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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
リュデンゲルツ地方 クルスの八百長ダンジョン編
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第二十八話 騎士判事補、戦線復帰。

 地下十二階。

 それは打ち捨てられた砂漠の迷宮の形を成していた。


 あるべき天井のかわりに白々とした三日月がかかる夜空がロランドたちの頭上に覆いかぶさっている。

 それがダンジョンのもたらす幻覚なのか、あるいは魔法力学で別の世界へとつながっているのか、判断に迷うところだ。


「バルスーアを思い出すなあ」


 グレヴェザがのんびりと話し出す。


「砂漠ばっかでつまんねえ土地だと思ってたけど、たまに思い返すにはいいところだ」


 夜の砂漠は薄ら寒く、そして神秘的だ。

 迷宮の外は果てのない砂漠が白くぼんやりと光っている。

 そのため、ダンジョンにがちな閉塞感を感じることはないが、外の砂漠に出たが最後、戻ってこられなくなるのも間違いはない。


 自分の今いる場所が迷宮の一部であるかどうかは足元の砂に隠れた石の道や砂に溺れかけた太古の騎士たちの像で判断するしかない。それと――、


「おいでなすったぜ」


 モンスター。

 歯ぎしりの絶えない牙だらけの口と獲物を求める血走った目をもつ物騒なかぼちゃの化け物がぴょんぴょんと飛び跳ねてくる。サーベルパンプキンと呼ばれる植物系のモンスターだ。名前の由来はその短い腕に持つ二本のサーベル。足がないため、飛び跳ねながら剣をふるうが、かと思えば、地面すれすれの払いを打ってくることもあり、太刀筋が読み辛い難敵だ。


 だが、何より厄介なのは――、


「くらえ!」


 ギイイッ! グレヴェザの炎をまともに浴びたパンプキンがグレヴェザ目がけて飛び上がる。


 アストリットがグレヴェザに体当たりして、地面に伏せさせると同時に、そのすぐ上を爆発したパンプキンの破片がサーベルと一緒に蜂の群れのように飛んできた。


 ――自爆。これが厄介なのだ。


 致命傷を負わせることが難しい相手ではない。


 だが、動ける程度の深手なら負わせないほうがいい。


「地下十二階ともなると、変わり種が出てくるようになったな」


 ロランドは剣を鞘に納め、足元で燃えているカボチャの種を踏んで火を消した。


 ぺっぺ、と砂を吐きながら、グレヴェザが立ち上がる。


「あっぶねー。カボチャ野郎に頭を持ってかれるところだったぜ。サンキュー、アストリット」


「構わない。だが、油断が過ぎるぞ」


「へーい」


 ぱちぱちぱち。


 気合の入らない拍手がきこえてきた。


「いやあ、素晴らしい勝利だ。諸君」


 甘ったるいヴェルモットのような声。『しょくん』を『しょくん、んー』と伸ばす奇妙な宮廷発音。しまりのない顔つき。そして、カボチャパンツとタイツというダンジョン探索には向いていない姿の自称お忍びの帝国貴族。


 カレンはうんざりした様子でため息をついている。

 左腕を三角巾で吊っているせいで、その帝国貴族と後衛にまわされているからだ。


 その帝国貴族――ランパートと名乗っていた――は地下一階のこのダンジョンでも最弱の化けキノコを相手に苦戦していたところをロランドたちが助けたのだった。


 そして、それ以来、ついてきているのだが、なんの役にも立たないし、すぐ疲れて休みたがるし、言動もイラっとくるものが多く、こんなことならキノコにくれてやればよかったと薄々後悔し始めていた。


 だが、この帝国貴族、鈍い人間にありがちの耐久力があり、兄自慢を始めたエレットをけしかけても、まったく動じず、それどころか目を開き、歩きながら眠るという荒技まで見せた(これはこれで一つの才能なのかもしれない)。


「なあ、ロランド。これじゃ、おれたち、あいつの家来みたいじゃねえか」


「あいつを助けてやろうって言ったのはお前だろ?」


「違うぞ。助けてやるのはどうか?ってきいたんだ。そしたら、お前が助けようって言って、だから助けたんだ」


「お前なあ」


「あのー」


 エレットが話しかけてくる。


「偵察にいきますけど、何か重点的に偵察してもらいたいものはありますか?」


 カレンが後衛に下がったかわりにエレットが前衛に出た。弓術士の身軽さを生かして、パーティの先へと偵察に走ることもある。


「今から呼びあげるものがあるかどうか見てきてくれ。うまいステーキ食わせてくれる料理屋。金塊。ただでもらえる貴族の称号」


「もう。グレヴェザさん。真面目にきいてください」


「丘に続く道を見てきてくれないか? あのあたりに下りの階段があるんじゃないかと思ってる」


「あの墓石みたいな石が突き出ているところですか?」


「ああ。分かってると思うけど」


「危なくなったらすぐ逃げる、ですよね?」


「ああ」


「では、いってきます」


 エレットの姿が見えなくなると、グレヴェザが腕を組んで、ウムと唸って、


「かわいいけど、重度のブラコンなのが玉に瑕だな」


「いったい何を言ってるんだよ?」


「あのなあ。おれたち、まだ十代だぞ?」


「だから?」


「あの子かわいいよな、とか、この子イケてるよな、とか話すのはおれたちティーンの義務なんだよ」


「また変な考え、捻り出したな」


「変なのはお前のほうだ。エレット見て、何も思わないのかよ?」


「そりゃかわいいとは思うけど」


「おいおい、ロランド。お前、ときどき修道院から出てきたばかりなんじゃねえかって思えることがあるぞ。かわいい。それで終わったら、もったいないじゃねえか。いいか。耳をエルフみたいに引っぱって、よーくきけ。エレット、お前に気があるぜ」


「あ、それは絶対にない。エレットが好きなのは兄貴だよ」


「でも、その兄貴、死んでるんだろ? じゃあ、二番目が繰り上がって一位になるわけだ」


「エレットは死んだとは思ってない。おれもだ。なんとなくだが死んでいない気がする。そして、もし望みがあるなら、エレットをその兄貴に会わせたい。その手伝いがしたい」


「うひゃー、お前、損だな。損しまくってる」


「こういうのは損得じゃないだろ」


 ブウンッ!


 鏑矢が合図の音色を高々と鳴らしながら、月へと飛んでいく。


「よし。索敵終わりだ。先を急ごう」


 ロランドたちが立ち上がる。ランパートはさんざん嫌がり最後にはアストリットに剣をつきつけられて、立ち上がった。


「アストリットさんも怒ることがあるんですね……」


「当たり前だ。ああいう腑抜けたのを見るといらいらする」


 パーティが立ち去ると、柱の影や壁のくぼみからむくむくと黒い影が四つ、現れた。


 黒の垂れ布付きの鉢金に縁のない帽子、布を巻いて顔を隠した一団は弓と短剣を帯び、底に特殊な綿をつめた長靴で足音を殺す。

 声を上げずに手でサインをしながら、状況を確認すると、パーティの追跡に移った。


 そして、四つの影から決して目を離すことのない小さな二つの影。


     ――†――†――†――


「まいったな」


 マリスが頬を掻く。


「あの帝国貴族、別のパーティと一緒に動き始めた」


「襲われにくくなった分、こっちも隠密で助けることは無理になったわね」


「刺客どもを殺せないのが難しい――ん、ツィーヌ」


「わかってる」


 二人の気配が暗がりのなかへとホットケーキの上のバターみたいに溶けて消えた。


 その直後、砂漠の石柱のあいだからとさかのある二本足のトカゲが現れる。炎の竜の眷属と言われるファイアドレイクだ。丸っこい体に愛嬌のある目をしたモンスターだが、そう油断して、その大きな口から吐き出された炎の餌食になるものは多い。ファイアドレイクはマリスとツィーヌが闇に溶け込んだ道を疑いもしないで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら通り過ぎていく。


 気配を殺したまま、二人は駆けた。


 パーティはすでに十三階に降りていて、刺客たちもそれに続いていた。


「とにかくやつらをパーティから引き離そう。ツィーヌ、あれを頼むよ」


     ――†――†――†――


 地下十三階で刺客たちはやっと好機に巡り合えた。


 ファイアドレイクとの戦闘でパーティの陣形が崩れ、ランパートが逃げ出したのだ。


 四人は黙したままうなずき、逃げ足の速いランパートの後ろへ続く。


     ――†――†――†――


 エレットが続けざまに矢を放つ。

 ファイアドレイクの皮は燃えるように熱く、矢はこの炎の爬虫類に刺さる直前で、燃え尽きる。


「だめだ、こいつ、火の魔法がまったくきかない!」


「火以外使えないのか!」


「バルスーア人が氷の魔法なんて使えるかよ!」


「来るぞ!」


 すべすべした二本の足から放った蹴りをカレンの突きが合わせて、押し戻す。

 ファイアドレイクの足には鋭い爪が隠されていて、こうやって攻撃するときだけ素早く出してくる。


 バックステップで間合いを空けた途端、火の息が吹きつけられる。

 水霊のオイルを塗ったマントできわどく防ぐ。

 それでも無事なほうの右腕がひりひりと熱を感じる。二度、三度と防げるものではない。


「援護してください!」


 エレットが、すうっと息を静かに吸い、ゆっくりと弦を引く。


 そこに襲いかかるファイアドレイクの前に火属性の魔法から生成した閃光が弾ける。


「ダメージにゃあならんが、時間稼ぎにはなるだろ!」


 続いて、ロランドとアストリットが出る。


 竜の眷属と言われるだけあって鱗を隠した皮は容易に剣で貫けるものではなく、肉は弾力があって攻撃は弾き返される。


 一方、エレットの矢じりが震えながら霜を吹き始めた。白い空気の流れが渦を巻いて、矢じりの先端へ凝縮していく。


 ファイアドレイクが宙返りからの蹴り技を放つ。


 二人とも剣を真上へ飛ばされそうになるところをこらえるが、その反動で構えが硬くなった。


 そこへ丸っこい体をぐるぐるまわしながら、蹴り技をつなげていく。


 見かけによらぬ智将のごとき技のつなぎ方で、ロランドとアストリットは防戦一方に追い込まれる。


 あと、二合打たれたら、構えを崩され、顎と首へ致命的な一撃を食らうところで、二人は背中に真冬の嵐のような凍てつきを感じた。


 左右へ飛んで分かれると、エレットの狙いすました一矢が螺旋を描いて飛び散る雪を従えながら、ファイアドレイクの腹に深々と突き刺さった。


 燃えるどころか凍りつきさえしたファイアドレイクの体へ大上段からふりかぶったロランドとアストリットの剣が振り下ろされる。

 ファイアドレイクの硬直した体はバラバラに砕け散った。


 凍りついた肉が飛び散ると、最後の熱が氷を溶かし、残ったのは丸っこい緋色の透き通ったゼリー状の物質だった。


「おっ、これ、カネになるぜ。炎の魔法道具をつくる精錬作業でファイアドレイクの肉は重宝される」


「では、集めるだけ集めたら、一度帰還するか」


「その前に逃げたランパートを探さないと」


「余ならここにおるぞ」


 声がして振り返ると、確かにランパートがいた。


「あれ? おかしいですね? わたしも、ランパートさんが階段のほうへ走っていくのを見ていたんですが」


「んーん、何かの間違いでしょう? このわたしが敵を前に逃げ出すなぞありえませんからねえ。ん」


 ロランドたちは頭を傾げた。


 じゃあ、あの逃げたのは誰だ?


     ――†――†――†――


 暗殺者たちはついにとうとうダンジョンの外にまで出た。


 月のない夜。森のほうから灌木の枝葉がざわめくのがきこえる。


 ランパートを追った暗殺者たちは何も言わずに茂みへと走り込んだ。まるで生えている草のほうから彼らの体を避けるようにしんなりと曲がる。いくつかの棘が静かに肌を掻くことはあったが、同じ茂みを進んでも音が鳴ることはない。


 ランパートは弓の届く位置にはいたが、それでも確実に仕留めるなら、もっと距離を詰めたほうがいい。


 それに逃げる先は切り立った崖だ。


 もう、ターゲットの命は彼らの手に落ちたようなものだった。


 ランパートは崖のある砂地へとでた。ごうごうと流れる川が谷間を洗っている。


 暗殺者たちは茂みのなかで弓を取り出し、静かに矢を番えた。


 次の瞬間、四本の矢がランパートに襲いかかる。


 バシッ!


 白銀の剣が閃き、人肉を貫くはずの矢が地面へ斜めに突き刺さる。


 予想外の剣に暗殺者たちに動揺が走った。


 罠だ。


 そう感じた四人の暗殺者が身を返し、退却する。


 そのとき、足に熱した鉄を押しつけられたような痛みが襲いかかる。


 まるで壊疽を起こしたように両ふくらはぎがただれる。


 ランパートが残忍な笑みに顔を歪める。


「きみたちが突っ切った茂みはツィーヌの毒草畑だ。植えてあるのは〈引きはがしえぬ恋人たち〉。ボクから逃れようとすればするほど、足はただれ、やがて命を失う。死にたくなかったら、ボクを殺すしかない」


 暗殺者たちは一度にかかった。


 そのうち二人は捨て駒で残り二人でこの偽ランパートを狩る。


 ヒュン!


 剣がしなって、二人の捨て駒から血煙が噴き上がった。


 返す突きが三人目の下腹へ刺さり、そのまま一気に喉元まで切り裂く。


 偽ランパートの後ろについた最後の一人は捨て駒剣術の最終段階にかかろうとし、喉を掻き斬るべく組みつく。


 だが、体が触れるや否や、ひとりでに体が反転し、最後の暗殺者は崖から腕一本でぶら下がる身になっていた。


 それを偽ランパートが覗き込む。懐から取り出した小さな薬壜を飲み干すと、その姿は元のマリスに戻っていった。


 暗殺者は自分が無謀にも誰を相手にしていたのか気がついた。


 マリスはしゃがむと、短剣を抜き、崖をつかんでいる手に近づけた。


「ひ……た、たすけ、て……」


「ツィーヌ。どうする?」


 ツィーヌもやってきて、マリスの隣にしゃがんだ。

 そして、真っ赤な小瓶を取り出す。


 それを見て、マリスはクスリと笑った。


 ハンカチを口に当てる。


「これはバジリスクの髄液を精製してつくられる腐蝕薬よ。あんたなんかに使うのはもったいないくらいの希少品。これを目に垂らしたら、薬の熱で眼球が泡を立てて破裂し、そのあと、眼窩を焼いて穴を開けて、神経と血管にこれ以上ないくらいの激痛を与える。でも、脳が焼けるほどの量は垂らさない。そんなに簡単に死なれても困るし、さっきも言った通り、もったいない。それに目玉が破裂すれば、思わずその手も放すから落ちて死ぬ。で、ここからが大切なとこよ。今度のことに帝国はからんでる。問題はメダルの騎士以上の位にある人間がこちらに来るかどうか。この策謀を取り仕切っている帝国側の人間の名前をあげなさい」


「は、話したら殺される」


「話さなくても殺される。でも、話したほうが少しはチャンスがあるんじゃない? かつてのお仲間から逃げるのと、わたしたちから逃げるのなら、断然、かつてのお仲間から逃げるほうが簡単だし。で、名前は?」


「きゅ、宮廷顧問官――サラディナ伯爵だ。今回の侵攻計画の前段階を担当している。あんたたちのダンジョンに召喚させた魔物の出所も伯爵だ」


「こっちに来る予定は?」


「……も、もう来ている。作戦全体を監督するためにガンヴィルの帝国領事館に滞在していて――は、話したんだ、助けてくれ」


「ええ。ご苦労さま。死んでいいわよ」


 ツィーヌの靴のかかとが暗殺者の指を踏みつける。

 哀れな犠牲者は悲鳴を上げながら、谷底へと消えていった。


「薬の節約になった」


「マスターに知らせる土産もできたし」


「それ言うのはわたしの役よ。わたしが考えた作戦なんだから」


「わかってるさ。ツィーヌはマスターの喜ぶ顔が見たくてしょうがないんだからな」


「そ、そんなんじゃないわよ。別にマスターの喜ぶ顔なんて見たくないし」


「じゃあ、ボクが伝えてもいいのか?」


「ダ、ダメに決まってるじゃない!」


「しーっ! 声が大きい! まだ、死体が残ってる」


「とっとと谷に落とすわよ。それとマスターに宮廷顧問官のことを伝えるのはわたしなんだからね」


「はいはい。でも、マスターのためじゃないんだよね?」


「そういうこと。わかってきたじゃない」


「そりゃ付き合いも長いから」

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