第二話 ラケッティア、ダンジョンをゲットする。
この世界にも魔物がいる。
魔物の定義は若干曖昧だが、単体でうろつく人食いモンスターから徒党を組むゴブリン盗賊団まで、とにかく人間を見ると悪さしたくなる不細工な生き物がいるにはいるのだ。
「て、ことでダンジョンもあるわけだ」
そのダンジョンはアルデミル王国北西部のリュデンゲルツ地方にある。
馬車で北へ北へと逃げて一週間。
森のなかで宿はないかと探していると、かなり大きな無人の旅籠が一軒見つかったのだが、そこから数分のところに怪しげな洞窟を見つけたので入ってみたら、案の定ダンジョンだった。
ダンジョンもまた定義があいまいだが、魔物がいて、お宝があって、迷路みたいになっていて、さらに罠なんかあったら、たぶんそれでダンジョンとしての体裁は整うのだろう。
さて、このダンジョン。
造りとしては自然の洞窟を利用したものだが、石棺の並んだ小部屋やどっしり重い扉で閉ざされた祭壇みたいなものがあることもあったし、それにお宝もあった。
アーサー王の剣みたいに岩に突き刺さっていた両手持ちの剣。
白い炎がなかで燃えている不思議な紫水晶の玉。
聖騎士らしい骸骨からかっぱらった鎧だの盾だの剣だの一式。
「これ、全部でいくらくらいするのかなあ?」
マリスは金貨二百枚。アレンカは金貨千枚。ツィーヌは銀貨五百枚と踏み、ジルヴァは指を三本立てた。
「金貨三百枚?」
ふるふる。ジルヴァは首を横に振る。
「じゃあ、三千枚?」
ふるふる。
「三十枚? 三枚?」
ふるふる。ふるふる。
「まさか――三万枚じゃないよな?」
「三億……」
むせた。
「いやいや、いくらなんでも三億はないだろ? なあ、お前、どう思う?」
おれが話しかけたのはおれと同い歳くらいの、これまた耽美系の、太陽なんざくたばっちまえと言わんばかりの暗い目つきをしたイケメン魔法使い。
黒いコート、黒いインナー、黒い脛当て、黒い手袋、黒い紙の黒魔術書、で、魔法も黒い炎とか黒い風とかで、そうした黒い小道具どものせいでビタミン足りてなさそうな蒼白い顔とくるぶしまで届く白い髪がより蒼白く見える仕様になっとります。
で、それがアサシン娘四人にズタボロに負かされて、今はアレンカがつくった結界のなかに閉じ込められている。
「殺せ……」
さっきからこればっかし。
「そんなつっけんどんに言わんでもいいでしょーが。これでも気をつかって話ふってるんだぜ?」
「はやく、殺せ……」
「マスター、本人もこう言っているんだし、ここはお言葉に甘えて、さくっと殺っちゃえば?」
「殺っちゃえば、って、ツィーヌ、お前。気にならないのか? どうして人間のくせにダンジョンのボスなんかしてるんだって?」
そう。この少年。
このダンジョンの主なのだ。
ダンジョンといっても深さは地下三階。
ジャパニーズ・リアルダンジョン『シンジュク・ステーション』には遠く及ばない代物だ。
「まあ、なんとなく理由は予想できる」
おれはポケットから銀の装飾がほどこされたひし形のロケットを取り出した。
「き、貴様……ッ!」
「お前があいつらと戦ってるときに、落ちたのを見つけたんだ。その反応からすると、大事なものと見た。さて、なかに誰がいるのかなあ?」
「それに触るな! ――グッ!」
「アレンカの結界は強烈だから、あんまり動かないほうが身のためなのです。えっへん」
ロケットを開ける。
オルゴールから音楽が流れだした。
緻密な着色をされた細密画。描かれているのは微笑む美少女だ。
金髪のポニーテールに、小づくりな顔、目が珊瑚礁のある海みたいな色をしている。
「当ててやろう。この女の子、お前の恋人か妹だな? それが理不尽な理由で殺されて、世の中恨んで、悪魔かなんかに魂を売って、こうしてダンジョンに閉じこもり、入ってきた人間を片っ端からぶち殺そうとしている」
「……」
黙っているが、おれの目をまともに見ようともしない。
こりゃ、図星だな。
「分かりやすいやつだな。おれがいた世界ではお前みたいなやつを中二病患者と呼んだもんだ。でも、分からないのは世の中をそこまで恨んでるくせにどうしてこんな穴倉に閉じこもっているかだ。魔物どもを率いて、外に出たほうがもっと悪さもできるだろうに」
「マスター、マスター」
「なんだ、アレンカ?」
「この人の魔法は特殊な魔法で呪縛の魔法なのです。魔物を生み出せるし、ダンジョンも広げられるけど、ここから動くことができないのです」
「ほー。それが力を得る代償なわけか」
イケメンどのはだんまりを決め込むつもりらしい。
でも、おれは放っておくつもりはない。
だって、すっごくいいこと思いついたから。
「なあ、このまま、おれたちにぶっ殺されたら、それで終わりだぞ? お前がどこまで報復したいかは知らないが、ゴッドファーザー・パート2のデニーロみたいにとことんやりたいなら、手助けしないでもないんだ。
いいか。お前の目の前にいるのは正義の勇者さまご一行じゃない。アサシン四名、ラケッティア一名のファミリーだ。もし、おれと取引するなら、これからも好きなだけ人間をいたぶらせてやる」
「なんだと……」
「つまり、悪魔ともう一回取引するつもりはないかときいている。自慢じゃないが、おれは前の悪魔よりもずっとずるがしこい自信がある。おれの言う通りにやれば、お前の恋人を殺して、平気のへっちゃらでいる世の中にバリバリ報復できる」
銀のロケットを放ってやると、ダンジョンの主はそれをパシッとひったくるように受け取る。
「詳しく話してやる。もっとこのダンジョンに人間が来るようにおれが仕込む。で、お前の生み出すモンスターが冒険者たちに襲いかかる。でも、殺したら、それで終わりだ。それよりも、麻痺、毒、混乱といったステータス異常の数々をぶち込み、半殺しにして外に放り出したほうがずっとずっと人間はビビり、夜寝るたびに悪夢にうなされること間違いなし。世の中はこのダンジョンの名前をきいただけで、びっくらこいてひっくり返るようになる」
「……」
「おれは来栖ミツル。そっちは?」
「……レイルク」
「よーし、レイルク。悪魔と取引するか?」
レイルクはおれが差し出した手を、かなり迷った末に握りしめた。
――†――†――†――
「でも、意外ね」
ダンジョンの外に出ると、ツィーヌが不思議そうな顔でたずねる。
「何が?」
「マスターって、悪いことはするけど、必要以上に人をいたぶる趣味はないと思ってた」
「そんな趣味ないぞ」
「だって、下であのレイルク相手にもっと人間をいたぶれるって――」
「ああ、あれね。あれは嘘だ」
「は?」
四人がぽかんとした顔をする。
「レイルクにはうまく言いくるめて、このダンジョンに入る連中を殺させず、ボコボコにするくらいで外に放り出させるつもりだ」
「わからないな。そんなことして、どうするんだい?」
「宝がある。冒険もできる。しかも、魔物に負けても命を失うことはない。そんなダンジョンがあれば、冒険者たちはこぞって、そのダンジョンを訪れる。人が増えれば、いろんな要求が出てくる。宿がほしい、酒がほしい、回復アイテムがほしい。それをこちらはお金と引き換えに叶えて差し上げる。もっと客を集めたいと思ったら、どこかから貴重なアイテムを買ってきて、ダンジョンに埋める。
要するに、このダンジョンで八百長をする。勝ちもせず負けもせず、冒険者たちがカネを落とす仕組みを確立するんだ」




