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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第二十六話 ラケッティア、密輸組織をつくりたい。

 昨日、市場を散々まわって、パルミジャーノに似たチーズが見つからなかったのは、どうも関税のせいらしい。


 ガルムディアはディルランドを占領すると内海・外海問わず商品にきつめの関税をかけた。

 十八か月以上熟成させた高級チーズもそのうちの一つだ。


 カースルフォーンは内海では一番大きいだけあって豊かだが、内実を見て見れば、パルミジャーノ・レッジャーノが存在しないなど、問題は山積みになっている。


 密輸がないわけではないが、ガルムディア海軍が取り締まっているし、港湾役人も黙っていない。

 密輸業者にはせっかちなやつが多いから、賄賂なんてかったるいことせずに商売して、でっかく儲けたがるだろうが、それじゃ長く続かない。


 というわけで、おれのやることは決まった。


 このカースルフォーンを本拠地にリッジソン内海全域にまたがる大密輸組織をつくり、密輸と役人の買収で解放軍が北部へ侵攻する基盤をつくる。


 賄賂漬けにするのはガルムディアの役人と海軍軍人。

 本国に帰れず、いつまでもディルランドの内海にくすぶっていることへ不満があるはずだ。

 そこへおいしい話があると話をもちかけて、絡め取る。


「――といったことを、だいたい一か月で完了させる。一か月後にはクルス・ファミリーはリッジソン内海の物流を裏から仕切り、ガルムディアの三下役人と欲深軍人どもをポケットに入れる。手始めにうまいチーズを密輸してやろう」


 手持ちの資金は金貨二千五百枚。


 最初に探すのは失業した密輸業者だ。


     ――†――†――†――


〈騎士〉のピエール・デュゲイは自分は海賊でもないし、密輸業者でもない、わたしは私掠許可保有者プライヴェーティアだと言い張った。


 そこらへんに違いを設けることでどんなお得があるのかは知らんが、この男は自分のヅラ疑惑を追及した男を鉄球付きで海に捨てたことがある。

 きっとぷっつん野郎の心の平安を得るためにも私掠許可保有者プライヴェーティアの称号が必要なのだろう。


「それで、ムッシュー・クルス。我輩と組んで貿易を行いたいということだが」


「そうではない。わしがあんたを雇うのだ。船は用意する。あんたは経験豊かな私掠許可保有者プライヴェーティアとして、密輸のアドヴァイスをするのだ」


「それでは我輩は雇われ船長に過ぎないということになりますな」


「承服しかねるか?」


 おれがごま塩の眉毛をひょいと上げてたずねると、デュゲイはイエスともノーとも取れない仕草、小首を傾げて顔を左へ十五度ほど傾けた。


 自分の身分について深く考える時間がない。

 メシを食うので忙しいのだ。


 ピエール・デュゲイ。

 元海賊。最盛期は子分が三百人もいたが、ガルムディアの侵攻で全てを失った。

 船もお宝も失ったデュゲイに残ったのはでかいカツラと変なファッションセンス。


 白粉塗って頬を赤く塗り、つけほくろをして、ショッキングピンクのコートとフラッシュグリーンのチョッキに羽毛がばさばさした帽子をかぶった中年オヤジが鉛筆で描いたみたいな口髭を猫が顔洗うみたいにしきりに撫でている姿は見ていて楽しいものではない。


 零落して結構経っているので、その服だってあちこちほつれ、継ぎをした痕が残っている。

 空中分解寸前のファッションを体に繋ぎ止めるため、たぶん端切れを売る店を梯子したはずだ。


 ゴッドファーザー・モードでデュゲイと会った場所は料理屋はサザース通りにある、そこそこ高級な店で金貨一枚張り込めば、そこそこ上等な料理とそこそこ上等な酒をたんまり楽しめる。

 零落して以来、海賊時代のお話で料理屋の客の笑いと取っておひねりをもらう立場にまで落ちぶれていたが、それでも自分は海賊ではなく私掠許可保有者プライヴェーティアだと言い張る。

 略奪の正当な権限を持つ貴族というわけだ。


 ローストチキンをバラバラにして骨を床へ吐き出し、芽キャベツとニシンのスープをズルズル音を立てて飲み干し、赤ワインを一気飲みして、給仕に向かって指を弾く。


 すると、給仕が現れて、赤ワインをとくとくと注ぐ。


 ちなみにこの給仕の役目、アサシン娘たちが引き受けると言っていた。


 彼女たちの言い分は、クルスには、身のまわりの世話をする召使のように忠実でかつ自分というものを封じ込めたプロのアサシンが常にそばにいることを交渉相手にそれとなく教えたほうが交渉がうまくいく、だから自分たちが料理の給仕を務める、というもの。


 笑わせてくれる。


 本当の狙いは給仕した料理五皿に一皿をピンハネすることだ。


 だから、給仕を断り、アサシン娘たちはアサシンウェアに無表情でおれの後ろに立っている。

 ちなみに無表情なのはプロのアサシンらしく感情が封じ込められているからでなく、給仕を務められず、したがって料理のピンハネができずに仏頂面になっているからだ。


 ああ、それとトキマルはすでに持病のめんどくせーが出て、外の庭の樹の枝の上で惰眠をむさぼっている。


 うちの身内はとても、とても頼りになるよ、ママン。


「ムッシュー・クルス。今日日、この海では関税徴収官が皇帝のごとく君臨している」


「それで?」


「彼らをかわして商売ができるとは思えない」


「ここで徴収した関税はすべてガルムディア本国に送られる。それか、ディンメルの駐屯軍。関税徴収官の手元には残らない」


「それで?」


「税関はカネで買える」


「その関税徴収官が自分の仕事を愛していたら、どうするのです? ムッシュー?」


「ありえんね」


「仮定の話です、ムッシュー。ちょっとした思考の遊びです」


「なら、これは仮定の話だが、自分の仕事を愛する関税徴収官が現れたら、切り刻んで魚の餌にする。そして、次の関税徴収官が来るのを待つ。そいつも自分の仕事を愛しているなら魚の餌にする。話の分かる徴収官が現れるまで魚は餌に困らないだろう」


「ほう」


「あんたに求めるのは船の運航と品物の売買にまつわるアドヴァイス、それに役人どもが魚の餌にならないよう段取りをつけることだ。実際の買い付けには甥が行く。それにこの四人だ」


「この可憐な娘さんたちを連れていくのはなんのために?」


「餌付けだ。仮定の話だが、魚のために餌を切り刻む」


「あなたを見ていると、赤髭と呼ばれた男のことを思い出しますよ。私掠許可保有者プライヴェーティアとして我輩が人生を捧げていたときに知り合った男ですがね」


「それで?」


「金貨で二百枚。それ以下では受けない」


 おいおいマジかよ? トキマルより安くついちまったぜ、このおっさん。

 よっぽど海が恋しいんだろうか。


「交渉の余地なしか。まあ、それでいいだろう」


 もっと安く買いたたいてみようかとも思ったが、こんなヘンテコ・ファッションのなかにも海の男の心意気の端切れみたいなものを見せてくれたので、そこをリスペクト。


「では、ムッシュー・クルス。早速仕事と行こう」


 今から? よっぽど海に出たいんだな、このおっさん。

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