第五話 ラケッティア、朝食の邪魔。
ぼさぼさのふすまパン。薄いスープとそれ以上に薄い塩漬け肉。
まあ、まずい。何の芸もなくまずい。
グッドフェローズみたいなプリズンライフを楽しむには何とか外と連絡を取ってカネを手に入れないといかん。
このまずいパンをどうやって胃袋に落とし込むか、スープ相手に悩んでいると、まわりの囚人が突然、ガタガタと自分のスープとパンを持って慌ただしく逃げていく。
するとやってきたのは、不細工なガーゴイルだった。
ガーゴイルがおれの対面に座り、おれの食事が乗ったトレイを左にずらした。
そして、スキンヘッドのゴリラみたいな用心棒がガーゴイルの左右に座る。
ゴリラ、ガーゴイル、ゴリラ。
世のなかには腕の筋肉膨らませながら、人の食事を邪魔することが権力の証だと思っている人間がいる。
このガーゴイルもそう思っている。
だが、本物の権力者はそんなことしない。
本物の権力者は十万の人間の口に入るパンを用意し、感謝されながらピンハネをするのだ。
「おれが誰だか知ってるか?」
知らない、とは言えないが、言い間違えるよりはマシだな。
「知らん。初めてだ」
スプーンを置きながらこたえる。
「フランソワ・ダウンだ。レギーニョからきいてるんだろ?」
「ここを仕切るふたつのギャングのひとつだときいている」
「メツガー? やつなんざ敵じゃねえ。あっという間に消しちまうことができる。お前と同じようにな」
「ふむ」
「とりあえず一日金貨五枚もらおうか」
「何のために?」
「おれがお前を保護してやる」
「悪くない取引だな。だが、残念なことにいま手持ちがない」
「なあに、ツケにしてやる」
「それは寛大だな」
蠅が一匹、テーブルにとまった。
それをダウンが叩き潰す。
「シャバでどれだけ大物だったかなんて、ここじゃ関係がねえ。ここにはここのルールがある。そして、そのルールを書くのがおれだ。そこのところをよーく考えておくことだ」
ほう、ルールを書く。
つまり、こいつ少なくとも読み書きはできるわけだ。
ガーゴイルたちが去っていくと、おれはトレイを自分の前に戻して、まずい朝食を再開した。
かわいいけどビシバシ人が殺せるちょっぴり危険な女の子たちとふわふわたまごパンを食べていたころのことを思い出すとわびしさが湧くかと思ったが、プリズン・シチュが若干楽しみな自分がいる。
そういうところ、ダメだなあ、と自分でも思うのです。
おっと、新しい客がやってきた。
ドン・ウンベルト二世だ。
人間バンザイ主義者からすると、黒い肌の人間は人間じゃないらしい。
「そんな人間もどきが長官を務める監獄に入ったことを亡くなった父はどんなに悲しむことでしょう」
残虐さにかけては父ちゃん以上のこの若者――といっても、二十六か七だから本当のおれより年上なのだが、まあ、いまは年下扱いになる。
「きみは貴族だが、この食事はこたえるかね?」
「無事、外に出られたら、今度からいつ逮捕されてもいいようにコックを常にそばに置くことにします」
「それはいい。わしも食事に関してはあまり妥協はしたくない。ただ、ここはオルディアーレスみたいに、カネさえあれば何でも叶うというわけでもなさそうだ。あのベラスケスが全てのバランスを取り、許される不正と許されない不正を厳密に分けている」
「見てください。ドン・ヴィンチェンゾ。あのダウンという男、ドン・ガエタノにも同じことを言いに行ったようです」
「ドン・ガエタノは我慢しているようだが、あの顔の赤さは――。人というのはあんなに赤くなれるのだな」
「同じことがカサンドラ・バインテミリャでも見られるでしょう」
「男と女は分けない。というより、女が彼女だけなのか」
「そのようですね。それとお客がまた来ましたよ」
もうひとりのプリズン・ギャングがやってくる。
リカルド・メツガー。
髪を油できちんと整え、ほっそりとした口ひげのハンサムな中年。
ガーゴイルの次はクラーク・ゲーブルか。
ガーゴイルは左右にはゴリラがいたが、映画スターの左右には……女?みたいな男がふたり、右のやつがワインの壜を持ち、左のやつが差し出された爪につや薬を塗っている。
「メツガーだ」
「ヴィンチェンゾ・クルス。こっちはデステ伯爵だ」
「よかった。やっと文明人と話せる」
「この刑務所に非文明的な人間がいるのか? それは気づかなかったな」
「ユーモアも文明を構成する大切な要素だ。ダウンには見た目以外にユーモアが存在しない」
「わしは公平な入札制度を重んじていてな。ダウンからわしの保護料について入札があった。それを漏らすようなことはしないが、しかし、入札というのは必ず価格が漏れるものだ」
「やつは一日金貨五枚を脅し取ろうとしている。違うかね?」
「大まかなところは間違いないが、ひとつ、いまのわしは文無しだ」
「ドン・ヴィンチェンゾ。わたしはやつのように三十回の終身刑を食らったわけではない。あと、ほんの三十年、ここにいればいいだけだ。わたしも保護料は金貨五枚としよう。だが、あんたは賢いと評判だ。どちらに与すればいいか、分かるだろう? それとデステ伯爵、あなたからは金貨八枚いただこうか?」
この株式刑務所にはアーリアン・ブラザーフッドがふたつもいる。
しかも、ふたり仲良くムショを仕切るという考えがないらしい。
ダウンにしろメツガーにしろ、おれたちがシャバでどれだけ大物だったかなど関係ないと言っているが口だけだ。
実際はおれたちを自陣営につければ、これまでの均衡を崩し、相手を追放できると思っている。
つまり、おれたちには商品価値があるということだ。
だいたい、おれにはもっと深刻な問題があるのだ。
「叔父御」
「叔父上」
また来たか。娘ならやらんと言っただろ!
「あのダウンを血祭りにあげたら、来栖ミツルをくれるか?」
「メツガーを抹殺したら、来栖くんをいただけますか?」
こたえはノーだ、バカども!
「それは甥の意思次第だな」
「ミツルはもうおれに心を開いている」
「きみは嘘をついている。わたしは彼と体を許し合った関係だ」
嘘つきは政治家の始まりって母ちゃん言ってたけど、こいつらが政治家になる可能性ってどのくらいだろう?
「ぎゃあああ!」
凄まじい叫び声がして、何かと思ったら、ダウンのゴリラがひとり血まみれになった顔を押さえて転がっている。
警報のベルが鳴り、特別部隊の隊員がぞろぞろあらわれて、カサンドラ・バインテミリャはその凶器であるスプーンとともに制圧された。




