第二十六話 ラケッティア、山羊退治。
オレステアの街にはアサシン向けの原宿みたいな場所があるらしい。といっても、きいた話では狭い通りに暗殺用の武器や黒装束を吊るして、さらに狭くしているらしく、原宿というよりはむしろアメ横の態だ。
さて、そんなアサシン少女たちの巣鴨から帰ってきて、早々、四人は着替えて、買ってきた勝負服――って言えばいいの? まあ、その手のものをおれに見せてくれた。
で、どうだったか、感想をねだられた。
おれの感想――黒い! 以上。
「ぎゃあ! つねられた! 思いっきりつねられた! 痕が残るくらいつねられた!」
「マスター!」
わかった、わかった、わかりました。
ちゃんと見ます。しかもハイテンションなやり方で。
「さあ、今年もやってまいりました! アサシン・ガールズ・セレクション! さあ、今回もガールズたちが、どんなアサシン・ファッションを極めてくるのか、見せていただきましょう!
エントリーナンバー一番。マリス! コンセプトは暗黒剣士! 黒で統一したなかで白いマスクがアクセント。つぶらな瞳も凍りつかせるマスク越しに見つめられれば、あなたのハートはカチンコチン!
エントリーナンバー二番。アレンカ! ぴったりハイネックのミニスカドレスで背伸びがしたいお年頃。ストッキングのかわりに薄手の黒いレギンスをつければ、パンチラなんか怖くない!
エントリーナンバー三番。ツィーヌ! ウェストを絞り込んで体のラインを強調しつつも、シックな装いのドレスは毒入り試験管が山ほど隠せるでおしゃれと実用性を追求。
エントリーナンバー四番。ジルヴァ! 普段と変わらぬ黒装束と思うなかれ、その首元にきらりと決めたクロス・タイがシャープにおしゃれを演出。
――こんな感じでよろしいでしょうか?」
「うん。だいぶよくなった」
「むーっ、アレンカは背伸びなんてしてないのです」
「可もなく不可もなく」
「100点……」
ジルヴァさんの優しさが身に沁みます。
で、仕事の話。
「まあ、皆の衆もきいているかもしれないが、どこかのろくでなしがうちのダンジョンに強いモンスターを勝手に入れて、冒険者をボコボコにしてる。誰がやったかは分かってる。この土地をおれに売ったブノワンって貴族とそれにメダルの騎士っていうガルムディア帝国のスパイ。それにブノワンの従兄で異端審問官をやってるセビアノとかいう畜生も一枚噛んでる」
「殺す相手は三人しかいないから、一人余るわね」
「あみだくじで決めるか」
「まあ、待て待て。すぐにぶっ殺すわけにもいかない。一人ずつ殺っていったら、次の一人は警戒する。こちらとしては相手の人数が出そろったら、一度に片づけたい。それに目下のところ、きみらにつぶしてほしいのはダンジョンのモンスターのほうだ。噂じゃ山羊頭の化け物以外にも魔法で動く機械もいるらしい。なわけで、新衣装の初陣をしてもらう。できる?」
マスターの仰せのままに。
四人は急に真面目な顔して軽く後ろに足を引き、頭を下げた。
――†――†――†――
やっぱ強えな。この子たち。
アレンカの指先から走り出した電撃が鞭のようにしなって〈機械〉を打ち据えると、相手は真っ二つに裂けてから燃え出した。
ジルヴァはピンボールみたいに飛び回って、山羊の首を片っ端から刈り取り、ツィーヌの毒がモンスターの内部から命を食い荒らし、マリスは闘牛士みたいに敵を翻弄しながら、急所へと剣を埋めていく。
デビルゴートの死体は折り重なって倒れて、いよいよ敵の本尊のあるらしい砂地へたどり着くと、翼の生えた山羊の悪魔が胡坐を掻いて宙に浮いている。
そいつが指を一本空にかざすと、地べたが盛り上がり、三体のデビルゴートが姿を現す。
「倒しても倒しても減らないわけだ。アレンカ、ホントに大丈夫?」
「大丈夫なのです。あみだくじで敵の大将はアレンカが殺ることになってるのです」
「ホントにアレンカにできるの?」
ツィーヌのちゃちに、アレンカは、いーっ、として返す。
そして、計四体の敵に対峙すると、
「キャンペーン中だから選ばせてあげるのです。ねじり切るのと、絞り尽くすのと、押しつぶすの、どれがいいですか?」
ガアアッ! 三体のデビルゴートがアレンカに襲いかかる。
そして、三者三様のひでえ死に方。
足元から巻き上がった局地的な竜巻で胴体からねじ切れたやつ。
眉間から生えた苗木の光輝く木の実に吸い取られて搾りかすになったやつ。
重力の遊び場に迷い込みベキベキと壮絶な音を鳴らしながら豆粒サイズに縮んだやつ。
「なあ、マリス。今、アレンカ、キャハハって笑ってなかった?」
「それは笑うさ。アレンカだってアサシンだ。サイコパスと少女のきわどい綱渡りをすることくらいある」
「――これ、終わったら、アレンカ、元に戻れるのか?」
マリスは闘牛士を片っ端から殺しまくった牛が大人しく牧場に戻るたとえを引いてから、肩をすくめて、なるようになる、と言った。
おれの心配もよそに、アレンカは至極楽しそうに山羊悪魔の親玉に宣告する。
「パンパカパーンなのです! あなたには三つまとめてプレゼントなのです!」
その後、山羊悪魔の元締めがどうなったか――オエッ、今日、おれメシ食えるかな?
とりあえず、山羊どもの討伐は終わった。
自分の出したクエストを自分で解決したのでは八百長を疑われるが、そもそもダンジョンそのものが八百長なのだから屁でもない。
「しかし――物の見事にぐちゃぐちゃだな。証拠になるもの、残ってるのかな?」
「あうう。マスター。ごめんなさいなのです」
「あ、いいんだよ。別に。考えてみると、おれケーサツじゃないから、物的証拠なんてチマチマ集めなくても、あいつがやった間違いないってカンだけで動けるし」
「じゃあ、マスター、パンパカパーンなのです! マスターに三つまとめて――マスター、どうしたのですか?」
アレンカが不思議がるのもさもありなん。
おれはギャアアとパニくって、秋深い森の腐植土の積もる大樹の洞へ逃げ隠れすべく、頭から突っ込んでいた。
「マスター、違うのです。マスターがアレンカに任務遂行のご褒美をあげるキャンペーンなのです」
大樹の洞からびびったタヌキみたいに顔をちょっと出して、たずねる。
「ねじり切られるのも、絞り尽くされるのも、押しつぶされるのもなし?」
「むーっ、アレンカがマスターにそんなことするわけないのです!」
「そうだ、そうだよねえ。あー、ビビった。で、ご褒美だっけ? いいよ、なんでも好きなもんつくったる。パイも、ケーキも、タルトも、なんでも来いだ」
「ホントもホントにですか?」
「ホントにホント」
嬉しそうに、わーい、とはしゃぐ少女の可憐なことよ。
その笑顔が山羊どもと文字通り潰したときのものと寸分変わらぬものであることを言うのはヤボだ。
いや、アカンことだとは思うのだけど。
でも、おれ、マフィアだし。まあ、いいか。
それに偉い人も言ってます――かわいいは正義だって。




