第二十四話 ラケッティア、船旅の災難。
リッジソン内海という水域がある。
ディルランド北部のほとんどはこの地中海の廉価版というか縮小版というか、とにかく海に占められていて、人々は漁業と運輸、内海貿易に従事している。
造船もやるが、それほど盛んではない。あくまで内海を走らせるための船しかつくらない。
もちろん、海賊も出る。
リッジソン内海は南東で外海に向かって口を開けているのだが、その入り口から港湾都市カースルフォーンまでのあいだには海賊たちが〈餌場〉と呼んでいる海域がごまんとある。
このあたりの海賊については素敵な噂をいくつかきいている。
家畜を供出することを断った二人の農夫をバーベキューにして喰っちまったとか、海賊になるには人喰いザメと素手で戦って勝たないといけないとか、海賊の親分の一人、〈騎士〉のピエールの髪はかなり盛った鬘なのだがそれを指摘すると足に鉄球をつけた状態で生きたまま海に投げ落とされるとか。
この船が〈餌場〉を避けて航行することを願うばかりだ。
リッジソン内海へ入ると、大型船、屋根付きの平底船、三角帆だけを張った漁船、ジーベック船、舷側が低い重武装艦、行商の丸木舟と目的も大きさも異なる船が行き交っている。
船の数だけ獲得できる資源があり、売り買いされる商品があることを考えると、勝利の味を北部の民にも教えるウンヌンを別にして、北部の占領が欠かせないことがわかる。
これだけ商業が盛んな内海を支配下に置けば、莫大な軍資金が入る。
ガルムディアがこの北部に軍艦を入れて、本国から援軍を迎えるのを阻止することもできる。
もし、北部を失えば、ガルムディアが本国と連絡につかえるのはサムウェントという港だけになる。
そして、ディンメルとサムウェントの連絡線を断ち切れば、ディルランドに駐留するガルムディア軍は孤立する。
でも、これは解放軍が北部を占領したらの話だ。
まだ北部には解放軍の勢力がない以上、とらぬ狸の皮算用。
マフィアでいえば、まだ正式な構成員に格上げされていない、準構成員の状態だ。
内海では帝国軍の軍艦が我が物顔でうろついているし、陸地を見ると、港町にはだいたいガルムディアの旗がひるがえっている。
ひょっとすると、海賊たちもガルムディアの手下になっている可能性がある。
「そういや、エルネストが捕まったのもこのあたりなんだよなあ」
そろそろエルネストを取り戻したい。
それには情報が必要だ。カネで買えるものは買い、買えないものはアサシン娘と脱力忍者をつかってゲットする。
「どこにいるか分かったら、看守を買収して、それで終わり」
「看守が買収されなかったらどうするの?」
船べりにもたれながら、ツィーヌがたずねる。
看守の買収が不可能。それは一足す一が二にならなかったらどうするのか心配するようなものだ。
「絶対買収できる。この世界で、というより様々な次元の世界において、看守が買収できないのはおれがいた日本だけだ。警官も政治家も買収できないクリーンな町でも、そこの刑務所の看守は間違いなく買収できる。警官も政治家も買収できるのに看守が買収できない国があったとしたら、そこは日本並みにクリーンと言ってもいいだろう。
だいたい、ここには海賊という犯罪組織がいる。
きっと多くの港湾役人や看守、それに海賊を取り締まる軍人たちが海賊から目こぼしの賄賂を受け取っているはずだ。なら、クルス・ファミリーからだってもらっていけない理由はない。今度の戦いは情報戦だ。賄賂に応じそうな役人を見つけてマークして、弱点を握り、現金でトドメを刺す。腐った役人どもを囲い込むことでどれだけガルムディアに被害を与えられるかがカギなんだ。これは他の四人にも言ってほしいんだけど――」
「四人?」
「トキマルも入れて、四人だ。――な、なんですか、その嫌な話をきいちまったって顔は?」
「あいつなしでもわたしたちだけでできる」
「部外者は嫌ってわけ?」
「うん」
「でも、エルネストをファミリーに入れたときは何も文句は出なかったじゃん」
「エルネストは暗殺しないもん」
「暗殺の仕事が取られるかもしれなくて妬いてるの?」
「べ、別にそんなんじゃないもん」
もん、という語尾。ツィーヌにしては珍しい。
マリスほどではないが、ツィーヌも大人っぽい言葉を使おうと意識している節がある。
「だから、トキマルの仕事は情報収集と破壊工作に限定しただろ?」
「そのくらいの仕事、わたしだってできるもん」
ちょっといじけながら放たれる〈~もん〉。
やばっ。ぐっと来るぞ、これ。かわいい。
あとどれだけ続くだろうか? わくわく。
「トキマルにあれこれ頼むようになったら、ツィーヌのこと、顧みなくなるかもって思ってる?」
「そんなことないもん。マスターはそんなことしないってわかってるもん……」
ツィーヌはぷいっとそっぽを向き、船室へと降りていった。
ツィーヌ選手、〈~もん〉の記録は連続五回。最後は突然のデレとのコンビ―ネーションでした。解説の諸川さん。ツィーヌ選手の今回のパフォーマンス。どうでした?
そうですね、安定したツンデレから出発して、最後にデレで結ぶのはさすがかなと思いました。最後にそっぽを向いた瞬間、頬をぷくうと膨らませれば、ポイント加算されたはずだったのが、惜しいところです。ただ、非常に伸びしろのある選手なので、今後の世界大会が楽しみですね。
「……」
うーむ。罪悪感。
船内へ降りる階段を降りる途中でトキマルがふいに姿を現した。
「うお、びっくりした」
「頭領。ちょっと話がある」
「それ、今じゃなきゃダメ?」
「この船、海賊が乗ってる」
トキマルが連れていったのは中甲板にある三等客の大部屋だ。
窓のない人いきれのする部屋には疲れて寝ている親子やトランプしている男たち、炒った木の実を売る商人がいる。
部屋の隅に巡礼中らしい六人の下級聖職者。聖具箱を持ち、裾長の法衣をまとっているが、そのなかには武器が隠されている――と、いうのが、トキマルの見立てだ。
「外から仲間が攻めてきたら、ここで片っ端から斬りたてるつもりだ。どーする?」
「無力化できるか?」
「やれるよ。めんどーだけど」
「じゃあ、やれ。おれは四人に知らせてくる」
ぐしゃ、ばき、めき、と骨が砕ける音を背に残し、四人がいる部屋へ大急ぎで駆け込み、戦闘態勢を取るように告げる。
海賊、ときくと、四人は手持ちの武器を手に三等客の広間へ行く。
エセ聖職者たちは全員トキマルに叩きのめされていた。
船長が武装した水夫を後ろに現れると、トキマルは転がっていた聖具箱を蹴飛ばした。
なかから出てきたのは海賊がつかう蛮刀だ。
「外の島の影、右舷に二隻、左舷に一隻、ちっこい海賊の船がある。船足の速そうなやつ」
船長は経験豊富な船乗りらしく、戦力にならない客を最下層の船倉へと避難させた。
おれも戦力にはならないので喜んで船倉に避難した。
その後まもなく、激しい剣のぶつかり合い、肉が裂け、骨が砕け、船が燃えながら水にのまれる音などをきき、一時間もしないうちに扉が開いた。
甲板に飛び散った人体の一部を見る限り、今日は海賊どもの厄日だったらしい。
今回のMVPは間違いなくトキマルだろう。
船客六人を海賊の仲間だと見破ってなかったら、戦いはまた違ったものになったはずだ。
ただ一つ気になるのはツィーヌの表情だ。
いつもなら人間の屑を屠った際に浮かぶ微笑みその他蔑み笑いの類が一切出ていない。
むすっとしている。
カトラスバークから上がる道案内ギルドの利権を賭けてもいい。
ツィーヌ、めっちゃ悔しがってる。




