第二話 ラケッティア、王の帰還。
「なんだ、ここ?」
あれだけの高さから落ちたのに、おれはワイリー・コヨーテみたいに人の形をした穴を開けることなく無事着地できた。
途中まではニュートンの見つけた法則どおり、ぐんぐん加速して落ちてったのだが、そろそろ地面にぶつかるかなと思ったところで、なんちゅうか逆に重力がかかって、内臓がぐるんして、オエッてなったと思ったら、地面に立っていた。
で、ここなんだけど――動力室、みたいな場所だろうか。
青い石でできた巨大な丸っこい魔導炉、かなんか知らんけど、そんな感じのものが低いヴヴヴという駆動音みたいなものを発しながら並んでいる。
光は十分にある。
というのも、その魔導炉みたいなものの表面には象形文字みたいなのがずらずら連なっていて、それが点滅したり、順番に光ったり、燐みたいに強烈な光を放ち続けたりしているので、部屋の隅の埃一つだって見逃せないくらい明るい。
が、それでも天井は見えない。
魔導炉から伸びた石の柱は表面を走る光とともに闇に飲み込まれている。
実は床も見えてない。
おれが立っているのは宙に浮いた通路なのだ。
ここはなんかの工場かな?
いや、待てよ。頂上まで水を吸い上げるためのポンプ室かもしれない。
だいたい古代文明の水ポンプというのは人力ポンプで奴隷を二十人使い潰すか、あるいは奴隷三万人を使い潰して、高所からローマ風の導水橋を引いたりするものだが、ここにあるものはとてもじゃないが奴隷労働で得られるようなものではない。
「ウーム」
こんなとき来栖家の男児はとりあえず「何か」にぶち当たるまで前進することを是とする。
もちろん、その「何か」が回転ギロチンだったり、でっかい岩が後ろから追いかけてくる罠だったりする可能性もあるが、来栖家の男児たるもの、その手の責任は一身に引き受け、危機を脱する工夫をしなければならない。
もちろん「そんな責任くそくらえだね。おれはここを動かねえ」と主張することもできるが、そんな強気な発言をする場合、ここにいれば救援が来るということが前提となる。
たぶんずっと上の庭園ではカルリエドはじめとする魔族たちが来栖ミツル救出隊を編成しているだろうが、ツルハシで掘り進めたのでは何年かかるか分からない。
で、結局は前進するしかないのだ。
――†――†――†――
魔導炉がなくなって、道はただ闇のなかを伸びている。
この道、手すりがない不親切設計なので、ぼーっと歩いていたら、そのまま地獄送りになる可能性が高い。
もちろん、ニュートンの発見に中指を突き立てるような反則がまた起きてくれるかもしれないが、それを試したいとは思わない。ニュートンもたぶんそう思うはずだ。
しっかし、ホントに長い通路だな。
ただ、真っ暗ななかに青黒い石の道がずっと続いてるだけだから、時間の感覚がパアになってる。
道を形作る石の並び方は正方形の石板が二列、それがずっと奥まで続いている。
庭園の床だの、魔導炉だのを見た後だと、退屈なほど単純な模様だ。
ところで、さっきからおれの足音が変なんだけど。
トコトコって音に、チャッ、チャッ、って音がかぶさってる。
しかも、このチャッ、って音、歩いてなくてもきこえてくるんだよね――って、げ! 道が落ちてる!
カチャカチャいいながら、これまで歩いてきた道が落ちてってる!
【問1】
来栖くんはA地点からB地点へ時速四キロの速さで歩いています。
来栖くんが歩き始めてから一時間後、A地点から道が時速八キロの速さで落ち始めました。
道が落ちていることを知った来栖くんは何とか助かろうと、なけなしのスタミナをふりしぼって、時速六キロの速さで走りました。
来栖くんはA地点を出発してから、何分後に落っこちて骨肉眼球が飛び散るでしょう?(20点)
「答えはCMのあとでええええ!!!!!」
――†――†――†――
目が覚めるとグレゴール・ザムザは自分がベッドの上で虫になっていることを発見するのだが、来栖ミツルは石の椅子に座らせられているのを発見した。
え、なにこれ。
手足がですね、動かないんですよ。
石でできた手錠か何かで椅子の足や肘かけに固定されちゃってるんです。
ほっほう! こいつぁ、やべえ!
てか、これ、まさか電気椅子じゃないよね。
石だから電気も流れないよね?
あ、でも、異世界の石って電気流すのかな?
えー、ちょっと待ってよ。
おれ、電気椅子に座らされるようなこと、なんもしてないよ?
ダンジョンに八百長仕組んだり、道案内ギルドの上前ハネたり、ナンバーズの集金に子ども使ったり、賭けボクシングの胴元になったり、お菓子ギルドを偽造書類まみれにして脱税したり、密輸品を売り買いする市場の持ち主になったり、スロットマシンで小銭を巻き上げたり、エロい絵を教会の前で売りさばいたりしただけで、なーんも悪さしてないって。
ぶん! という音がした。
何かのスイッチでも入ったみたいに青い光が次々と暗闇のなかに浮かび出す。
その光の数は数百あまり。
その、光のなかから何か分からんやつがこっちを見てる。
「あのー、すんません。もし、よければ、この枷、外してもらえませんかね――って、わあああ!」
――†――†――†――
「もこもこ……いえ、敵性反応は感知されません」
「わあ、マスター! この子たち、とってもかわいいのです!」
「こりゃあ、かわいいブラッダがやってきただや」
椅子に拘束されたおれ目がけて、このかわいらしいもこもこした魔法生物が殺到し、椅子ごと、おれを屋上へと連れてきて、数分が経った。
いろいろありすぎて、何から説明したらいいかわからんので、おれが落っこちた後、屋上チームに起きたことをカルリエドに説明してもらおう。
「ヒューマンのブラッダ、落ちたあと、ぐーん、どーん、なって、がががーんとなって、わしぃら、みーんなサタンのそばに行っちまったかと思ったけど、そうじゃなくて、鳥みたいに高いところにおったんよ。これ、まじでサタンな話なんだや」
つまり、おれが落っこちた後、空中庭園は急激に上昇したらしい。
高さはずっと後で数えたら四十三階もあった。
そんな高い場所まで塔が伸びたと思ったら、石の遺跡がどんどん植物を生やし、東西南北からフラミンゴや派手なオウムだのが飛んできて、塔を住処にしてしまった。
ここに古代ペダン文明の王族が楽しんだ空中庭園が完全に復活した。
もちろん、国王の個人庭園なので、当然、王も復活した。
それがおれだ。
おれが電気椅子だと思ったのは玉座だったらしい。
その玉座に縛られたまま、おれは戦闘機の脱出装置ばりの急上昇をして、屋上の落っこちた穴からピタリと復活した。
おれを王とあがめる大量のもこもこのおまけつきで。
「マスター! アレンカ、ちゃんと面倒みるから、このもこもこを一匹飼いたいのです!」
「ブラッダ、このタワーはダンジョンにはならんだや。こんなにかわいいもこもこした生き物に剣ふるえるやつなんておらんだや」
「データ取得中。もこもこ生物をアーカイブに追加します」
そして、もこもこたちに王と崇め奉られているのだが、おれはというと、心ここにあらずで、宇宙に近くなった分だけ藍色の影が強くなった空をじっと見上げていた。
フラミンゴがいっせいに飛び立つ。
塔のまわりから渦を巻くようにピンクの群れを上へ上へとつなげていく。
おれはフラミンゴが昇る藍色の空から目が離せなかった。
なぜなら、〈そいつ〉が降ってくるのが見えたからだ。
〈そいつ〉は映画スターみたいな甘いマスクにオーダーメードのダブルのスーツでパリっと決めていて、毎日マニキュアさせている爪が真珠みたいに輝いて見えた。
1947年ビバリーヒルズで撃たれて顔から吹き飛ばされて絨毯に転がることになる青い眼はまだ両方とも目のあるべき場所に収まっていて、その眼をニヤリと危険な微笑みで細めて、〈そいつ〉は言った。
「ここにカジノをつくりな」




