第二話 ラケッティア、ブツを見せる。
おれたちが助けた、このユリウスという名の兄ちゃんがこの国の王子だときいても、おれは驚かなかった。
見るからに王子さまっぽい凛々しいオーラがあるし、それにこの手の話は掃いて捨てるほどきいたことがある。
帝国が一方的に小国を侵略し、小国の貴族たちの裏切りにあい、国王が死亡。
残された王子はわずかな仲間とともに解放軍をつくって、帝国と戦う。
すっげーファイアーエムブレムな展開。貴種流離譚ってやつだ。
ただ、このシミュレーションRPGが他と違うところがあるとすると、味方のクラスの半分以上が暗殺者だってこと。
まあ、それで文句を言われても困る。
「で、ガルムディア帝国を後ろ盾に謀反を起こした貴族たちは腐敗した王政を廃して国王を処刑し、共和国を打ち立てたが、実際はただの少数独裁に堕ちている、と」
ユリウスの説明を一通りきいてから、おれがまとめる。
「父上は――陛下は決断力に富むほうではなかったし、病弱でもあった。だが、民を虐げるような苛政を敷いたことは断じてない」
「まあ、とりあえず、鱒、食べなよ。オレガノかかっててうまいからさ」
そのくらいしかかける言葉がない。
オレガノの匂いがキャンプのまわりをアサシンウェア姿で警戒していた小娘たちが一人また一人と戻ってくる。
「お前ら、いっぺんに戻ってきたら、見張りの意味ないだろ」
「誰も来ないわよ、こんなとこ」
「来たら、ボクらが責任を持って皆殺しにする」
「だから、アレンカたちもご飯が食べたいのです」
「……」
こんなふうに言われて、追い返したら、おれが悪い奴みたいじゃないか……まあ、悪いことは悪いんだが。
「しょーがねえなあ。フライパンの都合、一度に二人分しか焼けないから、そこで待ってろ。まずはおれとこちらの王子さまの分だ」
「あ、いや」
「ん?」
「彼女たちを先にしてほしい。わたしは一番あとで構わない」
「だめ、だめ。そうやって甘やかすと、こいつら、つけあがるぞ。事実、あんたの料理を毒見する役を決めようとあみだくじを始めてる。毒見されたら、最後、かけら一つ残らないからな――おい、お前ら! おれが毒なんか入れるか! だいたい失礼だぞ、このやろ! 大人しく待ってねえと、ムニエルからバターとオレガノを外すぞ。ほら、二人は見張りに戻れ」
ぶうぶうと労働環境改善の必要性を垂れながら、アレンカとジルヴァが夜の森へとすうっと消えていった。
まあ、すうっと消えたのは姿だけで、文句は相変わらずきこえてきたのだが。
まあ、ひとまずはこれでいい。
見張りはいつもにも増してしっかりやってもらわないといけない。
というのも、おれたち、実は今、あるブツを三台の荷馬車に積んで、旅をしている大所帯なのだ。
だから、キャンプも大きくなるし、馬どもの食う草も用意しないといけない。
敵が出てきたら、いつもみたいに身一つでスタコラサッサと逃げるわけにはいかないのだ。
「ほら、できた。あいにくパンは切らしてる」
「すまない」
「いいって。それであんた、これからどうするんだ?」
「南部のリッツ地方に帝国と共和派貴族に抵抗している解放軍がいる。そこに加わるつもりだ」
「そいつらで帝国に勝てそうか?」
「それは……」
ユリウスは言葉に詰まった。
このディルランドの国土の九割は帝国とその子分の共和派貴族の手に落ちている。
残り一割がぴいぴいなのは明らかだ。
これがファイアーエムブレムなら、すぐ男気一発で加勢するところだが、どっこいおいらはラケッティア。
儲かる予定がないのなら、とっとと失せるのが、マフィアらしいだろう。
「ちょっと、その解放軍とやらをおれたちに会わせてみないか?」
「え?」
「協力できるかもしれない」
おれの発言が甘い? マフィアらしい非情さが見えない?
まあ、そうだろう。
だが、今のおれには解放軍とやらに肩入れしてでも、ガルムディアを向こうにまわさなければいけない理由がある。
あいつらがエルネストを逮捕しやがったのだ。
――†――†――†――
ダンジョンを後にしたおれたちはカラヴァルヴァ目指して、船で南下していた。
途中で立ち寄った港町に面白いブツがあったので、手持ちの金貨でそれを買えるだけ買い、転売するつもりで船に積み込んだのだが、ここでちょっと厄介なことになった。
その港町の南にはディルランド王国という国があるのだが、今ではすっかりガルムディア帝国に占領されている。
そして、帝国の海軍が船籍を問わず、船を拿捕してやりたい放題しているというのだ。
おれとエルネストはちょっと考えて、積荷を二手に分けて、リスクを分散させることにした。
おれの乗る船にはおれとブツが三箱。
エルネストの乗る船には金貨二千枚。
本当はアサシン娘たちも二人ずつ分けるつもりだったのだが、マスターと離れたくないと言われて、四人がおれの船に乗った。
「うーん。女の子がイケメンでなく、おれと一緒にいたいなんていう展開、これっぽっちも予想してなかった」
「こっちはぼく一人で大丈夫だよ。まあ、万が一捕まったら、そのときはそのとき」
で、おれのほうは無事抜けられたが、エルネストは金貨もろともパクられた。
ダンジョンでの殺人のことは嗅ぎつけられていないらしいが、それも時間の問題。
下手すると、エルネストは処刑されちまう。
ディルランド王国の領海を抜けて、最初に着いた港町でおれたちは下船して、足の太い丈夫な馬を荷馬車込みで買って、ブツと一緒に陸路からディルランドへ入った。
んで、今に至る。
もちろん、エルネストの解放をガルムディアの連中と交渉したほうが話は早いだろう。賄賂で転ぶやつがいるから、そこへつけ込むのもいい。
ただ、それはファミリー的によろしくない。
クルス・ファミリーの身内とカネに手を出したやつは皇帝だろうが教皇だろうが痛い目見てもらわないと世間に示しがつかない。
それに王道RPG並みの戦争アドベンチャーをラケッティアリングの一押しでクリアしてみるのも転生の醍醐味だ。
「しかし、あなたたちを巻き込むわけにはいかない。こうして助けてもらっただけでも過分なくらいなのに」
「何もこっちも打算抜きで動いているわけじゃないんだ。さっきも言った通り、ガルムディアの連中に仲間とカネを押さえられている」
「しかし――」
「もちろん、おれらに何ができるのか、不安なのも分かる。ただ、断るかどうか決める前にこれを見てくれ」
おれはちょうど尻の下にしていた荷箱をフライ返しでこじ開けた。
箱のなかには星空をそっくり映しそうなくらいピカピカに磨かれたマッチロック式マスケット銃が世界で一番イイ女みたいにポーズを決めて横たわっていた。




