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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ドリーム・オブ・フラミンゴ編
192/1369

第九話 ラケッティア、脅迫される。

「あれだけでかい商売をしてれば、命の一つや二つ狙われて当然だろ」


 デモン通りの印刷機械を操りながら、フストが言った。

 青銅製のクランクを三分の一回転すると、大きな厚紙を乗せた薄いカートのようなものが進んで、さらに三分の一回転でインクが捺されて、××ちょめちょめな絵が二十五個、焼きつけられたみたいにしっかりと乗る。

 そして最後の三分の一回転で、映画の『CUBE』に出てくるトラップみたいなギロチンが寸分の狂いもなく裁断し、二十五枚のエロ・カードが出来上がる。


 印刷がずれるとか、色が滲んで絵が崩れるということは絶対にない。


 ギャンブルはド下手なフストだが、印刷技師としてはカラヴァルヴァで最高だ。


「それより、どうしておれがカジノに入れないのか、ぜひききたいもんだ」


「タコが自分の足を食ってたら意味ないだろ」


「大丈夫だって。おれが勝ちすぎたらまずいから、たまに相手に勝たせてるだけなんだぜ」


 おれはこの臆面もない虚偽申告を前に、護衛についてきたジルヴァに助言を求める視線を送ったが、ジルヴァは手遅れのがん患者でも看た医者みたいに首をふった。


 印刷所には南向きの大きなテラスがあり、そこでディアナ画伯オリジナルのエッチなおっぱい絵が洗濯物みたいにぶら下がっている。

 肝心の画伯はというと、その幾列にも張り渡されたエロ絵のあいだで鍛錬の剣舞をしていた。

 剣が絵を切らないようにしつつ、一秒たりとも制止しないその洗練された技を見ると、ますます彼女がすっぽんぽんの絵で世の中渡っていこうと思ったのがあり得ない話に見えてくるので困る。


 ギル・ローはフレイとの会話で得た様々な言葉を編纂するのに忙しいらしく、製図台みたいな机に大きな帳簿をのせて、細かい字がびっしりと綴られている。


「なあ、師匠は来てないのか?」


「フレイ? 先にカジノに行ってる。何でも用があるんだって」


「師匠に用が? 珍しいな」


「そういや、そうだな。自分の用件なんてものを口に出すのがそもそも珍しい」


「なんて言って、その自分の用件を切り出したのか、一言一句違いなく教えてくれ」


「そんなの覚えてるわけないっしょ。本人にきいたらいい。おれたち、これからカジノに向かうけど、一緒に来るか?」


「もちろんだ。ここにいても、しょうがない。おれには大いなる飛躍が必要なんだ」


「飛躍するのは結構だけど、カジノの屋上から飛躍しないでくれよな。評判によろしくない」


「あ、おれも行く」


 と、フスト。


「駄目だ」


「なんでだよ」


「あんたはギャンブル中毒だからだ」


「仕事は終わってんだぜ。今日の分の絵は刷り上がってるんだ」


「カジノの信用部門を統括してるもふもふから『借金のカタに印刷機を抑えたでち!』なんて報告ききたくないからな」


「分かった。絶対ギャンブルしないから」


 ここでよい子のみんなに質問だけど、フストのこの約束、信じてもいいと思う?


 おれは思わねえな。


 印刷技師フストのもう一つの才能は、そこいらの道端にあるものをギャンブルにしてしまうことだ。

 道に敷かれた石の形だとか、屋台の果物だとか、窓ガラスのでこぼこだとか、普通の人間なら気にもとめない日常要素からギャンブルを抽出する。

 なんかその才能一つでそういう漫画がかけそうな勢いだが、この男は自分で考案したギャンブルにことごとく負ける。


「だから、ダメ。お留守番してなさい」


「へー。そんなこと言っていいのか。おっと、カードを一枚落としちまったぜ」


 落としたというより、おれの足元に落ちるように弾いたといったほうが正確だが、まあ、拾ってみた。


 ――って、なんだ、こりゃあ!


 おれとトキマルがすっぽんぽんになって、××ちょめちょめしてやがる!


「こらあ! なんじゃ、こりゃあ!」


「画伯の最新作だ」


 ちょうど、剣舞の鍛錬を終えたディアナが首筋の汗をぬぐいながら、やってきた。


「描いたが、何か?」


「え、なに? すっごい当たり前みたいな言われ方。これ、常識外れなのはおれのほうなの?」


「わたしはとりあえず何でも描いてみる主義でな。今度はお前とエルネストが――」


「いや、もう結構です。それ以上知りたくないです」


「そうか。そういえば、児童ポルノは禁止だったな」


「それ以前の問題だ」


「この絵、そんなに下手か?」


「うますぎる。だから、余計にあかん――おい、フスト、まさかこの絵、刷ってないだろうな」


「刷ったぜ。百枚ほど」


「ふぁっく!」


「まあまあ。安心しなよ。もう梱包してあるけど、まだ出荷はしてない」


「当たり前じゃ!」


「そこで最初の話だ。おれをカジノに連れてってくれたら、カードの隠し場所を教える」


「て、てんめえ、ボスを恐喝するのか」


「ただカジノに行って、見て、帰る。これだけだぜ。いいじゃないか」


「ぐぬぬ」


     ――†――†――†――


 憤懣やるかたない。

 しかし、条件を呑むしかない。


 そうせねば、おれがこの異世界でコツコツチマチマ築いた社会的地位を失うことになる。


 印刷所を出て、しばらくいくと、通りの真ん中でサアベドラが自分の二倍の大きさはある大男と戦っているのに出くわした。


 相手はカジノ目当ての客らしいが、事もあろうに魔族居留地にイドを持ち込もうとしたらしい。


 サアベドラは体格差を補うべく、素早さを武器に大男と戦っている――わけはなく、いつもの通り、足さばきゼロ、スタミナだけが勝負の正面からの殴り合いに徹している。

 鼻血をぬぐいつつ、銀のとんがり付きの手袋に包んだ小さな手をぎゅっと固めて、容赦なくボディを攻めるサアベドラに対し、相手の男はまるで杭でも打つみたいにサアベドラの頭に真上から拳の雨を降らせていた。


 北斗の拳でよくあるように、この手のデカブツにはチビで悪知恵の働く兄貴がついているのが相場で、ここでも赤い革のチョッキにナイフを呑んだチンピラが安全な位置からあまり役に立っていないアドバイスをしきりに弟に送っている。


 形勢は五分五分だった。

 顔じゅう血まみれのサアベドラは足がふらつき出していたが、それでも容赦なく打ち続けたボディは大男にダメージを蓄積させていた。

 男がついに苦しげに上体を曲げると、次の瞬間にはのけぞって、背を反らしたまま、後ろへぶっ倒れた。


 サアベドラ渾身のアッパーカットが炸裂したのだ。


 兄貴のほうは弟が倒れたのを見て、逃げようとしたが、ディアナが足をひっかけて転ばした。

 ナイフがカラカラと音を立てながら、石畳の上を回転する。


「ありがとうございます」


 と、体の関節をポキポキ鳴らしながらお辞儀するサアベドラに、ディアナは首をふって、


「礼にはおよばない」


 その後、チビの身に起きたことは公共広告機構の反覚せい剤CMよりも恐ろしかったとだけ言っておく。


「まったくイドなんかに身も心もゆだねるなんて、おれには理解できないねえ」


 と、ギャンブルに身も心も印刷機械もゆだねたことのあるたわけが申しております。


 こうしたこと全部はみな空中庭園の日陰のなかで行われている。


 なにせあの高さとデカさであるから、魔族居留地の半分が日陰になってしまっている。


 日照権などもろもろの問題が出るかと思うが、魔族は気にしていない。

 というより、ちょっと薄暗いくらいのほうが居心地がいいらしい。

 そういえば、もともと、道が狭くて薄暗い感じの街だった。


 パラヤのフライを売る屋台のそばで、超美形ヴァンパイア魔族が二人、トップ会談をしてる。


「あの大きな塔ビグ・タワーぐーんと伸びて以来、日陰が増えたんだや。これもサタンに暮らしてるブラッダへの贈りもんだや」


「ブラッダ、あれェ見るんよ。コンドルがいっぱい飛んでるだや」


「あんな色のコンドルおらんだや。あれ、フラミンゴ言うんよ」


「ほえー、きれいな鳥だや。八百年生きてて初めて知ったんよ。まじサタンに感謝ラブ


 空中庭園の出現以来、カルリエドは隣りの土地でまた石を切っていた。

 元はと言えば、カルリエドの地所に出来上がった空中庭園だが、物欲希薄な美形の魔族は空中庭園が出現したその日の午後には隣の岩盤にツルハシをぶち込んでいた。


 今、新しい石切場は深さ十メートルのすり鉢状の穴になっていて、穴の底にはピンと張った大型のテントとカルリエドたちがメシを食べるのに使うテーブルが置かれていた。

 テーブルにはデモン粉100%の世界一タフなパンケーキが焼き上がっていて、パンケーキにつけるサワークリームの壺や塩漬けにしたニシンの卵を持った鉢があり、どろりと濃厚な激辛スープが溶岩みたいにぶつぶつ沸いている。


「おおー、ヒューマンのブラッダ! プリチーしとるだやん?」


「へ?」


「プリチーしとるのは見れば分かるんよ、ブラッダ! ブラッダぁカジノでイケイケなんよー」


「あ、ああ、元気してるかってこと? それなら元気してるよ。まあ、気にならないことがないって言ったら、嘘になるけど」


「知っとる、きいとる。ブラッダ、命、狙われただや。殺し屋、ブラッダの首欲しがっただや。でも、もし、殺し屋とブラッダになれたら、これ、ブラッダ、ハッピーでまじサタンなんよ」


「まあ、それも心配事なんだけど、ちょっと違う」


「おおー。ヒューマンのブラッダ、心配事たくさん。これ、よくないんよー。笑うブラッダにサタンありだや。わしぃでよければ、話してくれん?」


「いや、まさにあんたにドンピシャでさ。ほら、石切り場塞いじゃったでしょ?」


「なーんだ、ブラッダ、そんなこと気にしてただや? ノー・プロブレムなんよ。あれはサタンのお導き。あん石切場ん、ちょっと深すぎただや。近いうちに掘りなおすのは時間のなぞなぞだったんよ。石切場ん商売ビズのおもろいところは最初の露天掘りのころなんよ。イケるかどうか分からんハラハラがビッグにいいんだや。カジノはどうん?」


「まあ、同じ――かもしれない。手持ちのカネだけじゃあ、足りないけど、その金策考えるのも楽しい」


「そういうことなんよー。サタンなアフターよりもサタンのビフォーのほうがワクワクするんだや」


「カジノは楽しんでもらえてる?」


「もちろんなんよー、ブラッダ! 玉突きは面白いし、もふもふはかわいいんはサタンも文句なしなんよ」


「魔族は客筋がいいから助かるよ」


「わしぃらブラッダは賭け事は深くやらんだや。使うマニー最初に決めて、それでダメなら、その日は帰る。それかもふもふを撫でるだや」


「そんな客がカジノにとって手ごわい客なんだよなあ。そういや、フレイがカジノにいるはずなんだけど?」


「ハートのブラッダだや? そん通り、カジノにいるんサタンな話。でも、今ゴーイングすると、ブラッダがダブルでびっくりするかもしれんだや」


「びっくり? それ、どういうこと?」


「それはわしの口からは言えんだや。でも、ブラッダが見るのを止めることはできんだや。ハートのブラッダはヒューマンのブラッダの役に立ちたいんだや。それ、もふもふたちも同じ。これ、まじサタンな話なんよー」

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