第四話 ラケッティア、株式刑務所。
ノヴァ・オルディア―レス要塞。
ハラハラドキドキの冒険の末にたどり着いたラピュタが民間経営の株式刑務所だったなんて、パズーとシータが報われないよ。
サツはおれをぶち込むためにお空のお城を用意して、小型の飛空艇も用意して、それにひとりでぶち込まれても寂しくないよう、ヨシュアとリサークがついてくる。
涙のちょちょぎれる待遇ってやつだ。
艇着き場からアラモの樹が並ぶ道を歩き――刑務所に緑を――、大きな鉄の門が開いた。
もっと簡単に開く小さな扉があったのに、わざわざ大きな鉄の門を開けるのはたぶんおれたちを驚かせるためなのだろうけど、じゃあ、こうやって通用口があるのに大きな門を開けてだね、『ひええええ! 門が! 門が開いたああああ! でけええええ! おぺぺぺぺぺぺ!』って驚いて失禁したやつはいるのかね? 実際にいるのかね?
通された前庭からざっと見てみると、ヒトラーがロスチャイルド家の人間を閉じ込めるのに使った山奥の城館のようだ。
全てが整然としているが人間味がない。果物の皮が道に捨ててあるとか、壁に何枚も貼り紙がしてあるとか、そういった猥雑性がない。
あちこちにカンパニーの私兵の制服を着た見張り、門番、剣士がいる。赤と黒を基調とした制服は強化皮革の胸当てや頭巾でしっかり強化されていて――だから強化皮革なのだ、わかったかバカモノ――、一般兵士の装備としてはロンドネやガルムディアの兵隊よりもいいものを使っている。
武器に関してはクロスボウはヴィンドラスと呼ばれる巻き上げ機械がついてるやつで、その矢は体を貫通する。銃はホイールロック式。火縄銃みたいに雨の日は使えないという制約がない。
この手の刑務所は入ってきた人間が一度集められ、『ここでは我々が法律である!』という看守だったら誰もが言うセリフをぶっ放し、それから各牢屋にぶちこまれる。
そのための部屋があるのだ。
殺風景な、部屋というより食料庫みたいな部屋に連れてこられ、頭上の回廊には銃を持った看守。
お互いをさらけ出したオープンな関係を築くのにこれ以上の場所はないってわけだ。
「しかし、これは……」
この部屋には既に先に連れてこられた連中がいた。
ガエタノ・ケレルマンや黒のジョヴァンニ、フェリペ・デル・ロゴス、ドン・ウンベルト二世、それにカサンドラ・バインテミリャ。
このラインナップを見たら、敵の本気度も分かるというもの。
それぞれ、やはりくだらない微罪で捕まったのかと思ったが、黒のジョヴァンニとドン・ウンベルト二世は駐車違反と公務執行妨害だったが、他のやつらは違った。
ガエタノ・ケレルマンは公営質屋の金庫まで穴を掘る計画書の図面を広げていたところを捕まり、フェリペ・デル・ロゴスはカネをちょろまかした手下の首を山刀で刎ねたその瞬間に捕まり、カサンドラ・バインテミリャに至っては他でもないカンパニーから〈石鹸〉を買いつけたその現場で逮捕された。
治安裁判所がごくたまに市民のガス抜きで組織犯罪とも戦っていることをポーズにすることはある。
手入れがあったら、身柄が拘束されることもあるが、その手のことが起きるときは事前に教えてくれている。やりたくないけど仕方なくやるんだ、とつらい立場で言い訳する。
ところが、今回の手入れと逮捕は何もなし。
そこいらのチンピラをしょっぴくようにボスたちがしょっぴかれた。
ガエタノ・ケレルマンは『アンタッチャブル』のロバード・デニーロ演じるアル・カポネみたいに誰それをぶち殺してやると唸っていた。ここに連れてこられる途中でそいつにケツを思いきり蹴られたらしい。
初めての殺しは八歳のとき、面白半分に盗賊の兄貴分を殺したこのオールド殺人鬼のケツを蹴るなんて、まともな人間なら絶対に考えないことだ。
「あのクソ野郎をぶっ殺す。女房子どももぶっ殺す。親戚やダチもぶっ殺す。やつにカネを借りてるやつもぶっ殺す。やつに関わるクソ野郎は全員ぶっ殺してやる!」
「だが、ドン・ガエタノ。顔を変えて逃げたら? どうやって見分ける?」
すると、ドン・ガエタノ・ケレルマンは二本の指を立てて、自分の目と目のあいだを指した。
「顔を薬で焼いたり、魔導師みたいな医者に変えてもらったりすることはできるだろうが、目と目のあいだの距離だけは変えられない。それを覚えた。どこに逃げて、身分も変えても無駄だ。わしはやつを山に追い詰めるつもりだ。アルバレス山にな。それでじわじわ追い立てて、最後は森の獣みたいにぶち殺してやる」
同じくカサンドラ・バインテミリャも激おこだった。
彼女の取引相手が彼女を売ったのは明らかだ。
「わたしも目と目の距離を測っておくべきだったな。まあ、あいつは表向きの商売を持ってる。ただの隠れ蓑のはずが思いのほか成長して、離れられなくなったんだ」
フェリペ・デル・ロゴスがたずねる。
「そいつの商売ってのは?」
「婦人靴の販売。女の足をベタベタ触れるから気に入ってるんだそうだ」
監獄長官オルメルド・デ・ベラスケスさま、入室! と看守が大声で言った。
それに続いて敬礼をした連中の踵がガチッとぶつかり合う音が重なってきこえてきた。
頭上の回廊にあらわれた監獄長官は黒のジョヴァンニが白のジョヴァンニと名を変えないといけないくらいの黒ずくめだった。
服も黒けりゃ、帽子も黒い、手袋も黒い、クラヴァットも黒い、剣も鞘もピストルも黒い。
だが、何よりも肌が黒い。
つまり、黒人だった。ベラスケスは。
カンパニーが新大陸を自分の国みたいにしていることを思い出した。
そのなかには奴隷商売も含まれていて、その奴隷商売の地元監督官を奴隷上がりの黒人にやらせるのだが、これがまた白人に監督をやらせるよりも情け容赦がないと評判だそうな。
「おれの肌が珍しいか?」
ベラスケスが言った。
「お前らが思っている通り。おれは奴隷だった。それがここまで昇りつめた。それが何を意味するか分かるか? お前らごときに手ぬるいことをして、元の奴隷に戻るつもりなど毛頭ないということだ。大陸ではおれたちは白人の奴隷だったが、ここではお前たち白人がおれの奴隷だ。お前たちはひざまずく。それはカンパニーやカネに対してではない。おれに対してだ。この城とお前たちのあいだにあるものはただひとつ。おれだ」
ベラスケスは副官に事務的な命令を言いつけて、去っていった。
まあ、出だしは上々か。
誰も鞭打ちの刑に処されなかったし。
――†――†――†――
この刑務所はどれくらい融通が利くのだろうか?
毛布と枕を胸に抱え、殺風景な牢屋に閉じ込められながら、考えた。
二段ベッドとおまるという名の木箱。小さな窓には鉄格子が縦横に走っている。
二段ベッドの上には黒人の老人が寝転んでいた。
「いいたいことは分かってる。こいつ、ひょっとしたら、ベラスケスの親父じゃないのかって」
老人はごろりと横になり、おれのほうを向いた。
「こたえはイエス。本当だ。あいつはおれの息子だ。いや、息子だった。あいつをぎゃふんと言わせたいか? じゃあ、おれのことを話してやれ。あいつをつくる材料の半分はおれが出してやったんだ」
「何をして、ここにいる?」
「新大陸で白人を殺したんだよ」
「それはいつの話だ?」
「四十年以上前の話だ」
「そのあいだにベラスケスは監獄長官になったが、あんたがここにいる」
「わかってるさ。で、親孝行するかって? まさか。あんたの名前は?」
「ヴィンチェンゾ・クルス」
「なあ、ヴィンチェンゾ。あんたやあんたと一緒に入ってきた連中がショバでどれだけ大物だったか知らんが、ここじゃ物事は全てゼロに戻るんだ。また、あんたがたは成り上がり物語を最初からやり直さないといけない」
「ムショのなかにもギャングくらいいるだろ?」
「いる。フランソワ・ダウンとリカルド・メツガー。こいつらが幅を利かせている。お互いを潰して、ここの支配者になろうとしている」
「囚人限定の権力だろう? そんなものに意味はない」
「みんな、そう言うんだ。最初はな」




