第十七話 アサシン、そろそろ様式美。
むかしむかし、あるところにアレンカという美少女が暮らしておりました。
アレンカはとってもいい子の美少女でしたが、どういうわけだか、彼女が暗殺部隊を迎え撃つところではどこでもこわいこわい古代学者がいて、いじわるなマリスとツィーヌに命じて、かわいそうなアレンカに空手チョップをするよう命令をするのでした……。
……毒を塗った投げナイフが飛び交うなか、アレンカはカンパニーの銀行から奪ったお宝のうち、一番白旗っぽく見えるプラチナの糸でつくったペチコートを黄金造りのサーベルの鞘に結びつけ、カンパニーの暗殺部隊相手に見えるように振った。
「停戦なのです! 停戦なのです!」
その返答として投げナイフがペチコートを切り裂くと、アレンカは左手でつくった稲妻を投げ槍の形にして天へ放り投げ、信心深いものが見たら神の怒りの雷に見えないでもない稲妻の雨を降らせた。
「停戦なのです! 停戦なのです!」
今度はナイフは飛んでこなかった。
アレンカは馬車の陰からあらわれると、
「これからアレンカは探し物をするのです。もし、この停戦中に攻撃なんかしたら、みな殺しなのです」
どうせ最初からみな殺しにするつもりだけどね、とマリスがちゃちゃを入れる。
アレンカはプラチナ製の白旗を十万の歩兵を擁する軍団旗のごとく掲げながら、彼女たちの馬車を中心にぐるぐると同心円状を歩いて探し物をした。
彼女が探しているのはテント、焚火の跡、長身の男、そして星への旅に関連している古代遺跡の類だった。
アレンカの探索は大きな岩や敵の包囲陣形、それに藍色の深い池に邪魔されたが、ともあれ結果は満足なものだった。
テントもないし、変な計測機械もない。古代遺跡と呼べるほどの歴史ある石はなかった。
忘れ去られた墓場がふたつ見つかったが、没年は二百年前のものだった。
アレンカは後顧の憂いを断った気持ちで停戦の申し出に応じてくれた暗殺者たちに感謝をすると、神の裁きの雷もどきを降らせてひとり残らず消し炭に変えたのだった。
「ちょっと、アレンカ! わたしたちの分くらい残しておきなさいよ!」
「早い者勝ちなのです。えへん」
小さな胸を張るアレンカの後ろ、深い藍色の池でぶくぶくと泡が水面で弾けた。
「げげっ、ま、まさか」
ざばりと水面を割って出たのはまぎれもなく、あの考古学者だった。
――†――†――†――
「ぶー。なんでアレンカたちの行く先々でおじゃま虫をするのですか?」
服の裾を絞りながら、考古学者が口を尖らせる。
「それはこっちが知りたい。なぜ、きみはわたしの研究を人体の破片を飛ばすという猟奇的方法で邪魔するのだ。いいかね? わたしは人類の夢を研究しているんだ」
「人類の夢?」
「宇宙旅行だ! ――なんだ、反応が薄い顔をしているな。きみたちもわたしがペテン師だと思っているのかね? わたしの背丈を二倍に伸ばしたあの異端審問官どもみたいに」
「いや、そうは思わないけど」
「あう。たぶんマスターのせいなのです。むかしはアレンカもお星さまがきらきらしているのがきれいだと思えたのです。でも、マスターのそばにいると、だんだんお星さまよりもナンバーズの上がりとか貸したお金の金利のほうが大切な気がしてしまうのです」
「そのマスターというのは一体、どんな職業なんだね?」
「ラケッティアさ」
「星占い師みたいなものかね?」
「まあ、そういうことにしておくかな」
「うそだ。適当を言っているだろう?」
「よくわかったね」
「この十年、わたしと話す人間はみなわたしが嘘つきだと思って話しかけてきた。そのおかげでウソを簡単に見破られるようになったのだ。知っているかね? 嘘をついている人間がつい取ってしまう動作は男が三十一で、女が十六。つまり、女性のほうがよりウソがつきやすいのさ」
「むー。マリスと違って、アレンカはウソをつかないのです」
「そう言わず、じゃんじゃんウソをつくことだ。ウソをつくというのは知恵を使うからね。人間、知恵を維持するには常に何らかの刺激を与え続けないといけない。ウソはそうした刺激のなかでも最も刺激的な特効薬なのだ。それで質問だが、わたしが池のそこの転移装置を調べていたら、神の雷みたいなものが降ってきて、転移装置をバラバラにした。誰の仕業が知りたい」
「アレンカは知らないのです。アレンカじゃないのです」
「ウソをつくな、ウソを。きみたち、このウソつきを存分に折檻してくれたまえ」
「喜んで。さ、アレンカ。空手チョップの時間だよ」
「おかしいのです! ウソをじゃんじゃんつけってさっき言ったのです! ウソつきなのです!」
もはや様式美になりつつある空手チョップの儀式。
きっと一子相伝で受け継がれるであろう、ツィーヌのジャンピング空手チョップは今日もアレンカの額を直撃するのだった。




