もちろん賭けるのです。クレオのママが普通のママのわけがないのです。テッパンの馬なのです。負けっこないのです。ふたりは今から割れた頭蓋骨つなぎ合わせる練習をしておいたほうがいいのです。アレンカのチョップは大地を割るのです」
クレオの母親の家は段々になっている丘の一番上、ベリーの茂みに囲まれた湧き水の流れる坂の途上にあった。
新しく葺きなおしたばかりの屋根の藁が黄金のように眩くて、小さな片流れ屋根の物置にはベリーをつぶす臼のようなものが置いてある。
典型的な農村的牧歌的家屋でどうしてこのような家からクレオのような生まれついての人殺しが出来上がるのか、実に謎だった。
ドアをノックすると、出てきたのは四十歳くらいの背の低い女性が出てきた。
「はい、どなた?」
「ボクら、あなたの息子さんの、えーと、友達っていうか」
「あら、もしかして、カラヴァルヴァの人かしら?」
「あ、はい。そうです。カラヴァルヴァの人です」
「まあ。こんな田舎まで来てもらって。クレオがいつもお世話になっています。あなたが来栖ミツルさん?」
「いえ、違います。ボクはマリスです」
「ああ。まあまあ。マリスさん。クレオが手紙であなたのことを書いていましたよ。とても腕の立つ剣士さんだって。まあ、おあがりなさいな。大したおもてなしはできないけど。ベリー・ジュースでもいかが?」
「いただきます」
そういって、なかに入ると、見覚えのある、というより、もはや記憶を司る部位の奥底にしっかり刻み込まれた長身の男、あの古代学者がベリー・ジュースをうまそうに飲んでいた。
「ひえっ」
「ん? おや、またきみたちか。ここまで鉢合わせが続くと、運命的なものを感じるね」
「な、ななな、なんでこの人がここにいるのですか?」
「その質問へのこたえは、わたしはこちらのハンナさんと結婚を前提にお付き合いをしているからだ、で十分と考えるが、どうかね?」
え? と、クレオの母親を見ると、彼女は少女のようにはにかんでいた。




