第十三話 ラケッティア、帝国の萌芽。
やったぁ! スロットマシンだ! これで勝てる!
記念すべき第一号のスロットマシンは〈モビィ・ディック〉に置こう。
しかし、素晴らしい。
SF少女は見事、こちらの考えていることをスキャンして、ファンタジー異世界の雰囲気を壊さないスロットマシンをつくってくれた。
赤っぽいニスで仕上げた木製のボディに三つのスロットにはレモン、サクランボ、ベルなどのカラフルな絵がまわる。
銅貨を入れるスリットやレバーは磨き上げた赤っぽい銅。
天板にはどの模様をそろえたら何倍のコインがもらえるのかを記した鋼の看板。
このスロットマシン、レバーを引くと、ジリリリリンとベルが鳴り、スロットの目が止まるたびにガチャンと頼もしい音を鳴らす。そして、当たりに合わせて音楽が鳴るのだが、それはタフな音を出すオルゴールが内蔵されて可能になった驚異のテクノロジーだ。
だが、このスロットマシン、一切電気はつかっていない。
動力は事前に巻いたゼンマイとレバーを引くその動きから抽出。
内部構造もこの時代の機械職人で修理できるものだ。
この一号機は〈ラケット・ベル〉と名づけた。青く光る鋼の看板にもそう打ち込まれてる。
二号機はもう少し銀メッキした鉄の割合を増やし、トランプの絵柄をまわして、ポーカーができるスロットマシンをつくってもらうつもりだ。
クルス・ファミリーのスロットマシン帝国がいよいよ現実のものとなりつつある。
「それなのに、お前ら、なんだ? そんなにふてくされて。お前らは歴史の誕生を目にしてるんだぞ」
「ぶーぶー」
「面白くなーい」
「星空行きたかった」
「船……」
「この際、はっきり言っておくと、おれはスター・ウォーズは一作も見たことがないし、ガンダムも見てない。だから、宇宙にはこれっぽっちもロマンを感じない」
「マスターの言っていることは分からないけど、そこの女の子の出せる兵器や機械は使い方次第で世界だって征服できる代物だ。それを思うともったいないと思わないか?」
「全然。いいか、マリス。この世には世界征服をする方法は二つしかない。スロットマシンで征服するか、それ以外だ。そして、それ以外の方法で征服されるような世界はそもそも征服する価値がない」
「マスターの価値観ってほんとめちゃくちゃ」
「どこがめちゃくちゃだ。首尾一貫してるだろ。ラケッティアの名に恥じないあくどい稼ぎをする。麻薬と人身売買はなし。麻薬を扱わない分の資金力はスロットマシンでゲットする。全部予定どおりだ。おまけにこの子がきて、ポルノ・ビジネスのほうもインクの調達が可能になった。まあ、見てろ」
――†――†――†――
GーⅣベータことギルバート・ローはフレイの家来になった。
本物の古代文明のかっちょいい言葉たちにぶちあたったギル・ローはフレイを師匠と呼び、額が割れる勢いで頭を下げて、古代文明の汎用人型ユニットになるためのコツの伝授を頼んだ。
指揮命令系統はおれがフレイの司令官なので、フレイの口を通じて、ギル・ローにインクをつくらせることが可能だ。
ちなみにフレイという名を決めたのはカルデロンだった。
スロットマシンの絵柄一つ一つを文字に置き換えて決めたらしい。
夕暮れ時、泥まじりの汚い雪でさえルビーのように輝ける時間、おれはデモン通りの印刷拠点にいた。
フストとギル・ロー、それにディアナとエロ・カードの製造に関する具体的な話を詰め――紙はどこから調達するか、彫金師は誰に頼むか、などを決めた。
フストとギル・ローが帰った後、おれは西日の射しこむその部屋で印刷機を見た。
クランク一まわしで十六枚が刷れる。エロ絵の原板が出来上がり次第、製造開始となる。
目を閉じると、稼働中の印刷所が目に浮かぶ。
印刷機から吐き出され、ギロチンみたいな裁断機にかけられる絵。
部屋に渡された洗濯紐から垂れ下がる絵。
一束百枚で青い紙に包まれて出荷される絵。
フストはせっせと働きながら、ディアナに一時間で五千枚刷れるか賭けをしようと勧める。
ディアナは首をふり、窓から外を眺める。
そこにはデモン通りがあって、屋台の鍋が白い湯気を立てているのが見える。
城壁の向こうにはエスプレ川があり、そこの桟橋に係留された小さな商船へ青い紙に包まれた束がどんどん運び込まれる。
行き先はアルデミル、ディルランド、バルブーフ、アズマ――ガルムディアにだって行くだろう。
「そこで何をしている?」
「いや。この商売がうまくいく様を想像していた」
振り向くと、ディアナがいた。
外出から帰ったばかりらしく、厚手のマントには白い氷が点々と散って星を写し取ったようにも見える。
「そっちは? どうかした?」
「どうも何も、わたしはここで暮らしている」
印刷所の隅には衝立で区切られたスペースがあり、そこにディアナは軍隊用の簡易寝台と荷物箱を一つだけで暮らしている。
「ここが印刷所になったら、どこかよそに移るんだろ?」
ディアナは首をふった。
「いや、ここで暮らす」
「こう言っちゃなんだけど、このビジネス、動くや否やカネが入ってくるよ。それこそシデーリャス通りの邸宅を借りられるくらい」
「いや、ここでいいのだ」
「まあ、本人がいいって言うなら、おれもこれ以上は言わないけど――でも、分かんないなあ。どうして、ポルノ・ビジネスを持ちかけてきたのか。カネを使うつもりもないなら、わざわざあんな稼ぎをしなくてもいいじゃん」
「……」
「まあ、いっか。おれも儲かるし、そっちも儲かる。別に悪いことは何一つない」
「一つききたい」
「へ?」
「自分のこれまで築いたものをぶち壊したいと思ったことはあるか?」
「ぶち壊せるものを築いたことがない。今のファミリーを除けば。で、おれはファミリーを潰したいと思ったことはない」
「そうか」
ディアナは印刷機を見た。沈みかけた太陽の最後の光がクランクの上にかかっていて、針の穴くらいの大きさの光が強く瞬いていた。
「わたしの家は五百年前に騎士となった。それ以来、騎士を輩出するのは一族の常識となり、わたしも当然と思って生きてきた。だが、わたしは女だ。家の惣領は継承できない。それは弟のハリスの役目だ。だが、ハリスは生まれつき体が弱く、騎士として生きようとすれば、その命が削れる。わたしは家名を守ろうとする一族、それに両親からハリスを守るために騎士となり、女を捨てた。惣領に興味はない。だが、たった一人の弟だけは何としても守りたかった。家名を上げるためにいくつかの傭兵契約を結び、外征もした。だが、わたしがロンドネを留守にしているあいだに辺境伯戦争が起きた。わたしは両親と約束した。わたしが戦っているあいだ、ハリスを決して戦に出さないと。それを両親は破った。ハリスの体がもたないと知ってのうえで。理由はラカルトーシュ家が国内の戦争に騎士を従軍させないことで被る不名誉からラカルトーシュ家を守るためだと言っていた。馬鹿馬鹿しいほど正統な理由だった。わたしの傭兵としての契約金を国庫に納めていることを考えればな。ハリスは、従軍して二か月後に陣没した。海外遠征から戻ってきたわたしに両親が言ったのは、辺境伯戦争への参加だった。弟のことはなかったことにした。従軍生活に耐え切れなかったハリスはラカルトーシュ家の名に泥を塗ったと」
「実の息子によくそんなことが言えたもんだな」
「五百年間、肥大化した騎士の名誉は親子の情すら歪めるのだ。わたしは新たな戦いに身を投じた。両親が考えているのはわたしをこの内戦で活躍させ、子爵以上の家柄と結婚し、その爵位と騎士の位を合わせて、婿に継がせることだった」
「そんなことしなくても、結婚相手なら引く手あまたな気がするけど」
ディアナは、ふ、と笑った。
「お褒めにあずかり光栄だな。わたしは塹壕の泥にまみれ、剣を落とし、相手の首の骨が折れるまで締め上げるような戦いを七年以上してきた。だが、塹壕の泥はラカルトーシュ家の名誉などよりもずっと清らかだった。絵を覚えたのは辺境伯戦争の最中だった。はじめは風景を描いていたが、そのうちああいった絵を描くようになった」
「なんで?」
「需要と供給だな。わたしのまわりには妻や恋人から三年以上強制的に離された男たちがいた。卑俗な絵に夢中になったが、それでも立派な戦友だった。やがて彼らも死んでしまった。すると、わたしの手元には絵が残った。これを使って、ラカルトーシュ家をぶち壊す。わたしはそう決めた。死んだ者全てのために」
「わお、それ、すげえ、なんつーか……」
「たとえ血のつながった家族でも限度がある。わたしはハリスが死んだことを知ったそのときから天涯孤独になったと思っている。でも、だからこそ言える。もし、大切にするだけの価値のある家族に巡り合えたら、どんなことをしても守るべきだと」
「うん。それ、その通り」
「……」
「……あのさ、貯金っていいことだよ。計画的でさ。でも、目的もなく貯金してると人間、アタマがおかしくなる。つーか、他の人間とずれた考え方になる。孤独が深くなるっつうか、なんちゅうか。それとさ、まあ、ここまでお互い商売すれば――なんなら晩飯を〈ちびのニコラス〉で食ってくれてもいいよ。どうせ、八人分つくるも九人分つくるもおんなじだし」
「せっかくだが、遠慮しておく」
「うん、そうだよね。いや、別にこっちは全然気を悪くしたとかないからさ。つーか、今日はいろいろ忙しくてメシつくる気がしなくて、料理屋から取り寄せようと思ってたんだ」
「いや……昼間に豆のシチューを夜の分までつくった。それを食べ切りたいだけだ。戦場で暮らして以来、食べ物は粗末にしたくない」
「それ、すっげえ、いいよ。食い物残したときの罪悪感って結構チクチクくるからね」
「もし……」
「ん?」
「もし、明日の晩、そっちにわたしが行ったら、迷惑か?」
おれは苦笑した。
「なわけないっしょ。ぜひ来てよ。おれのメシ、めっちゃうまいって評判だから」




