第十一話 ラケッティア、喧嘩吹っかける。
降ろされた跳ね橋、城門の端に緑の飾り帯を肩から掛けた赤ら顔のデブがいる。
デブの仕事は、その城門からローバンへと入る人間からありとあらゆる形でピンハネをすることだ。
たとえば、農夫が鶏を持ち込むときは十羽につき一羽を取られる。
靴屋は上等の靴底と靴ひもを取られ、魚屋は魚籠のなかの一番大きくてうまそうな鱒を取られ、吟遊詩人や旅の楽士はデブを讃える唄なり音楽なりをたっぷり三十分は演奏させられ、何も持っていない旅人は大銀貨二枚を巻き上げられる。
デブはそれを〈通行税〉と呼んでいた。
もちろん、みな〈通行税〉については言いたいこともあるだろうし、デブに恨み骨髄なのだが、デブには二人の護衛がいる。
一人は革のバフコートを、もう一人は鉄の胸当てと鎖帷子のシャツを着ていて、どちらもいっぱしの剣士らしくマントを肩にかけ、剣を見せびらかしている。
デブもひとかどの男ということだ。
さて、デブは一日中開きっぱなしの門のそばで人様の稼ぎをちょろまかすという非常に重要で責任の伴う仕事をしているわけで、なるほどいっぱしの人物なのだが、その巻き上げた〈通行税〉が全部デブのポッケに入るわけではない。
半分は上納金としてガルッチに巻き上げられる。
そして、デブはおそらく巻き上げた金銭のうちのいくらかを隠して、ガルッチに報告しているに違いない。
どこの世界に行っても、どこの業界を見ても、稼ぎを少なめに申告するやつはいるのだ。
さて、おれは氏族連中みたいに素手で城壁を登れない。
だから、橋を渡って、デブが待ち受ける門をくぐらなければいけない。
デブはおれを見ると、なんだこいつ? って顔をした。
と、いうのも、おれは『バラキ』に出てくるサルヴァトーレ・マランツァーノのようなマフィアの長老みたいな姿をしていて、すぐ後ろにはアサシンウェア着用の四人がいる。
門の前でピンハネに勤しんだだけの貧相な人生経験では、おれたちが何者なのかは分からないだろう。
デブはおれのことを中流どころの貴族、あるいは貴族くらいの金持ちだと思ったらしい。
「金貨一枚だ」
と、デブ。おれは老眼のじいさんみたいに目を細めて、
「何がだね?」
「通行料だ」
「見たところ、この門は開きっぱなしだ。何か通るのに邪魔なものも置いてない」
「なんだって?」
「つまり、きみに何かしてもらわずとも、この門を通ることができる」
「おい、ジジイ」
と、ここで重装備の用心棒が口をはさむ。
「お前はおれたちに何もしてもらわないためにカネを払わなきゃいけねえんだよ」
「それは理屈が通らん。わしがカネを払うとしたら、きちんとしたモノを買うときだ」
おれは懐から金貨を一枚取り出す。
「わしがこれをなんのために払うか分かるかね?」
デブは、〈通行税〉だよ、と手を伸ばす。
いや、違う。
その手をアレンカとツィーヌがつかんで押さえると、デブの首は影に潜り込んでいたジルヴァによって背後からぱっくりと切り裂かれた。
マリスが動く。
護衛のうち軽装のほうは自慢のバフコートがスポンジみたいに穴だらけになってぶっ倒れた。
最後に残った一人は賢くも抵抗ではなく逃走を選び、堀に飛び込んだ。
ただ、鉄の胸当てと鎖帷子をつけた人間が水に飛び込んだらどうなるか咄嗟に判断するだけの賢さはなかったらしい。
数分間の激しい泡の噴き上がりのあと、風呂のなかでこいた屁みたいな泡がポコンと出てきて、それっきり。
「受け取れ。退職金だ」
おれは倒れたデブの出っ張った腹に金貨を一枚置いた。
まわりを見渡す。
デブに貢物をおさめるために並んでいた連中からイエーイとかヒャッホーとか歓喜の声が上がるとは思っていなかったが、みながみな目をそらし、そそくさと逃げたのには不満を感じた。
あとでガルッチに問い詰められたとき、何も知らないと言うためだろう。
つまり、それはここの人間はまだおれよりもガルッチのほうを恐れているということだ。
「マスター、この後の計画は?」
「腰を落ち着けられる場所が欲しいなあ」
「アレンカはお菓子屋さんがいいと思うのです!」
「ボクもそれに一票」
「……(こくっ)」
「お菓子屋かあ。うん、悪くないな」




