第七話 ラケッティア、おしゃれと支配の話。
この世界のお洒落は袖のフリルを二重にするか三重にするかで思い悩む。
その他、上着に刺繍で縁取ったスラッシュをつくり、きれいなブルーのシャツをチラ見せしたり。
そうした流行はカンパリノの針子娘たちのひと縫いひと縫いから生まれるのだ。
北はヴァインランドの山小屋から南はヴォンモの故郷の南洋諸島まで。
さすがにアズマまではいかないが、まあ、とにかくこの世界に数あるお洒落の街のひとつなのだ。
紳士服専門の一流仕立て屋が軒を連ねる通りがあるし、おしゃれ探偵というふざけた名前の職業まである。
これはおしゃれな探偵がおしゃれにまつわる知識で殺人事件を解決するのではなく、このカンパリノで何が一番流行っているのかを調べる探偵である。
おしゃれ探偵界のシャーロック・ホームズ、いや、エルキュール・ポアロか、とにかく一流どころの探偵たちはカンパリノ市内に置かれた各国の大使館に雇われていて、最新流行をいち早くキャッチし、本国の宮廷へご注進する。
そのために早馬や狼煙、伝書鳩、空飛ぶ船、あるいは思念を遠い場所に飛ばす交信術系の魔法使いが活躍するのだが、おれはお洒落したいけど他のやつがお洒落するのは許さねえというケツの穴の小さい王さま根性がお互いの情報伝達を邪魔し続ける。
おしゃれ探偵を買収して間違った情報をつかませるなんてこともするらしい。
なんという香ばしいラケッティアリングの香り。
いや、憧れてたんですよねー。
アパレル産業の支配。
その昔、マフィアたちはニューヨークのガーメント地区の組合掌握など、アパレル産業に強い力を持っていた。
大ボス、カルロ・ガンビーノの息子であるトーマス・ガンビーノはこのガーメント組合を牛耳っていたが、九十年代までニューヨークで百ドルの服を買おうとするものは誰でも、このトーマス・ガンビーノのピンハネのために余計に三ドル払わされていたというのだから、凄まじい。
ジョン・ゴッティのような武闘派幹部からは〈オカマの針子〉と陰で馬鹿にされたトーマス・ガンビーノだが、個人資産は7500万ドル。麻薬に絡まずにここまで稼げるやつは他に例を見ない。
ファミリーのために稼ぐ額が半端なかったから、ガンビーノがボスの時代も、カステラーノがボスの時代も、そして、ジョン・ゴッティがボスの時代も幹部でい続けることができた。
ゴッティは幹部時代、トーマス・ガンビーノを散々オカマオカマと馬鹿にしたが、実際自分がボスになり、その上納金を受け取る立場になると、その甘い汁に夢中になった。
ローリスク、ハイリターンなのだ。ガーメント組合は。
麻薬はコカイン一オンスをコンドームに詰めて飲み込んで空港から持ち込もうとしただけで十年食らうが、服飾組合支配は罪状がせいぜい高利貸しか脅迫くらいで、執行猶予なしの実刑判決を下せるかすら怪しい。
RICO法施行後はいろいろ面倒なことになったが、それでもゴッディのアンダーボスのサミー・グラヴァーノが当局に寝返るまでは逮捕されずに済んだのだ。
トーマス・ガンビーノのような大学出がここまでうまい商売をゲットできたのは、まず父親がガンビーノ・ファミリーの大ボス、カルロ・ガンビーノであり、妻がルケーゼ・ファミリーの大ボス、トーマス・ルケーゼの娘だったからだ。
結婚式はゴッドファーザーのオープニングみたいに大がかりなものになり、ニューヨーク五大ファミリーの大物が勢ぞろいした。
外の駐車場でFBIが来賓者たちの車のナンバーをメモメモしているあいだ、ガンビーノはルケーゼに現金で三万ドルを送り、ルケーゼはその返礼としてジョン・F・ケネディ空港絡みの利権をプレゼントした。
かっちょいい。
これがゴッドファーザーのやり取りだよなあ。
その後、1967年にルケーゼが亡くなると前もっての約束通り、ルケーゼが押さえていたガーメント組合の権利がトーマス・ガンビーノに受け継がれた。
こうしてみると、なあんだ、トーマス・ガンビーノは親の七光りの舅の七光りで合計十四光りのラッキー野郎か、ケッ!と思われるが、そもそもマフィアとはそういうものだ。
血縁を中心にファミリーをつくる、結婚によって同盟関係を築き上げるのはシチリアの古風なマフィアのやり方なのだ。
もちろんそれが新世界アメリカでうまくいくとは限らない。
ジェノヴェーゼ・ファミリーの大ボス、ヴィト・ジェノヴェーゼは自分の息子たちをマフィアとは一切関係のないカタギの道に進ませた。
五大ファミリーで最大の麻薬供給業者だったボナンノ・ファミリーが瓦解したのは、大ボス、ジョセフ・ボナンノが自分の後継として、長年ファミリーを支えた相談役ガスパール・ディ・グレゴリオを差し置いて、何の実績もない息子のビル・ボナンノをボスにしようとしたためだ。
カルロ・ガンビーノはその轍を踏まず、トーマスには実績を積ませた。
だから、トーマス・ガンビーノはボスが次々と変わった動乱の時代を生き残れたのだ。
それに父親ゆずりの大きな鷲鼻と抜け目のなさはきちんと遺伝されていた。
ファミリーの幹部だった時代は、麻薬や殺人、売春から距離を置き、さらに豊富な資金力をもとに児童医療支援の財団をつくり、慈善家として、引退の下地をきちんとつくっている。
ポール・カステラ―ノはステーキハウスの前で撃ち殺され、ジョン・ゴッティは黒人にボコボコにされたりして刑務所で老衰で死んだ。
同じ時代にガンビーノ・ファミリーの幹部だった連中の大半は後ろから頭を撃たれたり車ごと爆弾で吹き飛ばされたり行方不明になったり終身刑を三回食らって連邦刑務所で死ぬことが確定したりしている。
だが、トーマス・ガンビーノはフロリダの太陽の下、長年連れ添った妻とともに悠々自適な老後をおくっている。
まだ生きていれば九十歳を超えているはずだ。
――†――†――†――
しかし、よい子のパンダのみんなはどうしてマフィアがこんなにアパレル産業を支配下に置けたのか不思議に思うだろうが、そこにはアパレル業界が抱える構造的な問題がある。
つまり、流行は激しくうつろう。
新しいものが流行るたびに衣服工場は新しいデザインに対応した新しい設備を導入しなくてはいけないが、それにはカネがかかる。
だが、その手の衣服工場はたいした担保がないから、そうしたたびたびかさむ設備費用を銀行から借りられない。買った工場設備だって、あと数年したら時代遅れになるって銀行側も分かっているから担保にしようとしても低く見積もられる。
困った工場主たちがどこからカネを引っぱってくるかというと、まあ、闇金、つまりはマフィアの高利貸しですわな。
で、その利子のバカ高い借金の返済が滞ると、まあ、普通は足の骨を折られるけど、そうはせず、かわりにマフィアたちは強引に衣服工場主たちのビジネス・パートナーになる。
で、気づいたころにはガーメント地区の衣服工場はみんな怖いおじさんたちをパートナーにしていて、そして、怖いおじさんたちはこれらの工場からなるガーメント組合の幹部職に選ばれて、ここにアパレル産業の支配が完了すると、まあ、こういうわけです。
これぞ、ラケッティアリングですよ、奥さん。
じゃあ、お前もカラヴァルヴァでアパレル産業にカネ貸して支配すればいいだろってよい子のパンダのみんなは言うかもしれないけど、カラヴァルヴァは基本的に服つくって売るよりも服盗んで売るほうが手っ取り早くて、衣服製造業がそこまで大きくない。
だが、カンパリノは違う。
この都市の主要産業はおしゃれなのだ。
そして。カンパリノはガーメント地区とも違う。
機械ではなく、人間の手が服をつくっているからだ。
だから、一着一着が高い。
前にも言ったと思うが、この世界は現実世界と違い、服は貴金属並みに換金性の高い商品なのだ。
現実世界じゃ買い取り不可の穴のあいたきったねえ靴下だって買い取られる。
だからこそ、カラヴァルヴァではコーデリアみたいな故買屋が活躍するわけだし、公営質屋には服をぶち殺す専門の受付がある。
それに機械がないとは言っても、さっき言ったようなおしゃれ探偵たちの暗闘や通信の妨害行為など、あまりきれいとは言えない業界の悩みがたくさんあるようだ。
それは騎士団に通報すれば解決する類の悩みではない。
それは親切な紳士の助けが必要な悩みだ。




