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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第一話 戦記、邂逅する。

 黒髪の青年が一人、息を切らしながら、青い野を走っている。


 マントをたなびかせ、剣をしっかり身に引き寄せながら。


 その背後から十二人ほどの男たちが現れ、手練れらしい身のこなしで若者の後を追う。

 手には抜き身の剣。


 緑樹のそばを曲がるとき、思わぬ位置から飛び出していた根のこぶに足を取られ、青年は斜面を転がり落ちる。


 それが致命的だった。


 追手は距離を詰め、青年を取り囲む。


 だが、十分な間合いを取ることは忘れない。その警戒ぶりから若者の剣の腕が分かる。


「くっ」


 剣を抜き、四方に目を配る。包囲は完全で抜けることができない。


「ここまでか……」


 八方からじりじりと間合いを詰め始める刺客たち。

 傭兵崩れなのか、多数で一人を切り刻むような荒事には慣れているらしい、若者の視線が外れたものから順にすり足で近づいていく。


 半径五メートルで囲まれた瞬間だった。


 この上なく上機嫌で、場に不相応な口笛が流れ出したのは。


 それは剣士たちが包囲したなかにある草むらからきこえてくる。


「いやあ、オレガノ取りたい放題。やっぱ南の土地はいいなあ。これなら料理も腕のふるい甲斐があるぜ」


 少年が一人、オレガノのつぼみで手をいっぱいにして、立ち上がり、若者と彼を囲う刺客たちを見る。


「あ、ここ、他人ひとの土地だった? ちょい待って。とりあえず剣しまって。オレガノ、返すからさ。もっとピースフルに行こうぜ」


「そいつから殺せ」


 刺客の頭目格が命令を下す。


 すぐに三人の刺客が少年に襲いかかった。


「だから待ってって! オレガノ返すって言ってるでしょうが! うわ、マジやめて死んじゃう!」


 少年は慌てふためきオレガノを胸に抱きながら、転がり転がり剣を避けている。

 剣はおろかなんら武芸の訓練をしていないのは、その動きの無駄の多さで分かる。


 刺客の一人が後ろから少年の頭を狙って、袈裟懸けに斬りかかる。


 だが、割れたのは刺客の額だった。


 あいだに入った青年が上段から真っ二つに叩き斬ったのだ。


「うおっ!」


 塵震じんしんの気合を叫ぶ二人目の斬撃をいなして、少年をかばいつつ、三人目の突きを鍔の近くで受けて、足を払う。


「今だ、はやく逃げろ!」


 包囲にこじ開けた穴を顎で指すと、少年はつぶれたオレガノの匂いを残して、脱兎のごとく逃げていった。


「これでいい」


 死ぬのはわたし一人で十分だ。


 残り十一人が若者を取り囲む。


 死を前にしても精悍な黒い瞳は揺らがず、一人でも多くを道連れにする気迫に満ちている。


「一度にかかれ!」


 十一人が切っ先を向け、穴に吸い込まれる水のごとく若者へと走る。


 グシャッ!


「ぎゃあああああ!」


 四人の刺客が剣を落とし、首から血煙をまき散らしながら草地に突っ伏す。


 二つの黒い風がひゅっと巡ったかと思うと、今度は三人の首が胴から離れた。


 どさっ。


 ハッとして背後をふりかえると、三人の賊が傷一つ負っていないにもかかわらず倒れていた。

 その顔は紫色に鬱血し、必死に息を吸い込もうと喘ぎ、喉を掻きむしっている。


 刺客の頭目は顔色を失った。

 ほんの数秒足らずで十人の部下を失ったのだ。


 しかも、その相手は少女だ。


 四人の少女が黒いぴったりとした装束に身を包み、最後に残った頭目をじっと見ている。


「き、貴様ら、何者だ!」


 だが、少女たちはそれにこたえず、


「誰が殺る?」


 と、内輪で相談を始めていた。

 すると、一番小柄な少女が手をあげながら、


「アレンカが! アレンカが殺すのです! まだ、一人も殺してないのです!」


「――だそうだ。まあ、せいぜい逃げるんだな」


 くすっ、と笑って剣士風の少女が忠告する。


「く、くそ!」


 アレンカ、と呼ばれた一番小さな少女が逃げる頭目の背を真っ直ぐ指差す。


 空気が揺らぎ、小さな火の玉が現れたかと思うと、次の瞬間には――、


 ボワッ!


 放たれた火球は生き物の顎のようにパカリと開き、頭目を飲み込んだ。


 人間をくべた盛大な火柱から風に乗って、煤煙が少女たちのいる風下へとぶわりと流れ込んだ。


 気の強そうな少女が煙を寄せまい、手をバタバタふるが、それも徒労に終わる。


「けほっ、けほっ。ちょっと、アレンカ! 煙の出ない魔法なかったの? 真っ暗で何も見えないじゃない!」


 青年にはわけが分からない。


 この三日間、彼を追ってしつこく付きまとった刺客の集団が年端もゆかぬ少女たちの手であっという間に屠られたのだ。


 命拾いしたことを喜ぶ以上に起きた事態の不思議さが彼を捉えて離さなかった。


「きみたちはいったい――?」


 そうたずねる青年の声をさえぎるように魂消たような声が重なった。


「おーい、生きてるかぁ?」


 見れば、オレガノを摘んでいた少年が息を切らしながら丘の下手から登ってくる。

 その少年を見るなり、殺戮の限りを尽くした少女たちが嬉しそうに、


「マスター!」


 と、少年を呼んだ。

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