第一話 カンパニー、理事会。
「以上のように社は前年度と比較して、七割増の利益をあげ――」
エインズワース卿は指を二本立てて、手を挙げた。下がってよいの合図だ。
黒い礼服の経理主任はカンパニーが今期いかに儲けたかを示す豚皮紙の表を丸めて、銀の彫刻入りの筒にしまうと、後ろ歩きをしてお辞儀をしながら執務室から下がった。
卿が年齢の割にはつやつやしている手を降ろした先には新大陸の地図がある。
そのなかに打たれた赤い点はカンパニーの交易所、緑の点は大農園、海岸沿いの青い点は港、そして、内陸部の広大な空白はまだ解き明かされない未知の土地だった。
トリニティ・カンパニーが新大陸の調査と開発を独占して三十年経つが、新大陸は皮革、角、砂糖、索具用の繊維、薬剤原料、鉱物、宝石をもたらし、カンパニーの地位を不動のものにした。
途中で混乱があって、姿を消した時期はあったが、それでもカンパニーは商業の皇帝として君臨し続けている。
外を眺める。
そこには王都ロンデの商業地区であるロンバルト街がある。
両替商と銀行と仲介業者と貿易会社が集まったこの区画にロンドネ王国だけでなく、他国からも金が集まってくる。
先ほどの経理主任はそうやって集まってきた金のうち、およそ金貨五百万枚がカンパニーに転がり込んできたと報告したのだ。
曇り空にヒバリの群れ。
決算資料に書かれていないことがある。
カラヴァルヴァ。
他のどの国もどの都市もカンパニーに金を献上するのに、あの犯罪者の街だけはカンパニーに一銭の利益をもたらさない。
カラヴァルヴァは損失の街だ。
何千枚もの金貨が空費され、送り込んだ幹部が殺された。
カラヴァルヴァは反抗の街だ。
あのクルス・ファミリーをはじめ、カンパニーの影響がないやり方で金を稼ぐ。
カラヴァルヴァは恥辱の街だ。
私的な艦隊すら持つカンパニーが犯罪組織に遅れと取るなど許されないのだ。
エインズワース卿はトリニティ・カンパニー筆頭常務理事の権限で理事たちを呼び出した。
最高幹部を集めて、今後の方針を話し合うためだ。
最初にやってきたのは車椅子の〈判事〉だった。
理事会のメンバーのなかでは最高齢で栄養不良気味のげっそりとした老人で絶対に他人に持たせない書類鞄をいつも脇に抱えている。
だが、この法律屋がいるおかげでカンパニーの莫大な収入に潜む非合法性を隠し通すことができるのだ。
税務総監にプレゼントした別荘、暗殺団を飼うためにつくった裏金、公定価格をごまかすための献金の数々。
「エインズワース卿。今日もわたしが一番でしたな」
「ええ、〈判事〉。お体の具合は?」
「齢が齢ですからな。一年また一年と過ぎるたびに内臓がひとつまたひとつとダメになる」
続いて〈頭取〉〈提督〉があらわれ、〈将軍〉が時間に遅れてやってきた。
〈王子〉は呼んでいない。あれは表看板なのだ。
エインズワース卿は全員にわざわざ来てくれた礼を言い、カンパニーが今期金貨にして五百万枚の利益を上げたことを告げる。
「こうした好成績を発表できるのは大変嬉しいことです。また、ガルムディア帝国に対する借款金貨五千万枚が決まりました。これでかの宮廷はカンパニーにとってよい同盟者となるでしょう。ただ、今日お集まりいただいたのはある問題を話すためです。カラヴァルヴァのことについて」
「街のごろつきどものことですか? 連中に何ができるのやら」
「その通りです、〈将軍〉。しかし、そのごろつきどもが事実上、ロンドネ王国の重要都市のひとつを牛耳っていて、カンパニーの利権に対する反抗を公然と行っています」
「〈石鹸〉をやつらは我々から買っている。それで問題はないはずだ」
「買っていない連中が一番の問題なのです。クルス・ファミリーについてですが」
「連中についてはいい噂はきかないな。ガルムディアが我々の借款を受け入れる理由のひとつは対外政策をことごとく潰されたせいだが、その影にはクルス・ファミリーの暗躍があったと」
「たかだか、二十人か三十人のごろつきの集まりが?」
「そのごろつきの集まりが世界じゅうに利益を抽出する機構を作り上げているのです。そもそも他の犯罪組織も含めて、カンパニーが進出することには否定的だ。やつらが言うには『石鹸は売れ。だが、拠点は持つな』。しかし、ロンドネ王国の海上貿易について考えるのならば、カラヴァルヴァを手中に収めることはどうしても必要だし、それにひとつの都市の反抗が他の都市の反抗まで引き起こす可能性もある。連中をそろそろどうにかしないといけないところまで来ています。そこでわたしと〈判事〉はこの問題を法律の観点から話し合いあるひとつのこたえを導き出しました」
ドアが開き、入ってきたのは大柄な男だった。
濁ったような目つきをしていて、下膨れたその悪人面を見ていると、裁判官だけにはなれそうにないと思えたが、実際にはこの男が治安裁判所の長官として、カラヴァルヴァに送り込まれることになっていた。
「こちらのカルロス・ガブリエル・レンディック氏がカラヴァルヴァを清浄する。犯罪組織の首領たちを獄につなぎ、その権力の空白にカンパニーが侵食する。たとえ外に出られたとしても、そのころにはカラヴァルヴァは我々の手に落ちている。そして、ひとつだけ確かなことは――ヴィンチェンゾ・クルスと来栖ミツルは生きて、外の太陽を拝むことはない」




