第二十一話 戦記、忍びの本領。
窓は花にあふれ、色紙細工が街路の上に差し渡され、広場は手をつないで踊る市民であふれている。
リッツにおける解放軍勝利の報にローバンは沸いた。
数で上回る帝国軍が解放軍の前に完敗し、北へと逃げ帰ったのだ。
帝国の報復に対する心配がなくなれば、ローバンはユリウス王子の支配にいち早く賛同した都市としての栄光が冠せられる。
勝利はディルランド、ひいてはローバンの運命を明るいものにした。
港から続く大通りには華やかに着飾った少女たちが道を歩く。
一曲銅貨一枚で手回し琴を鳴らす少女。ジンジャーブレッドを売る少女。愉快な風刺詩を売る少女。暦を売る少女。ガラス玉の人形を売る少女。
ガルッチ商会が街を仕切っていたころ、行商少女たちには上納金が課せられていた。他に稼ぎ口もなく、春をひさいだ少女たちもいるなか、ガルッチ亡き後、縄張りを継承したクルス・ファミリーは行商少女たちの上納金を取りやめた。
クルス曰く、「わしはヒモじゃないんだ。プロの娼婦を否定するつもりはないが、とにかくわしはヒモとは違う」。
ガルッチの支配から少女たちを救ったクルスは行商少女の守護聖人になっていた。
そんなクルスを慕う行商少女のなかに三色刷りのお守り札を売る少女がいた。
ハッとする瞳のきれいな美少女で黒い髪に頭巾をかぶり、小さな革の鞄に旅のお守りやパン窯のお守りを紐で束ねて持ち運んでいたのだが、行商少女を代表して、どうしてもとっておきのお守り札をクルスに渡したがっていた。
双子の菓子屋に入ると、カウンターには双子ではなく、薄い色の髪に青いリボンを結んだ少女がいた。
頬杖をして、目の前の皿に置かれた最後の焼き菓子が倍になって増えてはくれないかと、じっと見つめている。
「あの、すみません」
「はい、なんなのです?」
「こちらにクルスさまはいらっしゃいますか?」
「マスターになんの御用なのですか?」
「お礼を申し上げにきました。わたしたち、行商の少女はかつてはガルッチ商会のために日の稼ぎの半分を取られていました。クルスさまは上納金を取りやめにしてくれました。街で行商をする一人の商人として、ぜひともお礼の品を差し上げたいのです」
「むー……」
リボンの少女は行商少女をじっと見た。
しばらく見て、何か納得したみたいにウンとうなずく。
「マスターは今、裏庭にいるのです。女の子がお礼を言いに来たと知ったら、きっと喜んでくれるのです」
「ありがとうございます」
裏庭には背の高い老人が扉に背を向け、灌木の白い花をじっと眺めている。
行商少女が籠を落とし、それと同時に手のなかに刃物が滑り込んだ。
振り返ったクルスの首、胸、腎臓を立て続けに突き刺す。
クルスは笑った。倒れるかわりに黒い影となり、それは熱にゆらぐようにして立ち消えた。
「ッ! 影魔法! しまった――むぐ!?」
背後から布で口をふさがれる。
くらりと意識がゆらぎ、少女の手から苦無が落ちた。




