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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第十話 ラケッティア、知らぬが花。

 殴り合った番長同士が一つ同じ夕暮れの土手に転がって笑い合うヤンキー型友情の芽生え。


 ハルトルド氏族とトスティグ氏族の同盟に対するおれの考え。


 ヤンキーはウォッカの一気飲みを強要したり、カタギの人間にはさっぱり分からないメンツの問題を抱えたりとめんどくさい連中だが、性根は単純だ。


 ただ、この同盟に、二つの氏族がユリウスと正式な主従関係を結んで解放軍に加わったのには驚いた。


 おれの予想ではユリウスと氏族の関係は傭兵契約として続行するものだと思っていたのだ。


 まあ、おれの考えが拝金主義に近づきすぎていて見過ごしたらしいのだが、二人の氏族長はあの乱戦の最中、二人を助けるべく騎馬突撃の先頭に立ったユリウスを、氏族たちの古代の英雄か何かの姿と重ねたらしい。


 対立する二つの氏族が同じ英雄を同じ若者に見出した。


 それだけで氏族社会全体がユリウスを主と仰ぐに十分な理由ということだ。


 とにかく現在の解放軍は上り調子。

 この勢いを下手な戦で潰したりしないよう注意しながらも、新しく持ちあがった問題に対処しなければいけない。


 数が増えた以上、解放軍も拠点となる都市を持つ必要ができたのだ。


 ハルトルド隊とトスティグ隊、合わせて二部隊の氏族歩兵隊はユリウスが命じれば、どんな城砦だろうが素手で登って、敵兵を撫で斬りにすると張り切っている。


 この頼もしい文句には実は解放軍の弱点がはっきりと表れている。


 どんな城砦だろうが素手で登る――そう、攻城兵器がないのだ。


 投石器もカタパルトも大砲もない。用意できるのはせいぜい手作りの梯子くらいのものだ。


「現時点で城攻めを行うことはできない」


 ケーレホン高地を後にし、東へ進軍した三日目、野営地のテントに呼ばれたおれはユリウスから解放軍の現状について相談を持ちかけられた。


「でも、あいつら、あんたが命令すれば、歯で齧ってでも城壁を登るよ」


「リスクが大きすぎる」


 まあ、確かにユリウスの言う通りだ。

 氏族歩兵は解放軍の主力であり、万が一これを失ったら、またリッツ地方のゲリラに後戻りしなければいけない。


 かといって、このまま野営を続けていたのでは、そのうち食糧事情が悪くなって、盗賊同様の暮らしを強いられる。


 都市を拠点にすることは必要だが、主力歩兵をリスクに晒さずにいくにはどうすればいいか。


 そりゃあ、ラケッティアの出番っしょ。


「実はおれ、目をつけてる都市があるんだよね」


 おれはユリウスの折り畳み机に広げられた地図の一点を指差す。


 港湾都市ローバン。


 都市としては小さ目だが、大型船を一度に十隻入れられる港があり、交易が盛ん。

 港町に本拠を構えれば、リュデンゲルツ地方に置いてきた二つの稼ぎ――ダンジョンとカトラスバークの道案内ギルドからの上納金を受け取れる。

 最後に見たのは二か月前だから、どのくらいの稼ぎになっているかは知らないが、週に金貨で五百枚くらいは来る。

 それだけあれば、解放軍兵士に給料が払えるし、食料も確保できる。

 さらにマスケット銃を買うことだって、港があれば可能だ。


「だが、それほどの都市であれば、帝国軍もそれなりの守備隊を置いているはずだ」


「それが風の噂じゃ、そのまちちょっと事情があるらしくてね」


 どうもローバンはマフィアみたいな犯罪組織に牛耳られているらしい。

 名前はガルッチ商会。

 密輸、賭博、売春、麻薬となんでもござれで、パン屋ギルドを支配下に置いて、帝国軍相手にパンを売って大儲けしているらしい。

 それに帝国の子分というか秘密警察みたいなことをしていて、帝国に刃向かいそうなやつを片っ端から脅し上げるか、殺すかしているとのこと。


 ガルッチ商会がいるおかげで、帝国軍はさほどの人数をローバンに割かずにこの都市をモノにできている。


 じゃあ、万が一ガルッチ商会が潰されたら?


 たとえば、クルス・ファミリーとかに。


 そう、ローバンは優れた都市でありながら、そこを奪取するのに軍同士のぶつかり合いではなく、マフィアの抗争で乗っ取ることが可能な唯一の都市なのだ。


「うちのアサシン娘だけでローバンを分捕る。これなら解放軍を危険に晒さず、拠点をゲットできる。それも儲かっている港町だ」


「しかし、それでは、きみたちに負担がかかりすぎる」


「うちの娘たちの強いの見たでしょ? 心配なのは分かるが、ここはおれに任せてくれないか? 一週間でローバンからガルッチと帝国を追い払ってみせるから」


 なんとかユリウスから許可をもらうと、おれは自分のテントに戻った。


 すると、インディアン・ポーカーをしていた四人がワッと押し寄せて、


「で、マスター、許可はもらえたのか?」


「ああ、もらえた」


「じゃあ、ぐずぐずしてることないじゃない。とっとと、そのローバンって街に行って、ストラなんとかを追い出す」


「それでお菓子をつくる……」


 今、ジルヴァがいいことを言った。


 ローバンを攻略する真の理由をおれはユリウスに教えなかった。


 これはクルス・ファミリー内部の事情が複雑に絡んでいる。

 というのも、いつぞやの和解ではおれは四人に好きなお菓子ドルチェをなんでも作ると約束をした。


 ただし、材料と設備が整ったらの話だ。


 そして、材料も設備もないまま、約束だけがすっからかんの袋みたいになって、ふわふわ浮いていた。


 ケーレホン高地を後にしたあたりから、四人は約束の早期履行をおれに迫り、おれはというと、解放軍で動きながらすれ違った行商人を相手にドルチェに必要なもの――白砂糖、クリーム、果物、そして甘口の酒精強化ワインが売られている都市がないかとたずねてまわった。


 白砂糖、クリーム、果物、甘口の酒精強化ワイン。


 その全てが手に入るのがローバンだったのだ。


 将来、解放軍が勝ち、ユリウスが王位につけば、この戦争の経過を追った軍記物語ができるのは間違いない。


 だが、後世の人々は知らない。


 最初に攻め落とす都市にローバンが選ばれた理由は戦略的必要性ではなく、マルサラワインにそっくりの菓子用ワインが安く手に入る、これに尽きていたことを。


 解放軍の針路は軍事的必要からではなく、四人のアサシン娘の別腹の空き具合によって決められていることを。

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