第三話 ラケッティア、評判を立てる。
ダンジョン近辺の土地とそこで商売する権利を持っている貴族と交渉し、土地と権利と建物を二束三文で買いたたく。
なにせ、人に悪さするモンスターがわんさといるダンジョンがある土地だ。
向こうはこっちの言い値で手放した。
たぶん、相手はおれがダンジョンのことを知らずに土地を買ったと思い、しめたもんだとほくそ笑んでいるだろう。
まあ、三か月以内にその決断がとんでもねえ誤りだったと思い知らせるとしよう。
さて、おれのイカサマダンジョンをつくるにあたって、二つのものが必要だ。
その1 評判。
その2 インフラ。
このどちらもガンヴィルで手に入れられる。
ガンヴィルというのはダンジョンから北に五時間ほどで着く港町だ。
港町ということだけあって、いろんなところから物なり人なりが集まる。
が、若干、土地が北に寄り過ぎたせいか、涼しい風も十回に一度は涼しすぎたし、港町が持つ陽気さも色彩も欠けている。
なんとなくアンニュイな月曜日みたいな街なのだ。
そのせいか、貿易商から床屋の小僧までガンヴィルの人間はみな来る来ると言われ続け、ついぞ来たことのない金塊運搬船の話をしている。
そうした人間のなかには金塊運搬船のことは忘れて、冒険で一旗揚げようというやつがいる。
そいつらにうちのダンジョンに来たくなるような噂を流す。
ウェストエンドを出るとき、カノーリ脱税で儲けた金の一部を宝石に変えた。そのうち三つ、金貨二千四百枚相当を現金化することにした。
武具甲冑を商う店で買った適当な鎧と剣、魔法使いっぽいローブなどなどを身につけ、五人でいかにも駆け出しの冒険者でございといった体裁を整える。
行く先はオークション・ハウス。
市内の一番大きな通りの一番賑わう場所につくられた白亜の豪邸みたいな建物で丸く出っ張った玄関が三方に出入口を開けている。
なかは飾りだの灯りだの音楽だのが、なんとまあ、きらびやかで、『そんじょそこらの借金返さないドアホのパンツを売っぱらう公営質屋の競売場とはワケが違うんですよ』感が満ちみちている。
ちなみにおれはみちみちているって言葉がきらいだ。
ミツルの名はみっちゃんのあだ名を蒙る。そして、みっちゃんのあだ名を蒙ったものはみっちゃんみちみちウンコして、紙がないから手でふいて、もったいないからなめちゃったと歌われる運命にある。
おれの小学生時代の半分はこの歌をきくことに費やされた。くそったれめ。
この異世界の気に入ったところの一つにはこの歌が存在しないことも挙げられる。
ともあれ、いまは目の前の問題に専念しよう。
玄関ホールは吹き抜けで、アーチの上で小さなオーケストラが上流階級な音楽を垂れ流している。
受付らしい赤いお仕着せのつるっぱげにオークションに出したいものがあると言うと、
「お客さまは当オークション・ハウスのオーナーと既に手続きを終えていますでしょうか?」
と、鼻にかかったキザな声できいてきた。
「うんにゃ」
「申し訳ございませんが(ぜんぜん申し訳なさそうにきこえねえんだけどね)、オーナーのルックウェル氏の許可のないものを出品することはできません」
「そのルックウェルってのに頼めば、出品できるんだな?」
「左様でございます」
「じゃ、ルックウェルに会わせてくれ」
「お客さま、アポはお取りですか?」
「うんにゃ」
すると、つるっぱげは丁寧でありながら人をナメたふうな顔でにんまり笑った。
世の中には人をナメた笑顔をするために毎日鏡に向かってたっぷり二時間練習するやつがいる。
その一方で、生まれもったゲスな根性のおかげでそんな練習しないでもいくらでも人をナメた笑顔を見せることができるやつもいる。
おれの目の前にいるのは、どっちか。努力家か生まれもったゲスか。
その判断は保留しておく。
さて、つるっぱげが、こいつ馬鹿じゃねえの、って感じの顔をしている。
背後からはマスターを馬鹿にするやつは死あるのみ、といった具合の物騒な殺気を四人分感じる。
前門の虎、後門の狼。
愚弄と殺気のあいだに挟まるのは辛いよ、ママン。
まあ、つるっぱげが何を言うかきこうか。
「申し訳ございませんが(だから申し訳なさそうにきこえねえっての!)、ご主人さまはお約束のない方とはお会いになりません。どうしても、お会いになりたいのでしたら、あちらで最後尾にてお待ちください」
つるっぱげが嬉しそうに手で示した先にはまた別の部屋があった。
貴族だの商人だのが、まるで自分が競売にかけられる豚か牛みたいにぎゅうぎゅう詰めにされていた。
こんな扱いをされても文句ひとつ言わないところを見ると、やつらは生まれついてのマゾヒストか、あるいはそれほどカネに困っているかのどっちかだ。
そのどちらでもないおれは金貨一枚を受付に叩きつけるように置く。
「失礼ですが、お客さま。まだ、お名前を伺っておりませんでした」
「来栖だ」
おー、おー、つるっぱげ、いい笑顔見せるじゃねえか。
おめでとう。生まれついてのゲスに決定だ。このクソゲス野郎。
「では、クルスさま。こちらへ。ご主人さまの執務室へご案内いたします」
カネでこの世の全てが買えるとは思わない。
だが、この世のもののうち、99.999……%はカネで買うことができる。
オークション・ハウスの扉を開けて、オーナーと直談判する権利だって、買えるわけだ。
オーナーのルックウェルはツートンカラーの靴を履いた中年オヤジで、カネに詰まった貴族のお宝を売っ払っていくうちにプライドが膨張したらしい。
自分に会った人間はみなお宝を差し出さずにはいられないというへんてこな誤解をしていた。
「まずはものを見てみないとなんとも言えませんな」
で、おれは宝石を三つ、テーブルに置いた。
それをルックウェルが手に取ろうとする前におれがかっさらう。
「その宝石、どこで手に入れました?」
「ここから五時間行ったところのダンジョンで見つけた」
いま、このおっさんは最近、どこかで宝石が盗まれた事件がなかったかどうか頭をフル稼働させている。
で、検索エンジンは空しく、ゼロ件と告げた。
「なるほど。道理で」
「なにが道理で、なんだ?」
「カットが雑です。ですが、せっかく持ち込まれたので、どうでしょう? その宝石を一つ金貨八十枚、全部で二百四十枚でこちらが買い取るということで」
これはアルドの王室御用達の店から金貨二千四百枚で買ったんだぞ、このボケ。
おれは銀製の筒を取り出すと、それの蓋を外して、なかの書状を取り出して、ルックウェルに見せる。
「『王都アルド在住の宝石商ウィラード・セヴィルは以上のルミス石が金貨二千四百枚相当の価値があることを認めます』。これはなんですか?」
「鑑定書だよ。なんだ? 見るのは初めてか?」
「ですが、あなたはこれをダンジョンで拾ったと」
「拾ったのはダンジョンだが、きちんと鑑定してもらわないとな」
「鑑定なら、なにもアルドへ行かずともこのガンヴィルでもできますよ」
「不実なオークション主催者の手がまわっていると面白くないことになるからな。でも、ここじゃ十分の一で買い取るって話だし、よそをあたろう」
おれが立ち上がると、ルックウェルは大慌てで立ち上がる。
そりゃそうだ。手数料は落札価格の一割取るんだから。
「まあまあ。そう決断を急がないでくださいよ。二百四十枚というのはオークションの開始値段ですよ」
「いや。あんたは買い取るって言った。なあ?」
おれは四人の証人に証言をもとめる。
「ああ」
「マスターの言う通りなのです」
「確かに言った」
「嘘……」
ルックウェルは胸ポケットからハンカチを取り出すと、しきりに首筋を拭き始めた。
海外リーガルドラマ不滅の金字塔『ロー&オーダー』なら、裁判を中止して司法取引を申し込む場面だ。
「いや、わたしは……」
「いいか。この街から半日もかからないところで、こんな宝石を隠してるダンジョンがある。そのうわさが広がれば、それこそガンヴィルの、いや世界のそこいらじゅうから一攫千金狙いの冒険者がやってくる。そいつらがダンジョンでお宝を見つけたら? それを換金しようとしたら? もし、そのとき、あんたがおれたちをナメてかかり、カモにしようとして戦利品を十分の一で買い叩こうとしたことが知れ渡ったら? 評判はガタ落ちだ。誰もあんたのオークション・ハウスにお宝を持ち込まず、あんたはガンヴィルのあらゆる産業がダンジョン景気で沸いてるのをただ指をくわえて見るハメになる」
ルックウェルの顔が蒼くなる。
守銭奴はいつだって物事を最悪な面から考えてしまう。
で、おれはラケッティアだから、物事はワルいほうから考え、話を切り出す。
「で、手数料は落札価格の十パーセントだったよな? これについて、何か言うことがあると思うぜ。ん?」




