第二十七話 ラケッティア、狂犬。
あれから三日。
たったいま、カースルフォーンに戻ってきたけど、ヤバかった。
あのデュゲイのおっさん、とんでもねえ野郎だった!
――†――†――†――
カースルフォーンではフルーツ・ブランデーがつくられている。
これ一樽の卸値が金貨30枚。それを35樽。
カースルフォーンから北東に一日のセント・ステファンではこれが一樽金貨六十枚で売られている。
というのも、関税が一樽につき金貨20枚もかかるからだ。
船の借り賃が一旅程金貨100枚。
水夫や荷揚げ荷下ろしの人夫への払いが金貨20枚。
真面目に商売したら、儲けは金貨230枚。
ただし、これは品物がすぐにさばけたらの話。
フルーツ・ブランデーは万が一さばけないと船の借り賃が一日につき金貨10枚になるし、貸倉庫なんて使った日には金貨5枚はもっていかれる。
ガルムディアが来る前は品物の売り渡しはスムーズだったし、持っていった先でドタキャンされることもなかった。
が、ガルムディアに占領されてからは無茶な値引きだの、ドタキャンだの、あるいは商会が閉鎖されてるだので買い手が消えるケースが相次いでいる。
だから、儲けは金貨100枚と考えて商売しないといけない。
関税払わなかったら、どうか?
まず一樽につき関税徴収官に金貨1枚。
それに海軍の責任者にも同じく金貨1枚。
税金に金貨700枚支払うかわりに賄賂を払えば金貨70枚で済む。
フルーツ・ブランデーを一樽につき金貨60枚で売るが、相手は急に値切って一樽金貨55枚でなら買うという。
さんざん値切り交渉をして、なんとか金貨56枚と銀貨10枚に持ち込み、悔しがるふりをする。
実際は金貨32枚が原価なのだから笑いが止まらない。
全部さばけば、船の借り賃と人件費を差し引いても、金貨で725枚と銀貨で110枚。
日本円にして、2177万5千円。
三日間の稼ぎとしてはとても素晴らしい。
「なんでみんなこんなボロい商売に手を出さないのかなあ?」
マリスにたずねると、
「愛国心じゃないか?」
「愛国心?」
「ガルムディア人に賄賂を払うのが愛国的でないとか。ボクにはよく分からないが」
「おれだって分からん。むしろ、愛国心とやらがあるなら、積極的に賄賂をつかって密輸するべきなんだぜ。素直に払った関税はガルムディアの国庫に入るが、賄賂は役人たちの懐に入る。まともに商売したらガルムディアを肥えさせることになって、支払った関税がまわりまわって、ディルランド駐留中の帝国軍の武装や兵糧の買い集めに使われるんだ。でも、密輸ならそうはならない。汚職役人が肥やした私腹をお国に納めたなんて話きいたことがない。愛国心だかなんだか知らないが、この国からガルムディアを追い出したいなら、みんなせっせと密輸して賄賂を支払うべきなんだよ。よし、決めた。ある程度カネが貯まったら、カタギの会社向けの密輸コンサルタントを始めよう。それをつなげて一大密輸組織をつくるんだ」
「マスターは悪いこと考えたら敵なしだな」
「ありがとう。最高の誉め言葉だ」
フルーツブランデーの樽が船倉に運び込まれるのを見ながら、こんな夢のあることを言っていたのだ。
航海自体は特に言うべきことはない。
平穏な海を無事に進み、デュゲイは昔を思い出したらしく、きびきびと働き、船を目的地へ運んだ。
日が暮れるころに船はセント・ステファンの港に入っていた。
早速、関税徴収官と海軍士官がやってきたが、こっちが、二人の仕事をねぎらう用意がある、と言っただけで賄賂のことだと頭をまわし、また来ると言い残して去っていった。
船倉から運び出した樽をごろごろ転がして桟橋に運び、酒商人は案の定土壇場の値引きを要求してきたので、現金で払うという条件で一樽57枚で契約した。
この時点で金貨755枚の儲けが確定。
すでに賄賂で払うつもりの金貨は三十五枚ずつ袋に取り分けてある。
関税徴収官と海軍士官がやってきて、自分の取り分を持っていけば、それで終わりだ。
「もちろんそれで終わらせるつもりはない。ここ、セント・ステファンには熟成チーズがある。一塊金貨三枚の高級品。帰りはこれをカースルフォーンに持ち帰って同じ要領で売る。そのうち一つはおれたちで買い取る。パスタにかけたらめっちゃうまいから」
「マスター……あれ」
ジルヴァの持ってきた望遠鏡を船長室の窓から突き出した。
二隻の小型軍艦のあいだにちらつく松明を見ると、関税徴収官と海軍士官が手漕ぎボートでやってくるところだった。
「樽一つにつき金貨二枚」
二人がおれに提示した賄賂の額だ。
土壇場で上げてきやがった。しかも倍だ。
どうしたもんかな?
ここで言われた通り支払ったら、ちょろい連中だと思われて、次は三枚、その次は四枚と相場をどんどん上げていくんじゃないだろうか。
あくまで一枚と言い張り、必要なら痛い目見せるか?
すぐそばにはジルヴァがいる。こいつら二人半殺しにするのは二秒でできるだろう。
ただ全面対決に持ち込めるほどの現金を貯めこめてないのがネックなんだよな。
デュゲイをちらりと見る。
経験者がどんな判断を下すか。そのために雇ってる。
デュゲイは白鑞の杯を手にしたまま、目をつむり、仕方ないといった調子で二度うなずいた。
「わかった。払うよ。カネを用意するからちょっと待っててくれ」
仕方ない。あのアルカポネだって一億ドル近く稼いだが、その六割は賄賂の払いに消えたという話だ。
船長室には隠し戸棚があり、そこの宝箱に現金が入れてある。
おれが数えているあいだ、デュゲイは二人の汚職野郎と世間話をしていた。
おれが振り返ったとき、海軍士官のほうがデュゲイの巻き毛の鬘を触って、何か言い、それをきいた関税徴収官が膝を叩いて、ゲラゲラ笑っていた。
デュゲイはその昔、彼の鬘を馬鹿にした男を生きたまま海底深くに沈めたらしいが、それは最盛期の話であって、今は違うのだろうと勝手に思っていた。
だから、デュゲイがショッキングピンクのコートから二挺のホイールロック・ピストルを抜き、二人の頭を同時に吹っ飛ばしたときはクソ驚いた。
だって、デュゲイが銃を持ってることすら知らなかったのだ。
「おっさん、何してくれてんだよ!」
「無礼者を成敗した」
ジルヴァが一瞬、くすっ、と笑った
「えー、今の台詞、笑うとこ? っていうか、全員集合!」
ぞろぞろと入ってくる連中が天井へ飛び散った二人分の脳みそを見た。
「あーあ。ひでー。これ、頭領がやったの?」
「おれじゃない。おっさんの仕業だ」
「見事に脳みそをぶちまけているのです」
「解説ありがとう、アレンカ。気がますます重くなれたよ」
「えへへ。礼にはおよばないのです」
「で、どうするの?」
おれは指を二本立てた。
「逃げるぞ。それも二倍速で」




