第三話 ラケッティア、解放軍。
戦争中、マフィアは何をして稼いでいたか?
ちょっとピンと来ないだろうから、説明しておこう。
日本軍が真珠湾を吹っ飛ばし、アメリカが第二次世界大戦に突入すると、ガソリンや砂糖が配給制になった。
配給切符と一緒でなければ、アメリカ人はガソリンや砂糖を買うことができなくなったわけだが、マフィアは悪い軍人とグルになって、これら配給切符を倉庫からごっそり横流しさせ、私腹を肥やした。
アメリカでもヤミ市経済は健在だったのだ。
ただ、その一方で戦時中は国境の警備が半端なく厳しくなるため、ヘロイン・ビジネスがふるわなくなる。
んでもって、今回の戦争。
まず、最初に思いついたのはマスケット銃の密輸だ。
みんながみんなアレンカみたいに指先から火の玉をボンボンぶっ放せるわけではない。
鎧武者を一撃で斃せる力が欲しければ、銃の撃ち方を習うのがはやい。
それにアイルランド系マフィアたちは北アイルランドで戦うIRAのテロリストへ、どうぞこれでイギリス野郎を蜂の巣にしてちょーだいとAK47をガンガン送りつけたという。
なわけで、今回はアイリッシュ気取って、解放軍にマスケット銃を売りつける。
……まあ、最初はツケになるだろうが。
――†――†――†――
リッツ地方。
森と湖が入り混じっていて、開けた土地がない。
解放軍はここでゲリラ戦をしている。
その数たった二十人足らず。
一見すると、状況は絶望的だが、まだワンチャンある。
まず、マスケット銃を解放軍に売り込むとき、口説く相手がたったの二十人だ。
それをクリアすれば、マスケット銃を導入できる。
そもそも人間というのは新機軸に簡単に飛びつかない。使い慣れた弓矢を捨ててまでマスケット銃を使おうと思うやつは少ない。
むしろ、マスケット銃の欠点をいろいろあげつらねて、これまで通り、弓矢を使ったほうがいいとすら、言うだろう。
そんなやつが二百人もいたら、言いくるめるのは難しいが、二十人ならできる。
そして、そいつら二十人にマスケット銃で、勝利を、それもただの勝利ではない、圧勝をもたらせば、マスケット教の信者が二十人出来上がり。
まるで軍師みたいなことをしているが、ラケッティアと軍師の根本は似ている。
つまり、相手が嫌がるえげつないことを考え出し実行する点が同じなのだ。
もっとも、おれが軍師の真似事できるのは今だけだ。
所帯が増えたら、本物の軍師を探さないといけない。
だが、まあ、今は目の前の解放軍だ。
とは言うものの、考え方がいけないほうに走ってしまう。
おれたち、今もこうして森のなかの道を進んでいるのだが、リッツ地方の森と湖というのはなかなかどうして風光明媚にして過ごしやすい。
静かな湖畔のそばに高額ゲーム専門の別荘みたいなカジノをつくり、そこにうまいメシと酒、高級娼婦を抱き合わせれば、カネの雨が降る。温泉も欲しい。
ドイツのバーデンバーデンみたいな高級湯治カジノにするのだ。
うん。いいぞ。
もし、ガルムディアを追っ払ったら、ご褒美にここいらの土地をもらおうかな。
ここいらは内陸に引っ込んだ土地だから、港から迎えの馬車をよこさないといけないが、演出次第でどうにでもなる。金持ちは特別扱いに目がないからな。
ただ、使う馬車はできるだけ振動の少ない高い馬車にすること。
異世界にやってきて分かったが、馬車というのはひどくケツが痛くなる乗り物なのだ。
などと、考えていると、枝が突然ざわめくのをやめる。
偵察に放っていたマリスが帰ってきたのだ。
マリスの姿を探すと、ちょっと目を離した隙におれが座る馭者台のすぐ下に膝を立てて、ちょこんとしている。
「やっほー。お疲れちゃん。どうだった?」
「この先に怪しいところが一か所ある」
「解放軍のキャンプ?」
「盗賊のキャンプの可能性もある。もっとも、今となってはどちらも見分けはつかないが。どうする、マスター?」
「行く。ただし、マリスは他の三人と一緒にそのキャンプへ先回りして、周囲に隠れてくれ」
「どうして?」
「おれたちを信用させるためだ」
「ユリウスは王子なんだから、それで十分だと思うが――」
「王子さまには最初は顔を隠してもらう。相手が盗賊だったら、かなりやばい。たぶん賞金がかかってるからな」
「それなら、なおさらボクはマスターのそばにいたい。護衛が必要だ」
「いやいや。もし、相手が解放軍だったら、殺そうと思えば殺す機会は何度でもあったってセリフをかましたい。おれの憧れのシチュエーションだ」
「また、変なことを」
「とにかくだ。お前ら四人、連中を囲んで、皆殺しにできる位置で隠れろ。おれが指笛鳴らして合図したら、姿を見せていい。それまでは気配を殺して絶対見つからないようにしろ。いいな?」
「わかった。他の三人にも伝えておく」
マリスがさっといなくなると、おれは馭者台の隣に座るユリウスに言った。
「そんなわけで、王子さま。ここからは徒歩でお願いしますよ」
「ユリウス。今のわたしはただのユリウスだ」
「それって呼び捨てでいいってこと? でも、全てが終わって、王さまになったとき、そういや来栖の野郎はこのおれさまを呼び捨てにしやがったな、よし、大逆罪で処刑しちまおう、ってことにならない?」
「そんなことにならない。我が血と名誉にかけて誓う」
――と、スッゲー真面目な顔で誓われた。
うん。この人、冗談が分からない。
――†――†――†――
右、左、左、右、右、左、右。
別に格ゲーのコマンド入力してるんじゃありませんよ。
左右に分かれた道をマリスに教えられた通りに伝っているんです。
解放軍はここいらのガルムディア軍や共和派の軍隊にゲリラ戦を仕掛けている。
そして、有史以来、ゲリラの本拠地が分かりやすい位置にあった試しはない。
最後の右折から十分後。茂みのなかから――、
「そこで止まれ!」
そら、おいでなすった。
樹の陰から、背丈くらいの茂みから、キノコの傘の下から(これは嘘)、無精髭を生やした盗賊らしいのがぞろぞろと――というほどではないが、とにかく二十人くらい出てきた。
予定では、ここでしばらく問答をして、険悪になったところで、アサシン娘たちに合図を出して、相手が、うわー、すでにかこまれていたのかー、と驚いているところで、憧れのキメ台詞『殺そうと思えば殺す機会は何度でもあった』をかますはずだった。
――が、予定変更。
今すぐアサシン娘たちを呼ぶ。
だって、現在の状態が予想以上に怖えんだもん。
めっちゃ殺気立ってるんだもん。
ええ、チキンですよ。チキンですが、何か?
ひざまずいて生きるより立って死ね、って偉い人は言いますが、やっぱり人間、泥すすってでも最後まで生きてたもんの勝ちですよ。ラストマン・スタンディングですよ。
というわけで、ここはピィーッと指笛を一発吹いて、アサシン少女のお目見えと行きましょう。
……。
あーっ! おれ、指笛鳴らせなかったんだあ!
ばかやろー。なんで指笛で合図するなんて言っちまったんだよお。できもしねえのにぃ。
仕方ねえだろー。それが一番かっちょいいと思ったんだよお。
やばい。ナンシー・シナトラが歌い出した。バン、バン。
メキシカン・スタンドオフから生存者ゼロの大銃撃戦が始まるときのテーマだ。
あとはお頭のヤッイマイナぁ!の合図を待つだけ。
盗賊たちがお頭と呼ぶ女の人が出てくる。
短髪の、いかにも剣使いまくる感じの凛々しい人だ。
で、その人が――、
「お前たち、武器をしまえ」
おや?
お頭がずんずん歩いてくる。ひょっとすると、こいつらはわたしの獲物だ、みたいなこと言うのかもしれないけど、いや、むしろ、この雰囲気は――。
「王子。お久しぶりです」
お頭がユリウスの前で片膝をついた。




