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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第十三話 ラケッティア、個性が大事。

 床屋というのはレストランの次にマフィアのボスがはじかれやすい場所だ。


 一番有名なところでは、1957年10月25日、マンハッタンのパーク・シェラトン・ホテルの理髪屋で顔に蒸しタオルを乗せていた大ボス、アルバート・アナスタシアがギャロ兄弟に銃弾五発を撃ち込まれて即死している。


 このアナスタシアは殺人株式会社マーダー・インクで〈幹部社員〉をしていた時期があって、そういう意味ではニコラス・レンジリーの弟子ともいえる。

 レンジリーが告発したなかにはアナスタシアも含まれていたが、証言する前にレンジリーが消えてしまったので、電気椅子に座らずに済んだのだが、そんなアナスタシアも結局は床屋の椅子の上で死んだ。


 なんとも皮肉な話。


 もちろん、ニコラス・“リトル・ニッキー”・レンジリーも現役時代には床屋で仕事をしたことがある。


 1937年6月。


 相手はヴィンセント・“ザ・アニマル”・カランというアイルランド人の狂暴な殺し屋で、いつも二挺の四五口径リヴォルヴァーと肉切りナイフを持ち歩いている。

 まさにザ・アニマルなのだが、このアニマル、フランク・コステロが死体を一つ注文したのに、標的以外に余計な死体を三つもつくり、しかもその三人は犯罪とは一切関係のないカタギで、しかもしかもその三人は全員未成年で、しかもしかもしかもそのうち一人は生後三か月の赤ん坊という考えうる限り最悪の大惨事を起こした。


 全米じゅうの新聞が『ベビー虐殺!』の見出しで反ギャング・キャンペーンを張って、全米のギャングがガサ入れは食らうわ嫌がらせの別件逮捕を食らうわで、なかには仮釈放を取り消されシンシン刑務所に逆戻りさせられたボスもいた。


 大勢のボスにこれだけの迷惑をかけていながら、アニマル野郎は平気の平左でニューヨークをぶらついているのだから、ボスたちは怒り心頭ですぐにぶち殺したかったが、なにせ相手は生まれついてのケダモノ野郎で、ポケットに突っ込んだ両手は常に銃を握っているというヤバいやつ。


 下手に追いつめると、弾をでたらめにバラまいて、また赤ん坊殺しをやらかすかもしれないというので、マフィアも警察も手を出しかねていた。


 それでフランク・コステロはブルックリンのキャンディ・ストアに電話をかけた。


「いいか、ニック。機関銃トミーガンも爆弾もなしだ。大量虐殺お断り。あのクズのケダモノ以外はミジンコ一匹死なずに済ませてくれ。とにかく、あんな虐殺騒ぎがもう一度起きたら、組織シンジケートはもたん。わかるだろ?」


「わかるよ、フランク。でも、最初からこっちに電話すればよかったじゃないか」


「ああ、まったくその通りだよ、ニック。とにかく頼むぞ」


 次の日、リトル・ニッキー・レンジリーはアニマル行きつけの床屋へ行くと、今、これからアニマル野郎の髭を剃ろうとしていた理髪師に手を伸ばし、理髪師は無言の圧力を感じたのか剃刀を渡して、奥の部屋に引っ込み、レンジリーはザ・アニマルの喉を右耳から左耳までぱっくり切り裂いた。


「そんなわけで一仕事頼むんだけど、大丈夫?」


 こくり。ジルヴァはうなずいた。


 おれとジルヴァはガルッチがいつも髭をあたる床屋の裏にいる。

 狭い路地で露店がほとんど道を塞いでいて、そのあいだを朝の買い出し客がぎゃあぎゃあわめきながら、アーティチョークを値切ったり、サバの切り身に鼻を近づけてクンクン嗅いでみたりしている。


 ジルヴァはというと、もうお仕事モード。

 顔の下半分をマスクで隠し、三日月みたいな形の人の喉を掻き切るためだけに考え出されたナイフを袖につけ、ちょっと指を開けば、ストンとナイフが手に落ちてくるようにしている。


 準備万端なのだが、心配事が一つ。


「殺る前に、ストラフォードがよろしくとよ! って、言ってやらないといけないけど――」


 ジルヴァは、ぽつりと、


「ちょっと難しい……」


 ですよねー。


「無理なら言わなくてもいいよ?」


 ジルヴァは首をふる。


「マスターの任務だから……完璧に、遂行したい……」


 健気じゃ。この子、健気。


 ジルヴァが裏口から床屋に入り、ほんの数十秒後にスタスタ戻ってきた。


 マントのフードをかぶったジルヴァはおれの横について、そのまま路地裏の屋台のあいだに込み合う道を歩く。


「えーと……言えた?」


「うん……」


 と、こたえて、だいぶ経ってから、


「ちゃんと言えた……」


 と、付け足した。


「そっか。そっかそっか」


 ローバンの暗黒街を牛耳るボスが床屋で喉を掻っ切られたニュースはもう公示人の口にのぼり、いったい誰がそんな恐ろしいことをやってのけたのだろうと想像をたくましくしている。


 だが、その実行犯がおれの隣にいる女の子だと知るものはいない。


 それはおれだけが知っている秘密なのだ。


 女の子の秘密を握っているというのは、なんだかエッチなゲームの設定みたいだが、別にそれをネタにどうこうするわけではない。


 ただ、おれのために殺してくれたことを一生背負って守っていくという覚悟だ。


「マスター……」


「んー?」


「わたしといると、……つまらない?」


「また、なんでそんなこと」


「わたしは、他のみんなほどしゃべらないし……暗いから……」


「だから、他のみんなみたいになりたいと?」


 こくり。ジルヴァは小さくうなずく。


「人を殺すのがうまい……わたしの取柄はそれだけ……」


「おれはそうは思わないけどなあ。ジルヴァは今のままでいいと思うけど」


「……」


「無口で内気。いいじゃん。それで。おれはそれがジルヴァのいいところだと思ってる」


「本当に?……」


「ホント、ホント。表に出ないだけでいろんなことを思ったり感じたりしてるのも知ってる。雷が怖いのとか、夜寝るときはクマのぬいぐるみと一緒に寝てることとか」


「っ!……マスター、それ」


 ジルヴァは顔を赤くしてうつむく。


「いいじゃん。フリフリのパジャマ。おれはありだと思うよ」


 マスクに隠れたジルヴァの頬が小さくぷっと膨らむ。

 この話題には触れられたくないようだ。


「今だってきちんと感情が顔に出てる。一緒にいて、つまらないなんて、思うことなんてないない」


「……」


「さて、ここを右に曲がれば、菓子屋に戻るわけだけど……」


 おれはジルヴァの手を握って、左へ引っぱる。


「寄り道してみる?」


 しばらく驚いたように目を丸くしていたが、やがて、嬉しそうに眼をほそめ、こくんとうなずいた。

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