第十四話 アサシン、七夕。
「今日は七月七日だね」
「それが?」
「お掃除当番が交代する日なのです」
「マスターからきいたんだけど、七月七日に笹の葉に願い事を書いた短冊を吊るすとその願いが叶うんだって」
「マリス。あんたってときどきすごくロマンチックになるわよね」
「別に悪いことじゃないだろう? それで、話の続きだけど、短冊を吊るしたらしばらく飾って、七月七日のうちに燃やしてしまうんだ」
「なんか異端審問っぽいのです。どうして焼くのですか?」
「空にはふたりの神さまがいて、その神さまのいる天上の世界まで願いを昇らせるために燃やして煙にするらしいよ。ふたりの神さまは恋人同士なんだけど、ワケあって、一番えらい神さまがふたりを無理やり別れさせて、会えないようふたりのあいだに星の川を流したんだ」
「ちょっと、マリス、大丈夫? どんどんロマンチックになっていくわよ」
「むー。そのふたりはどうして別れさせられたのですか?」
「仕事もしないで年柄年じゅう乳繰り合ってたらしい」
「それじゃ、しょうがないわね」
「でも、ふたりがあまりにも悲しむものだから、一番えらい神さまはちょっと気の毒に思って、一年に一度、ふたりが会える日をつくった。それが七月七日だったってわけさ」
「じゃあ、年に一度のイチャイチャ・デーで機嫌がいいところを狙って、神さまに願いごとを叶えてもらおうってこと?」
「神さま、チョロいのです」
「そのふたりは何て名前なの?」
「ケサランとパサラン」
「ふーん。あんまりロマンチックじゃない名前ね。でも、マスターが普通の民間人として暮らしてた世界のおとぎ話だもんね。そんなとこか」
「修羅の世界なのです」
「マスターは星はあまり好きじゃないから、夜空を見ても、何が何だかさっぱりらしい。でも、マスターの世界の空にはどんなときでも北に輝く便利な星があるんだって。それにひしゃくみたいに並んだ星があって、そのひしゃく星をテーマにしたアサシンの物語があるらしい」
「あ、アレンカもマスターからきいたことがあるのです。『お前は既に死んでいる』『ひでぶっ!』なのです」
実際、体を内部から破壊する暗殺術がどのくらい有効かをあれこれ話し合い、専門家の立場から肉が飛び散るのは目立つし、服が汚れるし、何より標的が跡形も残らないと、実はまだ生きている!という噂が立ち、報酬の受け渡しに支障をきたす。
どうやらケンシローはアサシンの腕はいいが、世渡りは下手らしい、と、来栖ミツルがこの世界にやってくるまで、ご飯もろくに食べられなかった腕利きアサシンたちは判じた。
しかし、彼女たちはかつての彼女たちにあらず。
ファミリーで暗殺でカネを取ることが解禁されてから、値段について交渉できるくらいの社会性は身についたのだ。
ただ、何もせずとも、来栖ミツルがお金をくれる(お小遣いを使い切れないくらい渡してくる)ので、お金には淡白である。
では、なぜ金額を交渉するのかと言えば、自分たちが恐ろしい安値で暗殺を請け負えば、暗殺者業界全体が低報酬の災難に遭う。
だから、タダでやってもいい面白そうな仕事もきっちりお金を取ることにしたのだ。
これぞ、社会性の獲得!
「ふー」
「どうしたの、アレンカ?」
「アレンカも、なんか、こう、ケンシローみたいに相手の体を内側から破壊してぐちゃぐちゃにぶちまける方法で誰か殺したいのです」
三人はいま草原の真ん中で停車した馬車の上に座り、サンドイッチを食べている。
馬車のなかはカンパニーから奪ったカネが唸っていて、もう数えるのも面倒なくらい詰まっていた。
「まあ、待ってくれ。ちょっと確かめる」
マリスはいつもかぶっている赤いベレーを脱ぎ、少し揉んで、風のなかをふりまわし、捉えた風のにおいを嗅いだ。
「うん。クレオほどじゃないけど、抑えきれない殺気のにおいがする。こりゃ包囲されたな」
そう言うなリ、マリスは馬車の天窓を開け、積んだお宝のなかから一本の短剣を取り出した。
異国の拵えで、黄金づくり、柄頭にはルビーが埋め込まれていて、刃は鉄ではなく美しい青い石を注意深く砥いだ一品で、羽根のように軽かった。
ごく一般的な四人家族の家の食費一年分に相当するであろう短剣は世界一高価な投げナイフとなって、草むらの殺気の発信源へと投げ放たれた。
カンパニーの暗殺者がひとり、絶叫をあげて斃れる。
宝物にはままあることだが、どうやらこの黄金の短剣には何かドきつい呪いがかかっていたらしく、死ぬよりひどい苦しみが暗殺者を襲った。
それがどんなものかはわからないが(ご存知のようにカラスに全身の肉をついばまれる苦痛を得るものから、家系図単位で損害を負わせるものまでいろいろある)、その暗殺者は刺さっていた短剣を自分でさらに深く刺してえぐることで命もろとも呪いも終わらせた。
短い矢が音もなく飛んできて、馬車に刺さった。
ツィーヌは五つの宝石をはめた黄金の杯に少し前に通り過ぎた宿場で買った、ごく普通の葡萄酒を注ぎ、敵のいるほうへ投げた。
やはり、これにも強力な呪いがかかっていたらしく、葡萄酒を浴びた暗殺部隊は次の瞬間には体が葡萄酒と化して地面に水たまりをつくり、彼らの装備は一秒間だけ人型に宙を浮いた後、バシャバシャと葡萄酒の水たまりに落ちていった。
「カンパニーってアコギな稼ぎしてたのね。受け取った財宝全部に呪いがかかってる」
「じゃあ、これにはどんな呪いがかかってるかな?」
それから十五分、襲ってくる相手を迎撃し、夏のさわやかな草原には紫色の煙をぶすぶす燻ぶらせる死因『呪死』がごろごろ転がったが、仮面と鉤爪をつけた暗殺部隊は数を減らすどころか、むしろ数を増してくる。
「カネのために殺してるわけじゃなさそうだ」
第何波になるか分からない襲撃の合間、マリスがこぼす。
「集団催眠でもないのです。あれをやると動きが鈍るのです」
「任務第一なんでしょ? マスターはこいつらのこと、社畜って言ってたわ」
「会社の家畜で社畜? やっぱりマスターは修羅の国の住人だったんだな。しかし、もう殺し飽きたな。突破口をつくって逃げたいけど、この包囲をぶち破るのはさすがのボクでも骨だ」
「そんなときはアレンカにおまかせなのです」
すう、と息を吸い込むと、両手を真上に掲げる。
小さな灼熱の玉が生まれたかと思えば、金貨や金塊、金の食器、金の女神像といった財宝の数々が吸い込まれるように灼熱に向かって集まり、高熱に溶けて融合した、眩い光を放つ黄金の塊ができあがった。
直径一メートルを超える凝縮された灼熱の黄金を、アレンカが草原に向かって放つと、轟音と閃光のなかで暗殺部隊は蒸発して消え去り、黒く焦げた金がくすぶる巨大な穴が残った。
「ざっとこんなもんなのです」
えへん、と胸を張る。だが、そのとき――、
「あーっ!」
聞き覚えのある声がした。
見れば、食料の入った箱を取り落としたあの古代学者が顔を真っ青にして、クレーターへと走っていく。
「星への転移の魔法陣が! 消し飛んでる! 穴になってる! 誰がこんなことを!」
ひゅ~、ひゅ~、と音の鳴らない口笛を吹いて知らんぷりするアレンカをマリスとツィーヌが売った。
「きみたち、その少女を存分に折檻してくれたまえ。転移魔法陣を跡形もなく消し飛ばした報いだ」
「了解。さ、アレンカ。空手チョップの時間だよ」
「おかしいのです! アレンカ頑張ったのです! マスターが言ってました! アレンカはえむ・ぶい・ぴーなのです!」
マリスが羽交い絞めにし、ツィーヌがキェーッと飛び跳ね、悪党どもの死に切った草原に空手チョップの音が響いたのだった。




