第十二話 ラケッティア、ボンクラとの会談。
翌日、おしゃれ探偵カルテルが発足。
ペナルティ制度を維持するものにはボタンホールひとつ分の情報も与えないと宣言した。
その日の午後、おれはというと、治安裁判所に呼び出されていた。
ジルヴァとクレオを連れて裁判所の柱廊を通り、エリゼーウ判事の部屋に通される。
壁に管轄区ごとに色を塗り分けたカンパリノの地図があり、もう一方には書記が座っている。
エリゼーウは少し遅れてやってきた。
部屋に入り、剣吊りベルトを外して、帽子掛けにかけると、遅れてすまない、といって、席に腰かけた。
カンパリノに来てから、この治安判事のことはいろいろきいたが、ゴッドファーザーに出てくるマクラスキー警部のようにひとつの勢力に傾き過ぎることはないらしい。
イヴェスのように秩序を重んじていて、自身は賄賂は受け取らない。
そして、手入れや捜査には自分も積極的に関わり、これまでに三人を職務中に斬り殺している。
つまり、タフな司法官だ。
「この街はどうだね?」
そのタフな司法官は丸い眼鏡を鷲鼻にかけた。
「おしゃれな街ですね、判事」
「服をおしゃれにすると、窓の花壇もおしゃれにしなければならない。窓の花壇をおしゃれにすれば、家全体をおしゃれにしなければ釣り合いがとれない。かといって、ここの住民は服飾や装飾にカネをかけすぎて破産するような馬鹿な真似はしない。まず自分たちで行えるおしゃれを探す。おしゃれ探偵の口から世界じゅうに知られる派手なカンパリノ風ハンカチやリボンまみれのカンパリノ風ズボンはこの街の一面しかとらえていない。本来、この街は生活の機能性を重んじるのだ。さて、おしゃれ探偵たちをひとつにまとめ上げて、その後見役をして、いくら入っているのかなんて質問できみたちを侮辱するつもりはない。ボー・クラースのことはきいているだろう。これまでおしゃれ探偵たちの競争意識でカネを稼いでいた男だ。わたし個人の見解としては大使館や外国の貴族たちがボー・クラースにカネを払って対立するおしゃれ探偵をリンチにかけておきながら、逃げるときは外交官特権を振りかざすことについてははっきりいって好ましくないと思っている。その点でいうと、おしゃれ探偵のカルテルは好意的に見てもいいだろう。ただ、きみたちの考えた事業はボー・クラースの縄張りにひっかかる。この街はカンパリノであってカラヴァルヴァにするつもりはない。話し合いで決着をつけてもらう」
「こっちもボー・クラースがかぶった損害を補填する準備はある。スロットマシンの権益でおれたちは三十パーセントを受け取っているが、そのうち十パーセントを提供する準備がある」
「それは素晴らしい」
おれはエリゼーウの差し出した大きな手を握り、明日、カリマル通りのレストランで判事立ち合いのもと、ボー・クラースと会うことになった。
サンドイッチが棚に並んだ店にはもう判事が来ていて、ボー・クラースはもう少しかかるということだった。
ジルヴァとディアナがついていくというので、連れてきた。
デニーズであればクラブハウスサンドの名を冠されるような大きなサンドイッチを頼み、丸いテーブルでボー・クラースを待った。
一時間。二時間。三時間。
おれと判事はそのあいだ、景気がどうのとか、今年の雨は続かなかったとか、話していたが、内心あのクソ野郎とおもっているのはよく分かった。
広場の教会が午後四時の鐘を鳴らし、もう帰ろうと思ったところでボー・クラースがやってきた。
ひとりでだ。
世のなかにはどうおしゃれをしてもひょうきんに見えてしまう不運なやつがいるが、ボー・クラースがそれだ。背の低い、肩幅が狭い、頭がつるっぱげ。
だが、この男は去年、自分の妨害サービスを頑として利用しようとしなかったふたりのおしゃれ探偵を生きたまま焼き殺している。
こいつの手下はカンパリノのアパレル産業に根づいていて、地元の有力者たちにとんでもない額のカネと引き換えに保護を得ている。なめてかかると痛い目見る。
遅れてきたことを謝りもせず、エリゼーウがやつにおれを紹介し、こっちが握手の手を差し出すと、
「女を手下にするような腑抜け野郎とは握手しねえ」
と、ぬかしやがった。ぶっ殺したろか?
ジルヴァが静かにナイフを抜いたので、それを抑える。
ここには話し合いに来てるんだ。
「このよそ者のクソ野郎はおれのシノギを邪魔しやがった。皆殺しにしてやる」
そう言った後、ゲラゲラ笑い、冗談だ、と言った。
「こっちはあんたのかぶった損失を穴埋めする用意がある。スロットマシンのあがりの十パーセントを払う」
「二十パーセント払えよ」
「五パーセントでも払いすぎなくらいだ」
ボー・クラースは肩をすくめた。
「分かった。十で手を打ってやるよ。エリゼーウの顔を立ててやらあ。お前らよそ者のオカマ野郎がおしゃれ探偵のオカマ野郎どもと乳繰り合う代金として、もらってやるよ。十パーセント。で、いつ渡すんだよ?」
「明日、ポル・メディナ通りのおれの店に来てくれ。そこで渡そう」
立ち去る背中を眺めながら、エリゼーウにたずねた。
「あいつのあだ名、ボン・クラースでしょ?」
「本人の前で言うな。怒るからな」




