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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第五話 ラケッティア、マラソン。

 四人に許してもらうにあたっては、学校がテロリストに占拠されたときに使おうと思って、練習しておいたとっておきの奥義『ジャンピング土下座』が役に立った。

 この躍動感あふれる謝罪行為を前に絶対許さんなんて、心の狭いことを言うやつはいない。


 それに材料と施設が整い次第、好きなお菓子ドルチェをつくることで和約は強化され、クルス・ファミリーは内部抗争の危機を克服したのだった。


 さて、現在、来栖ミツルと愉快な解放軍なかまたちはチュートリアル・バトルを終えて、西方のケーレホン山地へ向かっている。


 共和派軍、あるいはガルムディア軍が本腰を入れて攻めてくる前に、こちらからリッツ地方にオサラバし、味方を増やすのが目的。


「なあ、ユリウス。ケーレホンってどんなところなんだ?」


「森が少なく、高原のほとんどはヒースの茂った荒野だ。地形も険しく、麦を育てるのに向く土地ではないから、人はあまり住まないが、そのかわり、尚武の精神にあふれる。ケーレホンの住人はみな勇敢な戦士だ。傭兵として外貨を稼ぎに出ることもあり、王国近衛兵のなかにはケーレホン出身の傭兵がいたこともあった。基本的には血縁同士の氏族としてまとまり、それぞれ当主をいただき、家臣団がついている。小さな王国のようなものだ」


「プライド高そうだな、そいつら。解放軍に参加できるのか?」


 ユリウスは首をふる。


「父上が国を治めていたときでさえ、我々に従うことはなかった。ほぼ独立していたといってよい。ただ、それは共和派政府やガルムディアが相手でも同じことだ。そして、やつらはケーレホンの氏族たちをそのままにはしておかないだろう。いずれ、支配下におこうとする」


「そこを説いていければなんとかなるんじゃね?」


「それが難しいのだ。ケーレホン高地領は二つの氏族、ハルトルド氏族とトスティグ氏族によって支配されているのだが、両者のあいだには数百年におよぶ暴力と報復の歴史がある。そして、ケーレホンの高地氏族たちはみな戦士だ。お互い顔をあわせれば、すぐ剣にものをいわせて、血を流さずにはいられない」


「えー。それって、つまり、おれたちはすぐカーッとなる瞬間湯沸かし器を仲間にしに行こうとしているってこと?」


「シュンカンユワカシキというものがどういうものか知らぬが、すぐカッとなるのは間違いない。だが、わたしとしては二つの氏族をなんとか和睦に持ち込み、共闘関係を結べないかと思っている。このまま、二つの氏族が争って、得をするのは共和派政府だけだ。ハルトルドもトスティグもそれが分からないほど愚かではない」

 

「でも、ウン百年も殺し合いしてる連中がそんなに簡単に仲直りするかねえ。そもそも、争いの発端はなんだったんだろうな」


「トマスがヘンリーの顔に口に含んだ酒を吹きつけたとか、マーサがメアリの鶏を盗んだとか、いろいろ伝説はある」


 ス、スケール小せえ。

 そんなくだらねえことで何百年も抗争関係に陥る連中を仲間にして、本当に大丈夫なのだろうか。


「質問があるのです」


 アレンカがしぴっと手を挙げる。


「氏族の人たちは調理用の焼き窯を持っているのですか?」


「焼き窯? あるとは思うが――」


「じゃあ、白いお砂糖は?」


「どうだろう。精製前の粗糖くらいなら行商人から買っているかもしれないが――」


「おいしいベリーはありますか?」


「ないと思う。そもそもケーレホンの氏族の男たちが甘いものを喜んで食べる姿が想像できない」


「うー、マスター。アレンカはもっと別の場所に行くべきなのだと思うのです」


 どうやらアレンカは戦略的必要性よりもおいしいお菓子をつくることができるかどうかで、解放軍の針路を決めたいらしい。


 好きなお菓子をなんでもつくることは先立っての和約の一部なので、めっ、としかることもできない。


 それに、アレンカの言いたいことも分からないでもない。


 このケーレホン高地、なんにもねえ。


 黒ずんだ谷から風がびゅうびゅう吹いて、カサカサした草が波打って、インフルエンザにでもかかったみたいにぶるぶる震えるのを見ていくのを見ると、こんな土地、誰の役に立つんだろうと考え、なんにも役に立たないのだと愕然としてしまう。


 誰がこんな土地欲しがるのか。

 でも、待てよ。これなら土地価格はほとんどゼロみたいなもんだ。土地を買い集め、トラック運転手労働組合の年金基金をじゃぶじゃぶつぎ込んで、インチキ・デベロッパーと手を組んで、利益は自分のとこのコンクリート会社が売る安いコンクリで吸い上げて、残るのは恐怖のベニヤ板建築ばかりなり。


 うん。ありだな。

 労働組合を絡めた不動産詐欺なんて、マフィア最盛期の七十年代みたいじゃん。


 問題はこの世界にトラック運転手組合がないことだ。

 そもそもトラック運転手というものがない。


 いや、でも、トラック運転手=荷馬車の馭者と考えれば。


 うわー。ギルドつくりてえー。馭者ギルドつくりてえー。


 組合とマフィアの癒着って、まさにラケッティアリングって感じだし、それに――、


 パァーン。


 げっ。銃声。荒野の斜面左のほうからだ。

 確か、あっちにはヘイルゼンと五人の騎兵が偵察に行っている。


 パーン。


 もう一発きこえたころにはユリウスは馬首を転じて、斜面のほうへ駆け出し、それに他の騎兵たちが続いた。


 アサシン娘たちとぽつんと取り残されると、ケーレホンの高原の荒れっぷり、何もないっぷりがじわじわ来る。

 なんというか、おれが歌人ならこのウジウジ来る寂寥感? つーか、よく知らんけど、そんなものをTANKA五七五七七に託して詠んでみるが、こちとら、こないだの中間テストの古典は三十六点だったわけで。


 と、おれが表現の苦役にウンウン唸っているあいだ。四人娘たちは誰が一番目がいいか選手権に勤しみ、おれに審判を頼んできた。

 なるほど、何もない荒野のどこまで目が利くか、マサイ族もびっくりの視力をマスターに自慢して誉めてもらいたいといういじらしさは認めよう。


 ただ、一キロ先に立つ石碑の文字を読み、それが本当に当たりであるかどうか、確かめる手段は一つ。

 審判が一キロ先まで走るしかない。


 走る? このおれが?


 マラソン大会のたびに、最後まで一緒に走ろうなと言われた友達に裏切られて、ビリッケツを食らい、復讐ヴェンデッタに燃えること幾度もあったこのおれが、一キロ走る?


 御冗談を。


「アレンカは遠くのものは見ないのです。見ることができても見ないのです。マスターが大変になるのは嫌なのです。だから、アレンカはここでしゃがんで近いものを見ます。あ、ここにアリさんがいます。一列に並んでいるのです。それから、うー……」


 三十分後、そこにはアレンカが二キロ先に見たというXの字が刻まれた枯れ木を探す来栖ミツルの姿が!


 我ながらちょろいなあ、と思う。


 でも、健気な妹系キャラのポテンシャルを否定するようなこと、男ならやっちゃいかんのですよ。


 たとえ、Xの字が刻まれた枯れ木が二キロ先ではなく三・七キロ先で見つかったとしても。


「ひー、ひー。無理だあ。もう走れんし、歩けん」


 ヒースの荒野に背中からぶっ倒れて、空の高さを知る。


 ああ、おれはこれからあの空へ昇るのだ。来栖ミツルは死に際して、その死の原因となったアサシン娘たちを許し、安らいだ表情で死んでいったと伝えてくれ。

 もし、仇を取りたいというのなら、マラソンとかいう恐怖の拷問スポーツを考えたやつに復讐してくれ。


 ――いや、マラソンの語源になった兵士は自分の死と引き換えに都市ポリスの勝利を伝えるべく走ったのだから、復讐の相手もいないわけか。


 つうか、世界で一番初めにマラソンした人はゴールと同時にくたばった、ってのはスポーツとしてどうなの? もっと安全面に配慮して、五百メートル以上走っちゃいけないとかやっといたほうがいいんじゃないの? おれは何も恨みから言うのではない。ただ、こうしてマラソンが原因で死んでいく一人の人間として、語源となった兵士と同じく、わが命と引き換えに有益な教訓を残そうという高潔な志から意見するのだ。


 がさっ。


 ……いま、なーんか、物音がした。


 ちょろっと見てみる。


 ゴブリンだ。毛むくじゃらの。

 それが戦車チャリオットに乗って、こっちに向かって走ってくる。


 それからの約十分間、おれは人体に秘められた奇跡の可能性というものを知った。


 つまり、片道三・七キロの折り返しで使い切ったはずの体力がゴブリン戦車を見たおかげで、なけなしのスタミナをふりしぼることに成功し、また走ることができたのだ。


 この奇跡には二つの要因が作用した。


 一つはゴブリン戦車が馬の曳くものではなく、下級ゴブリンに後ろから押させることで走っていたこと。

 もし、馬が曳いていたら、こちとら、あっという間に追いつかれて真っ二つにされていただろう。


 そして、二つ目はゴブリン戦車の前部に取りつけられたおぞましい形の刃物の数々だ。

 これに引っかけられたら痛そうだなあ、という気持ちが背中を後押しして、三キロぶっ通しの狂乱マラソンを支えたのだ。


 ディスカバリー・チャンネルで特集を組んでもいいくらいの生理学的無茶をしでかした後、おれはそのまま肥料になって、荒野の雑草に吸い込まれるんじゃないかと思うくらい疲れていた。


 ゴブリン戦車を屠った小娘たちが帰ってくる。


「あわわ、マスターが死んでいるのです!」

「いや、生きてる。かろうじて」

「……起きない」

「そっとしておいたら? それより宝箱を開けに――」


 おれの体が跳ねるように立ち上がった。

 モンスターを倒した後に出現する宝箱。それはロマンだ。


 たいていは薬草とかひのきの棒とかくだらんものが入っているのだろうし、ミミックが化けてる可能性だってある。

 それでも人間、モンスターを倒した後の宝箱に夢見ることをやめられないものだ。


 まあ、おれはその夢を八百長ダンジョンで売っていたわけだが。


 宝箱は二つにちぎれた戦車の後ろに縛りつけてあった。

 木製、人ひとり簡単に入れられるくらいの大きさで、四隅の角に鉄が鋲で打たれていて、蓋はカマボコ型、鍵は二つ取りつけられていたが、すでにジルヴァが解錠済み。


「おれが開けてもいいの?」


 四人がこくこくうなずく。


「では、コホン、不肖、来栖ミツル、宝箱開帳の儀、執り行わせていただきます。じゃんじゃがじゃーん!」


 蓋を跳ね開ける。


 なかには人の死体が入っていた。

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