第十八話 魔法使い、彼女の秘密。
地下三階にて、パッツィは自身にとっての幸福とニアミスをした。
相変わらず通行を邪魔をする植物を取り除きながら、進んでいるわずか五メートル横を、クレオ、トキマル、ヨシュア、リサーク、それにいまだ名前を明かそうとしない少女からなるアサシン・パーティがやはり通行を邪魔する植物を除きながら進んでいた。
地下三階の密林は突破の難しい障害で、なかなか地下四階に下る階段を見つけられない。
魔物もそこそこ強いので、たいていの冒険者パーティはここで気がくじける。
ただ、ジャックはこのダンジョンで蟹ビールについての可能性について考え始めていた。
蟹系の魔物を発酵させて蟹のうまみをビールに活かせないかあれこれ考えていたのだ。
そして、あれこれ考えているジャックを見て、パッツィはこれはきっと新しい暗殺術を考案しようとしているに違いないと勘違いし、エミッリはジャックの少し憂いを帯びた思案顔にうっとりしていた。
唯一何を考えているか分からない魔法使いのアリーシャはというと少々腐っていた。
ジャックの相手にこれまで見かけた様々な美男子を設けて頭のなかであれこれ想像していたのだ。
そう、彼女は腐女子だったのだ。
その意味で言うと、先ほどニアミスしたパッツィにとっての幸福はアリーシャにとっての幸福でもあった。
ただ、ヨシュアとリサークはお互い隙あらば殺そうとする関係性にあったが、そこはアマゾン川にせり出したレストランのそばに棲むワニと同じで人間への可能性を捨てずに待つことができた。
殺し合いほどの激しい関係がそのうちお互いを意識しあい、それが愛に変わって、そこからはイヤーンでアハーンなことになるかもしれない。
それこそ来栖ミツルがいま最も望むことであり、これほどまでに利害が一致するにもかかわらず、アリーシャと来栖ミツルのあいだに接点がないことはふたりにとっての不運でもある。
カラヴァルヴァのような利害のあやとりで出来ている都市で、ここまで不運な利害の一致もまた珍しいのだ。
ところでジャックとパッツィが腕を叩き切った巨大カマキリの体を電撃で灰にしながら考えることはこっそり書いている小説のことだ。
他のメンバーはアリーシャが魔法についての独自の考察を書き溜めていると思っているらしいが、実際は男同士のイヤーンな小説を書いている。
アリーシャは不足は想像力で補う小説家として、おなじパーティのメンバーでもあるパッツィを男性化して、物語を構築していた。
物語のなかのパッツィは忠犬系の美少年になっていて、不死身の設定は生かしてあった。物語のなかでもパッツィは自分を殺すようにジャックに迫っていて、そして、物語のなかのジャックは実物よりちょっとだけエロかった。
クールなバーテンダー設定を残しつつ、ちょっとエロくするのは非常に文章技術がいるが、アリーシャは同胞のために自己研鑽を惜しまない。
そう、アリーシャが書き溜めた小説はレンベルフ公国のマリスの真似をしたボーイッシュな少女たちからアズマのサカイの女ヤクザまで、世界じゅうのあちこちで読まれているのだ。
内容が内容だから印刷機は使えず、世界じゅうの同胞たちは筆写をする。自分はひとりではないと孤独になりがちな少女を支える大切な柱としてアリーシャの小説は世界をめぐる。めぐりめぐってディアナの手に入り、エロカードとして刷られることもあるのだ。
その日、地下三階で野営をすることになり、ジャックは蟹ビールにはカニミソを入れるべきかどうか考えていた。彼は今日倒した蟹系の魔物のハサミを鍋で煮て、蟹の味に優越をつけた。
結局のところ、本気で蟹ビールをつくるなら、ここに発酵樽を持ち込む必要がある。
つまり、拠点をつくるのだ。
蟹ビール完成の暁にはビールを使ったカクテルの幅が大きく広がる。
来栖ミツルにビールを密造したいと言えば、こんな禁酒法まっさかりなラケッティアリング、飛びつかないわけはない。
蟹ビール密造工場をダンジョン内部につくる。
早速オーナーにこのことを進言しよう。
さて、ジャックが蟹ビール密造工場の間取りを考えている憂い顔はエミッリからしたら、何かを悩んでいる顔、きっとまだ暗殺組織にいたころに手にかけてしまった人たちのことを思い出しているのではと心配していた。
実際、ジャックはそうしたことを考えて、かなり悔やんだ時期があったが、いまは来栖ミツルの偽善を恥とも思わぬ偽悪的メンタルに影響され、いろいろ悔やむことはなくなっていた。
彼を悩ますものはただひとつ。
「月がきれいですね。殺してください」
「今日は三回殺しただろう」
「三回しか殺されてないんですか? それは健康に悪い」
「殺すとは決めてないが、参考までにきく。一日何回殺されたら健康にいいんだ」
「そうですね。まず、朝食前に一度絞め殺してもらって、朝食後に刺殺。お昼は喉を掻き切ってもらって、ブランチ代わりの心臓ひと突きを忘れてはいけません」
「もういい頭が痛くなってきた」
「じゃあ、わたし殺してみませんか? 頭痛に効くって評判ですよ」
ジャックの投げつけたナイフはパッツィの頭に刺さる代わりに南国の分厚い葉をしたシダの茂みに隠れる魔物の眉間に刺さった。
魔物の姿を見極めるより先に迸った炎の帯が魔物を植物ごと焼き払った。
気配が一、二、三……十四。
夜はまだまだ騒々しくなりそうだ。




