第四話 ラケッティア、チュートリアルをする。
樹皮でつくった小屋にて、お頭、もとい、元近衛騎士ヘイルゼンとユリウスがお話。
まあ、主にこれまでなめてきた辛酸にまつわる情報交換。
ほとんどはおれには関係のない話だったので、白湯をすすっていたが、関係のある話も時折り出てくる。
このへんをうろついている敵戦力なのだが、およそ十倍の二百名からなる騎兵隊が解放軍のアジトを探してうろついているらしい。
隊長の名前はナウド。
元はディルランド王国の軍人なのだが、どうもいろいろ因縁のある相手らしく、ヘイルゼン曰く、常に強いものになびき、自分よりも弱いものには横柄傲慢な下種のなかの下種らしい。
まあ、練習にはちょうどいい相手じゃないですか?
「お頭! ナウドの騎兵隊がこちらに来ます!」
おっと、噂をすれば。
――†――†――†――
解放軍が大急ぎで戦闘態勢に入るなか、おれはユリウスと一緒に取りに戻ったマスケット銃の使い方を念入りに教えていた。
どのくらい念入りかというと、1931年、〈ボスのなかのボス〉サルヴァトーレ・マランツァーノ殺しのお膳立てをし、ユダヤ人の殺し屋たちを税務署の抜き打ち調査官に変装させたラッキー・ルチアーノくらいに念入りと言えばよい子のみんなにも分かるだろう。
あるいは1985年、自分のボスであるポール・カステラーノ殺しをアレンジしたジョン・ゴッティくらいに念入りといえば、やはりよい子のみんなは分かるはずだ。
要するに、成功すりゃ大出世、失敗したら殺られる状況。
「一人五丁を抱えて木に隠れて、ギリギリまで近づいたら撃つんだ。撃つときは馬じゃなくて人を撃てよ。馬は絶対に撃つなよ」
「なんで馬は駄目なんだ?」
盗賊騎士らしいやつがたずねた。
「だって、かわいそうでしょうが。乗り手が腐った悪党だからって馬まで悪党とは限らない。それに戦利品としても是非とも必要だ。馬に乗って動いたほうがずっとゲリラもしやすい」
「まあ、そりゃそうかもしれねえが。でも、こんなもんホントに役に立つのか?」
確かにマスケット銃には欠点がある。弓矢に比べれば、次の弾を装填するのに時間がかかる。
命中率もそれほど良くはないから、敵を撃つときはできるだけ引きつけなければならない。
それに撃つと火薬が派手に白い煙を上げるから、どこから攻撃してくるのか遠くから見てバレやすい。
これはゲリラ軍には受け入れ難い欠点だ。
だが、長所も大きい。
マスケット銃の弾丸は直径二センチに少し届かないくらいの大きさだ。
インチをもとにした口径に換算すると、ダーティーハリーのマグナムが四四口径、みんな大好きなデザートイーグルは五〇口径に対し、マスケット銃の口径は八〇口径だ。
しかも、マスケット銃の弾丸は柔らかい鉛剥き出しだ。
命中したとき人体のなかでぐちゃぐちゃに砕けて、内臓や骨も一緒にぐちゃぐちゃにする。
だが、何よりも板金鎧を貫通するのが大きい。
これまでゲリラたちはナウドの騎兵隊との衝突を避けつつ、輸送隊などを狙っていたらしいが、それもナウドの騎兵隊が剣を通さぬ高価な板金鎧で武装していたからだ。
「とにかく!」
と、おれは念を押す。
「一人五発。確実に当てること。その後なら剣でも弓矢でも好きなものを使えばいい」
ファンタジー世界に火縄銃をもたらすとなると異世界主人公としては織田信長の三段撃ちを導入して、ファンタジー世界の住人の度肝を抜いて、主人公すごいと女の子たちにきゃあきゃあ騒がれるべきなのだろう。
だから、はっきりさせよう。
三段撃ちは作り話だ。
だいたい、三人ぽっちでできるわけがねえんだよ。
火縄銃を途切れなく撃ち続けるのには三段どころか十三段必要なのだ。
訓練狂のスウェーデン国王グスタフ・アドルフは兵士一人一人が弾込めマシーンになるまで、みっちり訓練させたが、それでも七段撃ちが精いっぱいだ。
だが、敵が目前まで迫っている今の状況では弾込めのやり方を教えることすら不可能。
とにかく五発。当ててもらうしかない。
それで兵力差を1対20から1対10まで縮められる。
ユリウス、ヘイルゼン、そして二十人の兵が百丁のマスケット銃とともに森へと消えた。
おれはお留守番。戦えないからいても役に立たないし。
……。
ドコドコと蹄の音がきこえてきた。
……。
ドン! ドドドド! ドン! ドン!
銃声が響く。
必死になって数えたら、ちょうど百回きこえた。
……。
しばらくはシーンとしていた。
火薬臭い煙がうっすら流れてきたかと思うと、馬の手綱を取った解放軍兵士たちが次々と現れた。
ぶんどった馬の背に五丁のマスケット銃を落ちないように結わえて。
待ち伏せ成功で大勝利。それにマスケット銃への信頼も高まった。
順風満帆なんだけど、何か忘れているような気がする。
「ところで」
分捕った馬の手綱をそばの木に巻きつかせながら、マリウスがおれにたずねる。
「彼女たちはいいのか?」
「彼女たちって?」
「きみと一緒だった、あの四人だよ」
「あ」
……。
いや、忘れてたわけじゃないっスよ。
ほら、予備戦力として温存してただけっス。
「……」
「……」
「指笛、吹ける?」
「あ、ああ」
「んじゃ、一発お願いします」
硝煙染み込む深夜の森にピィーッと甲高い笛の音が響き渡った。




