第三話 ファミリー、電撃作戦。
「来栖ミツルが!?」
「パクられたぁ!?」
クリストフと〈インターホン〉の声が〈モビィ・ディック〉のリキュール壜をカタカタ震わせる。
ファミリーの一大事に全員が集まってくる。
この様子を来栖ミツルが見れば、フランク・デチッコがビュイックごと吹き飛ばされた後のガンビーノ・ファミリーみたいだなとでも言うところだろう。
ウェティアとフェリスもいるので、この人混みで誰かの足に引っかかって転べば、ファミリーは壊滅である。
ヴォンモ「すぐ奪還しましょう!」
ジャック「こっちも準備は万端だ。すぐ襲撃に移れる」
ジルヴァ「多分……大丈夫だと思う」
フェリス「でも、ミツルちゃん、アレンカちゃんに腕相撲で負けちゃうんでしょ?」
アレンカ「あれは栄光のひとときだったのです」
シャンガレオン「ボスってムショはこれが初めて?」
トキマル「ディルランドで一回ある」
エルネスト「そのときはどうだった?」
トキマル「刑務所暮らしを満喫してたよ。ミートボールつくったりして」
ツィーヌ「ほらね」
マリス「マスターのことだから、何が何だか分からないうちに金貨一千枚くらいゲットして堂々と門から外に出てくよ」
アレンカ「いつものことなのです」
ジンパチ「そう言われりゃあ、そんな気もしてきたなあ」
カルデロンが帰ってきた。雨合羽から夕立の水を滴らせながら、代言人兵舎と治安裁判所をまわって情報を集めてきたのだ。
「今回の投獄はカンパニー絡みだ」
「あいつら……」
「まあ、落ち着け。ジャック。話はこうだ。やつらが宮廷に手をまわして、やつらの意のままになる人間を治安裁判所の長官に任命した。やつらは些細な罪でカラヴァルヴァの主なボスたちを全て逮捕したらしい。ガエタノ・ケレルマン、ドン・ウンベルト二世、フェリペ・デル・ロゴス、カサンドラ・バインテミリャ、黒のジョヴァンニ……」
「ラソ兄弟は?」
カルデロンは首をふった。
「逮捕はされていない。やつらはボスのうちに数えられていないし、連中のことは知ってるだろう? カンパニーがやってくれば絨毯を敷いて出迎える」
ディアナがたずねた。
「ファミリーのうち、一緒に逮捕されたものは?」
「ふたりいるという話だ」
そいつらは誰だ? いないやつを探せ!
「トキマルだ! トキマルがいねえぞ!」
「トキ兄ぃは寝に部屋に戻ったぜ」
「引きずり戻してくるのです」
「アレサンドロは?」
「こちらに」
「グラムは?」
「おれはここだ」
「状況把握に失敗。いない人間がいません」
「ロムノス。もふもふが連れてかれてない?」
「今日は誰も〈モビィ・ディック〉には来ていないはずだ」
「カルデロン。誰が連れていかれたんだ?」
カルデロンはヨシュアとリサークを既に身内と考えていたらしい。
その名前が出たとき、マリスはカウンターにレモネードを吹き出した。
「ヨシュアとリサーク!?」
「そんなに驚くことではあるまい」
「驚かないでいられるかい? ヨシュアとリサークが一緒なんだよ? マスター、もうレイプされちゃってるかもしれない!」
「だが、ミツルくんはヴィンチェンゾ・クルスの姿で連行されたようだ。だから、きみが考えているようなことは起こらないさ」
「なーんだ。安心。……ツィーヌ、どうしたの。なんか深刻な顔して」
「あの薬。効果は一週間……」
みなが黙った。
「つまり、一週間以内にマスターを救出できなかったら……」
「マスターが元の姿に戻って――」
「きゃーっ、なことになってしまうのです!」
「そんなことより頭領の縄張り、きちんと取り返したほうがいいんじゃない? カンパニー連中があちこち手をつけてくるだろうし」
「あんた、バカなの。縄張りは五、六人見せしめに殺せば取り戻せるけど、マスターの童貞は何かあってからじゃ遅いのよ?」
こうして逮捕早々、来栖ミツル奪還計画が三秒で練られ、四秒後には開始された。
作戦は四つの段階に分けられる。
まず、オルディア―レス要塞の壁に穴を開ける役目がウェティアとフェリスに任され、その壁の穴からジャックやトキマル、クレオといった軽戦士部隊が乱入、煙幕玉を焚きながら、相手を徹底的な混乱に落とし込み、フレイと〈インターホン〉とグラム、ディアナの重戦士部隊が敵の戦線に穴を開け、そこをアサシン娘からなる第二軽戦士部隊が突破、一気に来栖ミツルを救出して、とっとと逃げ去る。
カルデロンとエルネストは今回は出番がないので、救出作戦が失敗して、長丁場になることに備えて、それぞれ情報を集めに出ていくことになった。
――†――†――†――
オルディア―レス要塞の監獄士官は首をふり両手を上げた。
「お前らの噂は知ってる。一度、死体を見たことがある」
「じゃあ、素直に知ってることを教えたほうが身のためってことも分かるよね?」
作戦は第二段階――第二軽戦士部隊の突破と牢獄到達にまで来ていた。
「ドン・ヴィンチェンゾはここにはいない。手遅れだったな」
「……どこにいる?」
監獄士官があげていた右手が握られ、それから人差し指がまっすぐ天を指した。
「処刑した、んじゃないでしょうね」
「そうじゃない。上を見ろ」
「そうやってアレンカたちの気をそらそうとしても、引っかからないのです」
「誰でもいいから、ひとり、上を見ろ」
「じゃあ、ボクが」
マリスは空を仰ぎ、そして、
「みんな、空を見ろ!」
こうして監獄士官は大きな隙を得たが、そこで逃げ出して、背中から炎の槍で串刺しにされるような愚はおかさなかった。
空――さっきまで夕立を降らせていた分厚い雲の天井が裂けて、そこから赤味の強い夕日が大気を染めていた。
その光のなかを空飛ぶ要塞があったのだ。
「ノヴァ・オルディア―レス要塞」
監獄士官が言った。
「ドン・ヴィンチェンゾはあそこにいるよ。一緒に捕まったふたりと一緒に」




