第十六話 ラケッティア、ランドマーク。
机の上には銀貨と銅貨が別々に積まれている。
ナンバーズのアガリだ。
窓から通りを見下ろせば、コーデリアが買いつけたいろんな中古手袋が手押し車に満載されて、市場のなかへ持ち込まれるところだった。
〈ラ・シウダデーリャ〉も縄張りとして立派に育ってくれた。
まばらだった店も、今ではテナント満員御礼。
店を出す権利は高騰していて、〈ラ・シウダデーリャ〉を囲うようにして出店候補者たちが屋台をつくる。
肝心の市場のほうが簡単な板屋根が取りつけられていて、バザールのようだ。
まあ、川向うのグラン・バザールには負けるが、リーロ通り沿いの区画にある個人市場のなかでは最大の規模を誇る。
時計を見る。午後二時半。
四人娘とは午後三時と約束している。
え? どこに行くのかって?
カラヴァルヴァの地図を見てる人なら分かると思うけど、市街の西、サン・イグレシア大通りの先に戦車競技場がある。
かなり大きな競技場でそこではローマ帝国を彷彿させる二頭立て戦車の競争が行われている。
そのノミ行為をできないか偵察に行くのもあるが、カラヴァルヴァに来て、だいぶたつのに都市のランドマークに忙しさにかまけて、ずっと足を運ばないというのは、自営業の悲しさよ。
で、四人娘たちの遠足計画をきき、おれも混ぜてもらうことにした。
さて、仕事に戻る。
〈ちびのニコラス〉はクルス・ファミリーの根拠地として、組員の福利厚生に役立っているし、白鑞職人に特注でつくらせたボストン・シェイカーがもうじき届くからジャックのレパートリーにコールド・ドリンクが増える。
カラヴァルヴァは屋台にバナナが並ぶ土地だから夏になれば、大活躍だろう。
「ぶち殺すぞ、この野郎!」
一階の酒場を受け持ってるグラムの大声がここまできこえてくる。
生粋の武闘派だったが、あのときはこっちに残らさせ、印刷所に送った。
というのも、印刷所からディアナが消えると、フストがギャンブルしに行くのを止めるのはギル・ローだけで不安だったからだ。
また、公営質屋から印刷機械を強奪するなんてゴメンだ。めんどくさい。
馬車が板バネの上でガタゴト車体を揺らしながら、通りへ面した出口を塞いだ。
チペルテペルの黒ワインが届いたかと思ってみると、ツィーヌが手綱を握る箱馬車がついていた。
「マスター、はやく! レースが始まっちゃう!」
「ちょい待ち。故買屋に卸した香辛料の計算したら――」
「マスター!」
「いま、今行くから!」
開いた扉に頭から飛び込むと、馬車が軽快に動き始めた。
街並みは後ろへ流れ去り、剥いたエビの臭いがする北河岸通りのそばで馬車が陰った。
窓を開け、雲を貫く空中庭園を仰ぎ見る。
螺旋状に伸びる表面には叢林と遺跡と南洋の鳥たち。
相変わらず見事だ。
まあ、影は雲が太陽にかかったからで、さすがにこの時刻にあの塔の影がここまで伸びることはない。
だいたい、今は西日なわけだし。
「あれも立派なランドマークだなあ」
「どうしたのですか?」
「スロットマシンの修理だの、高額ポーカー向けの部屋の整備だのでまたカネがかかる。もっとデカい縄張りが必要だな」
「フィフィたちがお酒のつくり方を教えて欲しいって言っていたけど」
「うん。ジャックに教えるように伝えておいてある」
フィフィ、というのは、あのもふもふたちの正式名称だ。
まあ、もふもふという呼び方もまだ使っているが仕方ない。もふもふしてんだもん。
「ロムノスは結局、出ていったそうだ」
「そうかあ」
フィフィたちからロムノスを許してほしいという嘆願書をもらっていた。
カジノが地面にめり込んだときは、総動員をかけるほどカッカしてたけど、事情が分かって、塔が元通りになり、フラミンゴたちが戻ってくると、その怒りも雲散霧消した。
「別に出ていくことはなかったのになあ」
おれが普通にあの核をぶち壊したのを見て、後悔したそうだ。
おれの首を胴から切り離そうとしたことを。
生真面目なやつではある。生き方不器用だけど。
「それに比べると、おれは生き方器用だからね。こうやって美少女たちと戦車競技場に繰り出すわけだから」
「ボクらが何度も呼ぶまで仕事机から立たなかったくせによく言うよ」
「マスター、無理はしないで……」
「とは、言いますがね、カジノはますますカネがかかる。もう二万枚はぶちこんでる。手持ちの現金も金貨で三千枚とちと寂しい。縄張りを広げないと――って、なんか、この馬車、速度がどんどん上がってるぞ。おい、ツィーヌ! おれたちがレースに出るんじゃねえんだぞ、って、わあああ! ぶつかる無理死ぬ死ぬ、ひょえええっ!!!」
カラヴァルヴァ ドリーム・オブ・フラミンゴ編〈了〉




