第八話 ラケッティア、現物制度と教育制度。
カーソン・ムーアに集まった軍勢は北のハルトルドが五百、南のトスティグが五百。
チェック柄の毛織物をまとい、顎髭と髪を伸ばしたい放題にし、剣、丸い革の盾、大斧、槍をほどよくブレンドした突撃スタイルだ。
普通、誘拐犯は現金の受け渡し場には一人で来い、というものだが、おれは違う。
一族郎党かき集めて殺す気で来い、と言っておいた。
それについてはどちらもこっちの言いつけを守ってる。
両軍のあいだにはカーソン・ムーア村の牧草地があって、突然現れた兵士たちにおっかなびっくりの羊飼いが羊に草を食わせていた。
おれたちはそのもこもこした生き物のそばで話をすることにした。
ハルトルド氏族からマグナスが、トスティグ氏族からハーラルがやってきた。
御大は立派な軍馬にまたがり、後ろには金貨を入れた箱を持ってきた従者が二人。
それにマグナスにはユリウスが、ハーラルにはヘイルゼンがついてきていた。
ユリウスは身代金のことで戸惑っているが、ヘイルゼンは氏族連中と怒りを分かちあっているらしい。
めっちゃキレてる。
でも、まあ、よくぞ無事生きていたものだ。
今回のラケッティアリングで一番心配したのは、二人の身の安全だ。
身代金の手紙を見るなりやつらが怒り狂って後先考えず、ユリウスとヘイルゼンをその場でたたき殺してしまうんじゃないかと思ってた。
ケーレホンの氏族について、知れば知るほどぶちぎれヤンキー伝説みたいな逸話がドバドバ出てくるんだから、そう思うのもしょうがない。
で、その血に飢えたヤンキーの頭どもですが、どちらも、長年のライバルのことはほっといて、おれのことをめっちゃ睨んでる。
視線だけで人間を焼き殺せるなら、おれの焼き具合はウェルダンといったところ。
まあ、いい。
共通の敵ができたおかげで、少なくとも二人は利害を共有したわけだ。
もちろん、これだけじゃ足りない。
「で、金は用意できた?」
マグナス・ハルトルドが不機嫌そうに、ふんと鼻を鳴らした。
おそらく禿げ始めた時点で潔く頭の毛をきれいに剃ったらしい、白い顎髭をきれいにたくわえたじいさんだ。
見た目はでかい。
とにかくでかい。お買い得エリンギパックくらいでかい。
馬にまたがってるのに足が地面につきそうなくらいでかい。
たぶん身長は二メートルは超えてる。
愛用しているらしい両手持ちの大剣も、この老人が握れば爪楊枝くらいにしか見えないだろう。
従者が箱を置いて、なかの革袋を取り出した。
「クレアン金貨とマゴス金貨で合わせて、二六七枚ある」
「身代金は金貨千枚だ」
老マグナスはつるつる頭に青筋を立て、目元をピクピクさせながら、唸った。
「三時間でそんな大金が用意できるわけがなかろうが」
その通り。
アサシン娘たちにも説明した通り、金貨千枚がもらえるとは思っていない。
ただ、今すぐカネを用意しろと言われて、どのくらい用意できるかで、その勢力の本当の力が分かる。
兵隊は「野郎ども行くぞ!」と号令をかけるだけで「へーい」と返事するが、カネは返事をしない。
家じゅうひっくり返して、すり切れたコインを集め、カネに変えられるものはみな質屋にぶち殺し、借りられる相手から借りまくらなければ、カネは集まらないのだ。
「三六〇枚」
見れば、トスティグの従者が箱を開けて、金貨を見せる。
ハーラル・トスティグは誇らしげだ。
ハルトルドよりも多く準備できたことで。
ハーラルは宿敵マグナスとは対照的だ。
ゆるくウェーブのかかった赤毛を長髪にはやし、髭は手入れした口髭だけで顎鬚はなし。
マグナスははだけたシャツに毛織物を巻きつけているだけだが、ハーラルは白いレースの襟を出した黒い鎧をつけている。
要するに洗練されている。
もっとも部下たちは典型的な高地氏族らしい毛織物と蛮刀だが。
さて、マグナスよりも多くカネを用意したハーラルには悪いが、
「これも金貨千枚には足りていない」
と、現実を教えておく。
「三時間だ」
と、ハーラルが言った。こっちもこめかみにうっすら青いものが浮かびかけている。
「それで三六〇枚用意できた。それとも何か? 額がそろわなきゃ、エルダを死体にして返すか?」
「それがお望みなら、そうする。ただ、あんたたちには現物で払う道も残されている」
「現物?」
「そうだ。おれと傭兵契約を結べば、足りない分は免除して、二人を返すぜ。とりあえず、二人にはユリウスの指揮下に入ってもらって、目下、こちらへ進軍している帝国軍と戦ってもらう」
「トスティグの腰抜けと一緒に戦えというのか! 承服できん!」
「こちらだって願い下げだ。ハルトルドの馬鹿どもと戦えるか!」
「じゃあ、身代金の足りない分を今すぐ払ってくれ」
ぐぬぬ、と二人が黙り込む。
「別にハルトルドとトスティグ、どちらが下とか上とかはない。指揮をするのはユリウスだ。それに共闘はこれ一回だけだ。相手は三千の帝国軍。相手にとって不足なしだろ? ユリウスはこの国の王子なんだから、あんたたちを指揮する大義名分はもってるし、あんたたちはそれぞれ自分の領地を守るために帝国軍と戦うんだ。この戦いのどこにあんたたちの名誉が損なわれる要素がある? それとも、氏族同士で争って、二つまとめて、帝国に占領されるのがお望みか? おれはあんたたちが帝国軍と思う存分戦えるようアレンジしたじゃないか? あんたたちはなるほど肩を並べて戦う。でも、それはおれに対する傭兵義務からだ。純粋な義務の問題だ。そうだろ?」
「本当にこれ一回だけなんだろうな?」
「これ一回だ」
――†――†――†――
解放軍は左翼にハルトルド部隊、右翼にトスティグ部隊を展開させた。
そして、中央にユリウス率いる騎兵が二十。
騎兵は氏族部隊の側面が敵に暴露されたとき、抜刀突撃を仕掛けて追い払うための遊撃隊だ。
そのため、騎兵が持っていたマスケット銃は五十丁ずつハルトルドとトスティグに振り分けた。
ユリウスの合図で一斉射撃を行い、その後は雄叫びを上げながらの突撃になる。
――と、いったことを、ユリウスが全部采配した。
王子だけあって、いろいろ勉強もさせられて、そのなかには軍事も含まれている。
「だが、机に座って学んだ用兵術が実戦で通用するかは分からない」
すでに横三列にならんだ氏族歩兵部隊を見つつ、ユリウスがおれにこぼした。
「しかし、きみは不思議な少年だ。四人の優れた暗殺者を従え、それだけでなく、ハルトルドとトスティグを一度限りとはいえ、共闘関係を結ばせた。さぞ優れた学府で優れた師についたに違いないな」
「おれの受けた教育なんて大したことないよ。義務教育九年に高校生活がちょこっと」
「義務教育? きみのいた国では教育を受けることが義務なのか?」
「そうだけど、それにどれだけのガキンチョが泣かされたことか」
「親も泣かされたことだろう。教育を受けるには相応の資力が必要だ」
「いや、義務教育だから。ほとんどタダみたいなもんだよ。給食費は別だけど。まあ、安い水準だ」
「待ってくれ。では、きみのいた国では国が費用を持って、国民に教育を受けさせ、食事まで用意するのか?」
「そうそう」
「――なるほど、なぜきみのような人材が生まれたのか、分かったよ。我が国も見習うべきだな」
そうか、ここじゃ教育は金持ちしか受けられないのが当たり前か。
こういうギャップに当たると、ああ、おれ、異世界にいるんだなあ、と感じる。
でも、日本の教育制度は身代金誘拐の仕方は教えてくれないし、球技大会でトトカルチョをやったら校長室送りにされた。
おれの思いつくラケッティアリングはマフィアものの映画や小説にインスパイアされたものだ。
日本で平凡な高校生をやりながら、あんな稼ぎ、こんな稼ぎとたぎらせた中二病一歩手前の妄想こそが策源地なのだ。
でも、黙っとこう。
ユリウスは王国を取り戻したら、教育制度に力を入れる。
いいことじゃないか。こちらがウソをついたわけでもなし。
あれ? でも、これって死亡フラグになるのかな?
『おれ、この戦争が終わったら、公教育制度を整えるんだ』
うーん。結婚するんだ、って言ったら、たいていは死ぬんだけど。
そういえば、『おれ、この戦争終わったら、離婚するんだ』ってのはきいたことがないぞ。
そもそも離婚なら戦争が終わるのを待たずにとっとと別れればいいのに。
いや、待てよ。裁判で親権争ったりするとなると、戦争の片手間にできることじゃないな。
だからと言って――、
ブオオオオッ!
うおっ、びっくりした!
どっかの誰かが敵が見えたら鳴らせと言われていた角笛を鳴らしたらしい。
どこの誰だ、そんな下らないイタズラしやがるのは。
――あ、マジだ。マジで敵がやってきたんだ!




