第十四話 ラケッティア、縄張り乗っ取り。
女の子の手をとって、寄り道に誘う。
このアニメによくある展開が、おれにとってどれだけリスキーだったか、お分かりいただけるだろうか?
もし、ここが日本だったら、キャー、ストーカー、人さらい! と叫ばれ、まわりの男たちがなんだなんだと集まって、このガキが悪いらしいと囲み出し、集団心理が正義を狂気へと変貌させていくのを、蹴りと拳の雨に打たれながら思い知る――なーんてことが起きてもおかしくないのだ。
もちろんリンチのシーンはスマホでとられ、うなぎのぼりの再生数によってユーチューバーどもを肥え太らせることになる。
知ってました? 世の中ってクソッタレにできあがってるんですよ。
ファンタジー異世界だって占い師の水晶玉をつかって動画を上げることができるかもしれない。
いや、ジルヴァがそんなことしないってわかってますよ。
でも、まあ、こっちも十六年間生きてきたなかでの経験というのがあって、その経験は本能となって冷や汗をだらだらにかかせるわけで。
え? で、二人で街で何してたんだって?
別に大したことしてねえよ。ほんと。
露店を冷やかして、大道芸を見て、鈴カステラみたいな玉子菓子を買って食べた。
そのとき、ジルヴァが人差し指で覆面を引き下げて、おれの見ている前でパクリと食べたが、衆人環視の場で覆面を、ほんのちょっとでも取ったというのは、彼女なりの進化をおれに見せてくれたのかもしれないなあ、と思いつつ、まあ、帰りました。
殺人事件の凶器を持ち歩いたままできることなんて、たかが知れてる。
それに菓子屋に戻ったら戻ったで、えらいことになっていた。
店の前に死体が三つ並んでいて、そのままジーンズの材料にできそうなキャンバス地がかけてあった。
双子の菓子屋は死ぬほどビビってる。
ちょうど店先にいるアレンカにどうしておれたちの本拠地に死体が転がってて、しかも双子が死ぬほどびびっているのかたずねると、ガルッチが床屋で殺された後、報復でかかってきた殺し屋が十人、返り討ちにされたのだそうな。
「十人?」
「残り七人はマリスが馬車に乗せて捨てに行っているのです」
「じいさんたちがビビってるのもこいつらのせいか?」
「それは裏庭を見ればわかるのです」
小さな窓から裏庭を覗いてみると、どひゃあ。
二十人近い男たちが紅茶とほかほかの丸パンを手に立っていた。
「ガルッチ商会の連中だよ」
双子の片割れがおれに教える。
「お前さんの叔父さんに会いにきたんだ」
大急ぎで部屋に戻り、例の薬でゴッドファーザー・モードになると、アレンカとジルヴァを後ろに従えて(ツィーヌには表の玄関を見張らせた。もう敵討ちの殺し屋は来ないとは思うが、ひょっとするとってこともある)、裏庭へ。
おれが登場すると、全員の視線がおれに注がれた。
顔に刀疵のある暴力タイプ、眼鏡をかけた狡猾タイプ、一見すると無害そうに見えるが目にヤバさがありありと見て取れる隠し技タイプ。
いろんなタイプのやくざ者――マフィアでいえば、幹部と兵隊にあたるやつらが一堂に会したわけだが、すでにおれ、というより、ドン・クルスに対する敬意が見て取れる。
猫の額ほどの狭い庭で男たちはぎゅうぎゅう詰めであるにもかかわらず、ニンジンを植えた菜園を踏まないよう気をつけているし、ゴリラみたいな武闘派らしい大男が、青い小さな花をつけた灌木に触れないよう器用な形で体を反らせている。
ここにある植物がクルスのお気に入りである可能性を考えて、庭が荒れないようにしているのだ。
そんなことを気にするぐらいだから、もう、この幹部たちはこちらの手に落ちたということだ。
それでも、ビタミンG不足を補う目的でいつもの寸劇を始める。
ああ、GはGodfatherのGね。
ビタミンGはゴッドファーザーっぽいやり取りをして、しゃがれ声を使うことで摂取できる必須ビタミンです。
よい子のみんなもどしどしドン・コルレオーネの真似をして、ビタミンGをバリバリ摂取しましょう。
「わしは古い人間だ」
まるで指揮者の一挙一動を見るみたいに、あるいは明らかに誤りのある方程式を黒板に書き始めた数学教師を見るみたいに悪党どもの視線がおれに集まった。
「ささやかな敬意さえあれば、世の中のたいていのことはうまくまわる」
この言葉をきいて、連中はやっぱりニンジン畑を踏まないでよかったと思ってるはずだ。
「ガルッチの縄張りはわしが継承する。それに法律にまつわる助言は博士、あなたに頼もう」
ストラフォードが大学で博士号を取ったか知らないし、そもそも大学へ行ったのかも知らないが、博士と呼ばれて、ストラフォードは満足そうだ。
「これからローバンはがらりと変わる。わしらは解放軍を迎え入れるのだ」
これには一同どよめいた。
「この街でガルムディア軍が駐屯できたのは、ガルッチがやつらのためにパンを焼き、女を用意し、酒樽を送り出したからだ。わしはわしに対する最初の敬意として、ガルムディア軍がこの都市からパンの皮一枚手に入れられないようにすることを望む」
「ですが、それではガルムディアの報復を招きませんか?」
心配そうにストラフォードが口をはさむ。
「ガルムディア軍のかわりに解放軍を駐屯させる。二十の騎兵にケーレホン氏族の歩兵が千人。わしの合図でローバンに入城する手筈になっている。最新のマスケット銃を装備し、三倍の帝国軍を破った連中だ。ガルムディア軍の報復は注意する必要はあるが、わしらの新しい商売に二の足を踏むほど萎縮してはいかん」
アサシンウェア姿のアレンカとジルヴァが菓子用の甘口ワインが入った杯をたくさん載せた盆を持って現れる。
「わしらはこれからパンも女も酒も解放軍に卸す。麻薬以外の商売はこれまで通り続けても構わない。上がりの一割を納めれば」
アレンカがおれに杯を渡す。
なかには葡萄ジュースの入ったやつだ。
みんながサーロインステーキを頼んでいるなか、一人お子様ランチを頼んでいる屈辱感はあるが、仕方ない。
「新しい協定に乾杯」
おれが杯を干すと、毒でも入ってると思ってたのか、ガルッチの元子分たちが次々と杯を乾かした。
そのうちの一人が言った。
「あれえ? おれのだけジュースが入ってやがる」




