第十話 ラケッティア、クルス反物商店のスケッチ。
ポル・メディナ通りの店を買い、『クルス反物商店』と名づけた。
売り物は絹やビロードといった高級反物と小間物――ハサミ、やわらかい石鹸、帯剣時に垂らす飾り鎖、リューマチに効果があるといわれる金の針だ。
モミ材を張った壁に囲まれ、棚にはそこそこいい布がある。高級なものは宝箱みたいな長持ちに入れていて、鍵がかけてあった。クルスの名を冠した布屋に盗みに入るバカもいないと思ったが、ここは外国だ。用心に越したことはない。
壁には太陽のことを知り尽くした職人が開けた窓がある。
そこから差す淡い日光が売り場台に広げたアズマ産の絹をよく見せてくれる。
ヴォンモがミミちゃんと一緒に帳場台に入り、算術盤の玉を弾いていた。
おれに気がつくと、その小さな顔を上げた。
「マスター。しばらく、ここにとどまるんですか?」
「うん。ここで商売することにした」
「うーん、師匠たちは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だって。あの子らに勝てるやつなんていないから。このセヴェリノでお互いあちこち動き回って、すれ違いの入れ違いになるよりは、ここでおれがドカンとラケッティアリングしたほうがマリスたちだって、ああ、カンパリノに来栖ミツルがいるんだなって分かるだろうし」
実際、西部でカンパニーの銀行や会計士が相次いで襲われて、大騒ぎになっている。
少し前に埃まみれで顔をプラムみたいに真っ赤にした飛脚から受け取った手紙によると、あいつらはヴェンヴェットという小さな川沿いの町の近くで賞金稼ぎをギタギタにして、一応、東へと向かっているらしい。十万枚の金貨を載せた馬車と一緒に。
正直、これからおれがやるカンパリノのアパレル支配よりもカンパニーのカネを奪い続けたほうがずっと儲かるし、手っ取り早いかもしれない。
だが、銀行強盗というのはだいたい短命だ。
ボニーとクライドはルイジアナの田舎道で警官隊の待ち伏せを食らって蜂の巣にされた。ジョン・ディリンジャーは赤いドレスのポーランド女に裏切られ映画館の前でFBIに撃ち殺された。プリティ・ボーイ・フロイドはトウモロコシ畑に追い詰められ、獣のように撃ち殺されたが、死の間際、警官に「プリティ・ボーイ・フロイドか?」とたずねられ、「おれの名前はチャールズ・アーサー・フロイドだ、くそったれ」と返すのが精いっぱいだったという。
1930年代の大不況時代の銀行強盗はほとんどがそんな最期を遂げている。いっぱしのギャングらしく死んだのはベビー・フェイス・ネルソンで、これは自分のあだ名を死ぬほど嫌い、それを返上するためにめちゃくちゃな人殺しを繰り返した男で、最後はイリノイ州の片田舎で車が故障し、そこでふたりのFBIが乗った自動車に追いつかれた。ネルソンはトミーガンを腰だめに構えて乱射しながら、突っ込んでいき、ふたりのFBIを撃ち殺した。だが、ネルソンの足は反撃の銃弾でズタズタになっていて、結局、それがもとでまもなく死んだ。
マフィアは強盗はしても、銀行を襲うやつはいない。
空港の積み荷やトラックを強盗くことはあっても、銀行は避ける。
もちろん、都会慣れしない観光客相手にホールドアップなんかもしない。
バカなチンピラ時代なら、それも許されるが、マリア像のカードを手のなかで燃やして正式な構成員になったのなら、もうちょっと頭を使って稼がないといけない。
それで公共建築の談合、火災保険詐欺、脱税に勤しむわけだが、いまのあの三人はマフィアのロードマップから大きく外れて、あちこちで賞金稼ぎを骨肉眼球四散の目に合わせている。
ただ、盗んだカネのうち、かなりの額を小さな町や村にばらまいたというから、カンパニーが彼らの心を再びつなぎとめるには、相当な投資が必要だ。
さて、カンパリノのアパレル産業支配の橋頭保でもあるクルス反物商店だが、二階には大きな窓のある広間がある。この店の前の持ち主は二階をサロンにしていたようだ。恐ろしく写実的な生地検定人の肖像画やカンパリノの歴史を簡単にまとめたタペストリーなどがかかっていて、ふたり掛け椅子、長椅子、ひじ掛けのある椅子、ない椅子、背もたれもない椅子などいろんな椅子が置いてある。
ここで生地商人たちが自分たちの商売を芸術的に昇華するにはどうすればいいのか日々論じ合っていたことだろう。
だが、これからは違う。
ここに集まるのはおしゃれ探偵たちだ。




