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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
セヴェリノ王国 元気よくおかえりと言ってあげよう編
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第八話 アサシン、檻のなかの男。

 森に挟まれた草地の中央を道が通っていて、荷馬車は肉に噛みつき人間の血を吸いたがる政治家のような羽虫の湧く沼や人家と酒場が数軒あるだけの村を器用に避けながら、のろのろと進み、午後のだいぶ遅い日差しがこれまで東だと思っていた進んでいた方向から差してきたころ、川のほとりにある小さな町に到着した。


 町はヴェンヴェットと呼ばれていた。町にある建物の半分は廃墟で、残り半分が宿屋だったり酒場だったり人家だったり鍛冶屋だったりしていた。


 製材所の前には並んで座り火酒の入った壜をまわす男たち。大きなチーズの塊を持ち歩く白頭巾の女。水瓶のなかのドジョウをじっと見つめる子ども。破れたしなびたカードを数枚テーブルに置いたまま居眠りをしているまじない老婆。


 目抜き通りと呼ばれるジグザグの道は真っ直ぐ伸ばしてもカラヴァルヴァのリーロ通りの半分もなかった。曲がり角には小さな畑や屋根のない廃墟、苦いベリーの茂みがあり、男がひとり槍を肩に担ってあくびをしながら、石の平屋の前に立っていた。


 その平屋の開きっぱなしの戸口の上に自警団本部と銘打たれた銅板がはめ込まれていた。

 なかでは町民から選ばれた自警団長が短い足をテーブルの上に投げ出して、帽子を顔に引き下げて居眠りをしていた。


 同じ部屋に牢屋があり、囚人がひとり寝転んで、やはりいびきをかいている。


「あの、すいません」


 自警団長は呼びかけにぐーぐーとかいていたいびきを一瞬止めた。

 それから数秒間、埃が床に落ちる音がきこえるほどの静寂が訪れ、そして、またいびきがリズムを取り戻した。


 それからブーツをぐいっと押したり、肩をゆらしたりしたが、自警団長は眠りから目が覚めなかった。


「髪にさわるんだよ」


 牢屋のなかからむくりと体を起こした。

 あぐらをかいたまま、ふああ、と両手を真上に伸ばした若者が言った。


「ちょっとさわるだけでいい。それですぐに起きる」


 未決囚の若者のアドバイスに従って、ちょっと髪に触った。


「うおっ、おれの髪!」


 自警団長は椅子から飛び上がった。


 そして、テーブルの鏡を覗き込み、髪を丹念に撫でつけた。帽子をかぶったまま寝たせいで髪はぺったり頭皮にはりついていたが、左右から手で盛り上げて、空気を送り込み、芸術家風のふわっとした髪型を何とか整える。


「やっと、起きた。この町は自警団長が昼寝を楽しめるほど治安がいいの?」


「居眠りじゃない。瞑想してたんだ。人はなぜ罪を犯すのか。人は罪なくして生きられないのか、考えてたんだ」


 自警団長は立ち上がり、壁のそばの水瓶で顔を洗った。

 そして、自分の席につくと、オホンと咳をして、顎を少し上げ気味にした。


「それで何の用だね?」


「アレンカたちは川の向こうに行きたいのです」


「行けばいい」


「川が深いから渡れないのです」


「そりゃあ川は深いさ。先週の雨で増水してるし。で、おれにどうしろってんだ? 川の水を飲み干して、お前らが渡れるくらい浅くしてくれって言うのか?」


「そこまでしなくても、渡し舟を紹介してくれればいいよ」


「いいとも。紹介しよう」


 自警団長は立ち上がり、鉄格子を蹴った。


「ほら、このなかにいる、この男、こいつが町でたったひとりしかいない渡し舟の船頭だ」


「なにしたの?」


「濡れぎぬで入れられてる」


「渡し舟の上で女性にキスを強要した」


「同意の上だった。渡し代が足りない分をキスで払うってドロシーから言ってきたんだ。なあ、アルフレド。こんなのないぞ。まさかあんたがドロシーの言うことを真に受けるとは思わなかった」


「そりゃあ、おれだってドロシーがこの町の男のほとんどとやってることは知ってる。それがあいつの仕事であり性分だからな。あいつがとことん根性が曲がっていて、平気で嘘をつきまくることも知っている。それどころか、お前が無実なのも知っている。だが、おれもちょうど退屈していてな。無性に誰かを牢屋に入れたい気分だったのさ」


「じゃあ、もうたっぷり堪能しただろ。おれを出してくれよ」


「なあ、ギヨーム。考えてみろよ。渡し舟の上で嫌がる女性にキスを強要した男を釈放して、三人の女の子と一緒に渡し舟に乗せられるか? この町の人間がそれに納得してくれると思うか?」


「だから、あれは同意の上だったんだって。あんただって、おれが無実だと分かってるって言ってくれてたじゃないか」


「それはドロシーとの場合であって、この子たちとはまた別だ」


「おれがこの子たちに船の上で悪さするってのは何が根拠なんだよ」


「船の上で嫌がる女性にキスをしようとしたという通報だ」


「だから、それは嘘なんだって」


「それは知ってる。だが、この子たちとは話が別だ。おれはこの町の保守的な人間に納得のいく仕事をしないといけない」


「あの、ボクら、この船頭さんに手籠めにされちゃうほど大人しくありませんよ」


 その証拠にマリスが剣を抜いて、また素早く納刀したが、そのあいだにテーブルの上にあったかじりかけの梨が飛び上がり、真っ二つになった。

 そして再び剣を抜き、刀身に梨の果汁が少しもついていないことを示したが、それもそのはずで刃を拭いたときにできたシミが自警団長のズボンについていた。


「なるほどな。この早業じゃあ、ギヨームは手も足も出ない」


「じゃあ、おれは釈放してもらえるのか?」


「なあ、ギヨーム。お前が釈放されて、船の上でこの子たちにいたずらしようとして返り討ちになって死んだとする。でも、それで終わりじゃない。お前が死んでもお前の罪は残るんだ。おれはいつも瞑想しながら考えているんだがな。この罪ってもんはやっぱり軽視するわけにはいかない。この町の保守的なやつらも同じ意見だ」


「つまり?」


「おれとしてはもう少し檻に人を入れておきたい気分なんだ。安心しろ。明日の朝一番に釈放してやる」

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