第二話 ラケッティア、国境の塔と信仰。
ここ最近、駅亭の早馬があちこちを走り回っている。
お隣のセヴェリノ王国でカンパニーの大幹部〈判事〉の死体が実に奇妙な恰好で見つかったからだ。
早馬のひとりを買収して、ロンデ法律家協会行きの手紙を見せてもらったが、〈判事〉はマントーノ郊外の牧草地に大根みたいに半分だけ埋まった状態で見つかった。
血まみれのテーブルクロスに包まれた半分焼死体みたいな状態だったそうな。
まあ、あの子たち、最初は埋めようとしたけど、めんどくさくなったんだろうな。
問題は事が大きくなって、カンパニーのお仕置き部隊があの子たちを探しているということだ。
そこで救出部隊というか、幼稚園のお迎えバスというか、こっちも人をそろえて、セヴェリノに行くことになったのだが、まあ、人選は、まずジルヴァとヴォンモ、出身地だということでクレオ、最近体がなまってしょうがないということでディアナも参加、ついてこなくてもいいと言ったけど、ミミちゃん。
これだけいれば、救出部隊には十分だし、残していく人選としてもおれが留守中にたいていのことに対応できる。
これぞパーティのバランスだ。
しかし、ロープレってなんでパーティの人数を制限するんだろう。
幻想水滸伝とか百八人仲間になるんだから、百八人総出で襲いかかれば、ラスボスなんて瞬殺じゃね? FF7、ミッドガル出た直後、三人と二人の二手に分かれようとか言うけど、神羅カンパニー完全に敵に回して、各個撃破の危険を犯してまで五人を二手に分ける必要あるの?って思ったりしたけど。
いや、おっさん、あれはみんなで動くと目立つから二手に分かれるんだよ、っていう意見がよい子のパンダのみんなから上がるかもしれないけど、あの時点のパーティ、金色ツンツン頭、特攻野郎Aチームのコング、ピンク古代種のねーちゃん、ボインのねーちゃん、犬の五人だからね?
そんなもん何もしなくてもクソ目立つよ。
いや、おっさん、そんなこと言って、お前だっていまパーティ選んだじゃねえか、ファミリー全員で出撃しろよってお叱りがよい子のパンダのみんなから上がるかもしれないけど、こっちは商売抱えてるんだよ。だから、人を残す必要があるの!
さて、そんなこんなでおれらはロンドネ王国を後にし、西のセヴェリノ王国へと向かうべく、国境監視所までやってきた。
ロンドネとセヴェリノは基本的に仲がいい。
つまり、それは密輸人にとって辛い状態だ。
隣国同士が仲が悪かったら、おれの懐は痛まないけど隣のあん畜生には痛いから、という理由で国境が密輸に対してザルになる。
そういう国の軍では国境警備隊は殺人鬼の集まりみたいになっている。
相手の国がちょっとでも国境を踏み越えたら、すぐにぶち殺す。
崇高な国境警備が単純な人殺しに変わる瞬間はいくらでもあり、平和な駐屯地を嫌い、人を斬りたくて斬りたくてしょうがない連中が国境警備隊に集められる。
が、ロンドネはセヴェリノと仲が良い。
だから、密輸人は無事に通るには相当な賄賂を払わないといけない。
ロンドネの国境警備隊は閑職であり、人殺したちは辺境伯との境界の部隊にまわされる。
さて、ロンドネとセヴェリノのあいだには川が流れている。橋の上から覗くと深い淵の濃い青に自分の顔が鏡みたいに映るきれいな水面だが、そんな水面の下には丸々太った大きな鱒が何匹もヒレをゆっくり動かして、一点に止まっている。
この近所には鱒を神の使いとして崇拝する奇妙な宗教があり、この川の鱒は大切にされ、食べるなんてもってのほか、だから網や釣り針を警戒することを知らない。
だから、簡単な釣り具に虫でも餌にすれば爆釣間違いなしだが、国境の両サイドの住民から叩き殺される覚悟が必要だ。
だが、釣りキチどもは七十センチ以上の大物を釣り上げられるのなら死んでもいいと思っている。
アル・カポネの手下のルイス・〈リトル・ニューヨーク〉・カンパーニャはそう言って、フロリダで三十キロオーバーのクエを釣った瞬間、嬉しさのあまり心臓が止まったわけだが、ここでの死因は農具による撲殺だ。
正直なところ、この平和な国境で行われる軍事行動のほとんどは釣り人を処刑せんとする農民たちによる一揆がほとんどだ。
さて、セヴェリノとロンドネのあいだに流れる川には橋が架かっている。
その石の橋、たぶん相当古い石の橋のちょうど真ん中に塔が立っている。
どっちの国が管轄しているのか知らないが、なかなかの風情だ。
緑の田舎にたたずむ橋の塔。
ファンタジー異世界ではこういうとってもファンタジーな風景を見ることができる。
「まあ、いい風情だ」
「マスター、見てください。鱒がたくさん泳いでますよ」
「ここじゃ聖なる鱒だそうだ。鯛の浦みたいなもんか」
牧歌的でしょう?
これがセヴェリノを騒がす大物を殺した暗殺者たちを迎えに行く一団だとは思えないでしょう?
まあ、ディアナとクレオはちょっと物騒な雰囲気だが、ヴォンモとミミちゃんが相殺する。
ミミちゃんも黙っていれば、金髪の美幼女に過ぎんのです。黙っていれば。
思えば、おれはミミちゃんがヴォンモに襲いかかる隙を狙っていると思っていたのだが、もっと警戒すべきやつがいた。
「クックック。食べたら殺される鱒、か。心をふるわせるねえ。クク」
おれは食べたらアウトだと思っていた。
だが、ちょっと考えてみよう。
ここでは鱒は天使である。それを食べたいというのは、ジャンヌ・ダルクの時代のヨーロッパの農村で大天使ガブリエルを食べたいというようなものなのだ。
そんなことすれば、たちまち信心深い村人に取っ捕まって、この熱湯鍋に手を突っ込め、底の石を拾えたら許してやるなんて事態に発展する。
ついでに言うと、なんで橋のど真ん中にどちらが管理しているのか分からない塔が立っているのか分かった。
これは避難所だ。
橋の両側から怒り狂ったロンドネの百姓とセヴェリノの百姓に襲いかかられ、塔のてっぺんまで命からがら逃れたおれたちはそこの石壁一面に日付と名前とメッセージが書かれているのを見つけた。
『812年3月28日
最後にもう一度妻に会いたかった。アルトゥーロ・リダル』
『822年11月1日
今ほど翼があればと思ったことはない。ミゲル・サイモン』
『823年7月9日
殺られる前に鱒を三匹食ってやった。ざまあみろ。ヨハン・グネリッキ』
「あー! くそっ、どうするんだよ」
「ククク、僕らもヨハン・グネリッキの例にならって、鱒を食べるべきだね。そこの手すりから糸を垂らせば釣れるだろう」
「いま、ディアナが下に降りて、お前を縛ってやつらに引き渡すから、おれたちの命は助けてくれと交渉中だ」
「うまくいくといいね。クックック」
どんどんと床にはまった樫材の扉が鳴ったので引き開けると、ディアナが梯子を登ってきて、よっこいしょ、とすぐそばの毛皮が敷かれた床に座った。
「で、どうだった?」
「全員殺す。例外はないそうだ。わたしもあの世でハリスに会ったときにかける言葉を考えることにした」
「冗談じゃねえ。食ってもいない鱒のために殺されてたまるか。化けて出るぞ、このヤロー。おれにはまだやっていないマフィアなシチュエーションがたくさんあるんだ。死ぬときはゴッドファーザー・パート3の最後のシーンみたいに日当たりのいい庭で犬と一緒に老衰でばったり死ぬと決めてるんだ」
ミミちゃんがちょいちょいと手を振る。
「ディアナさん、ディアナさん。その皆殺しですが、魔法生物はカウントされるんですか?」
「いや」
「じゃあ、わたしは安心ですね」
「おい、クレオ。鱒一匹釣り上げてこい。この自販機の口に無理やりねじ込んでやる。鱒の踊り食いだ」
「あのー」
ヴォンモがおずおずと手を挙げる。
「おれが説得してきましょうか? ちゃんと誠心誠意、心をこめてごめんなさいすれば、きっと許してくれると思うんです」
ディアナは難しそうな顔をする。
「女子どもも見逃す雰囲気ではなかったがな」
ミミちゃんも反対する。
「そうですよ、ヴォンモちゅわん! そんな危ないことヴォンモちゅわんにさせるくらいなら、この愛に生きる小売王が説得してきましょう!」
「え。でも、どうやって?」
「簡単なことです。くだらない偶像崇拝をやめて、本物の天使を崇めるよう改心させればいいんですよ」
ミミちゃんが下へ降りて十分後、セヴェリノとロンドネの両側でヴォンモ教が誕生した。
「ヴォンモさまーっ!」
「ヴォンモさまーっ!」
塔のふもとではヴォンモ教の司祭ミミちゃんが新しい神話をつくっていた。
「見よ、神の塔より魚に惑いし民を導かんと神の御使いが降りてくる。汝、天使を称えよ。描き、記し、歌にして地の果てまでその功徳と救済を知らしめよ。ヴォンモちゅわん万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
さっきまで鱒を崇めていたのが嘘のようで、ヴォンモが姿を現すとバイオハザード4に出てくる村人みたいな連中が次々とひれ伏していく。
「どうですか、ヴォンモちゅわん? 見事、危機を乗り切りました」
「本当だ。ミミちゃん、すごいです」
「すごいでしょう、すごいでしょう。じゃあ、報酬のペロペロを――」
と、ミミちゃんの存在が猥褻に振れた瞬間、村人たちが叫び声をあげた。
「見ろ、司祭が天使にペロペロしようとしている!」
「天使を愚弄する行為だ!」
「このニセ司祭め。川に叩き込め!」
あ、と思ったときにはすでにミミちゃんは狂信者たちによって橋から放り投げられていて、下流へと流れていってしまった。
「た、大変です! ミミちゃんが!」
「いいんじゃね? 魔法生物だし、簡単には死なないでしょ」
「駄目ですよ、マスター! 追いかけましょう!」
えー、めんどくさーい。でも、天使の言いつけだもんね。しょうがない。




