第十七話 アサシン/忍者、重武装騎士。
ダンジョンに入って分かったことがある。
それはここに住んでいる人間がいるということだ。
住めるのだ、ダンジョンは。
地下一階。
切り株から水が湧く緑樹の部屋に年季の入ったテントが張られていた。
黒焦げの木の枝が重なった焚火の跡から細い煙がまっすぐ上っている。
水の湧く切り株にはブリキの皿とスプーンが浮いていて、部屋の端から端まで張り渡されたロープには洗濯バサミで止められた下着やシャツからぽたぽたと雫が垂れている。
ヴォンモとジンパチがテントに近づくと、扉代わりに垂らした帆布から鳶色の髪をした大柄の若い男が、ぬっとあらわれた。
「何か用かい?」
その若い男は騎士らしかった。上はシャツ一枚で下は鎧着のズボンに鋼鉄の脛あてと腿あてをつけていて、ベルトから大きな剣を吊るしている。
背丈が二メートルくらいありそうないかつい見た目と裏腹に面倒見のよさそうな優しい声をしていて、今も緊張を解こうとしているのか、にこりと笑いかけてくる。
「ギルド長さんからダンジョンに潜るつもりなら、あなたに同行してもらうように言われました」
ヴォンモは官給品のギルド印で封蝋がされた手紙を取り出した。
騎士は封を破って、字面を目で追った。
「クルス・ファミリー? きみたちは兄妹なのかい?」
「え、知らないんですか? クルス・ファミリーのこと」
「ダンジョンに住んでいると地上のことに疎くなってね」
「カラヴァルヴァで一の犯罪組織です」
「じゃあ、きみたちは犯罪組織の構成員なのかい?」
「はい」
「それも古参の組員だぜ」
「僕がここで暮らす直前、地上では犯罪の低年齢化が嘆かれていたけど、それは現在も進んでるというわけか」
「そうなんだよ、旦那。いまじゃ赤ん坊はハイハイするより先にカードのイカサマ・トリックを覚えるくらいだ」
「それはちょっと見てみたいね」
「ジンパチさん。嘘はダメですよ」
「ああ、嘘なのか。ところで、この話、どこまでが本当だったのかな?」
「クルス・ファミリーがカラヴァルヴァで一番悪い犯罪組織で、おれたちはその構成員だってところまでです」
「そうか。こうしてたまに人と会うと思わぬ知識が身につくものだ。ああ、申し遅れたね。僕はフィヒター。ダンジョン探索におけるジョブだと、騎士ということになる」
「おれはヴォンモ。アサシンです」
「おいらはジンパチ。不本意ながら物まね士だぜ」
「わかった。ヴォンモにジンパチ。出発の前に準備をするから待ってほしい」
フィヒターは鎧の装甲をつけてはベルトで止め、大きな傷だらけの年季の入った盾を装備したのだが、その前にフライパンやテントなど野営に必要なものをリュックのなかに詰めるだけ詰め込んだ。
リュックのポケットからはディルランド風塩漬け肉を詰め込んだ瓶が顔を出し、誰かと出会って、その相手が一杯の葡萄酒を分け与えてくれるときに備えて、後ろ手で取りやすい位置にブリキのカップを吊るしたりと工夫を凝らしているうちにリュックはヴォンモとジンパチを合わせたよりもずっと重くなっていた。
この気のいい騎士はまるで中身は全部綿か羽毛かのように軽々と背負うと、ふたりをダンジョンに慣らすつもりで地下一階をくまなく歩いてみることにした。
「まあ、ダンジョンは僕にとって庭みたいなものだ。僕に任せて、ついてきてほしい」
そう言って入った部屋が自我を持ち蔓をうねうねと動かしながら移動するマンドラゴラの亜種、ガンドラゴラが無数にいる部屋だった。
ぎゅいるるるるい!
花弁のなかの牙を開きながら、ガンドラゴラがいっせいに飛びかかってきた。
植物系の魔物は毒を持つものが多いが、ガンドラゴラはマンドラゴラの親戚であるにもかかわらず、何の毒性攻撃も持っていなかった。
ザン!
ヴォンモの操る短剣がガンドラゴラの茎を断つ。樹液がつくる水たまりに倒れたガンドラゴラはもう甘ったるい腐臭をさせている。
ゴウッ!
突然の炎がガンドラゴラを灰に変える。
ジンパチが何日か前に見た火吹き男の芸人に化けたのだ。
だが、一番の活躍はフィヒテ―だった。
彼の戦いぶりを見て、ヴォンモとジンパチは盾とは防具ではなく武器、それも極めて危険な武器なのだと知った。
彼の巨体に見合った盾で突進し、一度に十か二十のガンドラゴラを文字通り潰していた。
ガンドラゴラはじりじりと押され、植物の乏しい自我は退くべきか戦い続けるべきか悩んでいたが、そのあいだにもフィヒテ―の盾がガンドラゴラを押し花に変えていく。
全てが片づいたときには地下一階の何たるかをしっかり味わい、ヴォンモもジンパチも肩で息をしていた。
ジンパチは盾を磨いているフィヒテ―にたずねずにはいられなかった。
「ここ、旦那の庭みたいなもんなんだよな?」
「庭みたいなものだが、植物の手入れをしているとは言っていない」




