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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
セヴェリノ王国 元気よくおかえりと言ってあげよう編
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第四話 ラケッティア、一撃必殺三百万円。

 骨と骨がこすり合わせる鳥肌の立つ音が旅籠のまわりを囲んでいる。

 なんだ、おまえ、スケルトンにでも包囲されたか?


 いいえ、蝉です。


 ここの蝉はそんなふうに鳴くんです。


 ミーンミンミンミーンとかカナカナカナとか蚊取り豚からゆっくり上る蚊よけの煙を見ながら、田舎の縁側に寝っ転がるような、そういう情緒のある鳴き方しないんですよ、ここの蝉。


 翌朝、宿屋の食堂に集まったら、みんな寝られなかったらしく、目の下に大きな隈ができている。

 例外はクレオでこいつはいつも目の下に大きな隈をつくってる。


 真っ白くて痩せ細った顔なのに目が異様にデカく、その目が夏の日の人殺しの日光みたいにギラギラしていて、その目を縁取る黒い隈。


 ところが、本人は昨日はぐっすり眠れたというのだから納得がいかん。


 ギャーリギャリギャリギャリ。


 ディアナが立ち上がって、手に持ったパンをちぎってムシャムシャやりながら、外に出ると、手近な木を蹴った。

 すさまじい蹴りでサアベドラでもあんな蹴り繰り出せるだろうかと思うほどの威力で大人三人が手をつないだくらいの太さの木がぐらっと傾いたが、それで、蝉どもは鳴くのをやめない。


 五年間、土のなかで暮らして、やっと手に入れた二週間限定のセックスチャンス。

 蝉どもの性行為を求める交渉の声は止むどころかますます強くなる。


 そりゃそうだ。

 やつら、二週間後に死ぬんだから怖いものがない。

 ディアナ渾身の蹴りは相当なものだが、既に死を決した童貞蝉軍団を慄かせるほどではない。


 さて、そんな寝不足で、じゃあ、お前は何してたんだというと、夜中にスロットマシンやってました。


 ハイ、そうです。こんなとこにもありました。

 クルス・ファミリーのスロットマシン。


 銘柄は『ラケット・ベル・グランデ』。

 最初のスロットにしてロングセラーの『ラケット・ベル』をですね、大当たりの賞金をカチ上げた射幸心をバリバリにあおるマシンでございます。


 銅貨一枚で大当たり出せば、これまでのラケット・ベルなら銀貨百枚。つまり、五万円。が、ラケット・ベル・グランデは大当たりを出せば、金貨百枚。つまり、三百万円。

 まさにスロットマシンでお殿さま(グランデ)になれるとんでもない代物。


 こんなの現実日本じゃ絶対に審査に通らない。

 しかし、大当たりへの道は遠い。

 ラケット・ベルはスロットリールが三つだが、グランデは四つ。斜めにそろえるなんてかわいいことはない。ただ、ひたすらに王冠マークを横一列にそろえるのみ。


 ちなみにリール速度もカチ上げてある。

 視力については人並み外れたトキマルに打たせたが、百回やって当たりなし。三つまでそろえたことが三回だけあった。しかも、その三回のうち二回は、ひとつ目とふたつ目のリールで王冠を出し、三つ目を外し、四つ目で王冠を出したわけだから、実質、リールふたつしか王冠を出せなかったようなもんだ。


 忍者の誇りを傷つけられたらしくてふて寝したから、クレオが絶賛する目がよくなるベリーのジャムをお土産に買っていってやるか。


 さて、おれは昨日、蝉どものせいで眠れず、ポケットを銅貨でいっぱいにして、このグランデと戦った。


 グランデは初代ラケット・ベルと同じ銅貨一枚でまわせる。

 チェリーやスペード、蹄鉄といった柄の小当たりがなく、あるのは大当たりだけだから、コインが減るのがえらく速い。

 ポケットの銅貨は二百枚以上あったが、ほんの十分で消えてなくなった。


 こんなんじゃ掃除機にカネを食わせているようなもんだ。


 ただ、このグランデ、大人気なんだよね。


 現在、スロットマシンの生産はフレイの指導により、もふもふたちが行っているが、酒場や宿屋などから、生産が間に合わないほどの注文が来ている。


 みんなでっかい夢を見たいわけだ。


 まあ、おれとしては儲かるからいいけど、大当たりの一撃が弱いが銅貨二百枚あれば一時間半は遊べる台も考える必要があるな。グランデだけでは取りこぼす客をひとり残らずすくい取るのだ。


 ん? ああ、さすがに今朝はもうさわってないよ? いま座っているのはヴォンモだ。

 だが、カネはミミちゃんが出している。自販機だけあって、とんでもない量の銅貨を持っているが、ミミちゃんが求めているのは一撃三百万の大当たりではない。


「さあ、ヴォンモちゅわん、リールをよく見て。王冠が出たらボタンを押して止めるんですよ」


「はい。でも、ぐるぐる、ぐるぐる。目がまわってきましたぁ」


「ひーっ! 目が回って、頭がぐらんぐらんしてるヴォンモちゅわん尊い! その無防備さが尊い!」


 おれのスロットマシンが邪な欲望のために使われているのは感心しないが、そもそも一撃大当たり三百万円という設定は人間の邪な欲望を刺激することを目的としているので、立場が難しい。


「あ、そうか。ボタンを押して止めてしまえば、もう目がまわらないんですね。えいっ、えい、えい」


 蝉どもの声をかき消すほどのベルの音が宿屋をびりびり震わせた。


 見れば、グランデの吐き出し口から金貨がジャラジャラ流れ出してる。


「あわわ。マスター、おれ、機械を壊しちゃったかもしれません」


 よい子のパンダのみんな。よく見ておけ。

 これが無欲の勝利というやつだ。

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