第十話 ラケッティア、まさかのときのラケッティア宗教裁判!
荷馬車に乗って、赤ワイン通りを下る。
道行く人はおれたちと目が合わないようにする。
というのも、おれたちは異端審問官の格好をしているからだ。
しかも、コーデリアお墨付きの本物の異端審問官の制服だ。
気に入らねえやつをキャンプファイヤーにする権利を与えられた宗教ギャングは思った通り、街のみんなの嫌われものだ。
そんな嫌われものが八人、荷馬車に揺られていく先はどこかというと、公営質屋。
甲冑職人街へ曲がり、公営質屋の柱廊の前で馬車が止まる。
馭者台には我が子の晴れの姿をどうしても見たいと言い張ったエルネストが座っている。
公営質屋からはこの世の終わりがやってきたみたいな顔をして、支配人が飛び出してきた。
カラヴァルヴァ有数の金融業者でもある支配人はいわゆる靴底に金塊を敷いて背丈を足すタイプの男であり、カネの力で世の中を渡ってきたやつらしいネズミ面をしていた。
どうもいろいろ心当たりがあるのか、おれたちを転ばすのにどれだけ積まないといけないか、いやそもそも異端審問官に賄賂が効くのか、むしろ賄賂を出した途端、現行犯でしょっぴかれるのではないかと、こっちが頼まないのにあれこれ考えすぎて疲弊し、こっちのいうことにハイハイ素直にこたえる人形になってしまった。
さて、このなかで一番年寄りのカルデロンがお偉いさんであり、〈インターホン〉は護衛、フストが調査係で、あとはその他大勢。
カルデロンも昔は治安判事だったから、顔も割れてるかと思ったが、ローブのフードをかぶり、何より相手がこちらと目を合わしたくなくて、顔をまともに見てこない。
カルデロンがうなずくと、おれが進み出て、異端審問院による特別捜査の令状を出した(後ろのほうでエルネストが学芸会に出る子どもを称えるみたいにパチパチ拍手していた)。
「情報提供により、この施設内で悪魔儀式に使われた物資があるとの情報をつかんだ。ここを調べる」
カルデロンがそう言うや否や、おれとアサシン娘たちは分厚くなった紙ばさみを小脇に抱え、玄関ロビーを颯爽と進む。
異端審問官のお出ましだ! 道をあけろ!
この服、先の副将軍の印籠よりも効果的だ。
ただ歩いていくだけで、人は横にどき、扉が次々と開き、途中で冷たい飲み物までもらえて、気がつけば、質流れになった品物が保管されている倉庫に入っていた。
まあ、ここの営業規模からデカい倉庫なのだろうとは思っていたが、いやはやこれほどとは!
この世界に転生して以来、見たなかでは一番広い部屋だ。
そこにはカラヴァルヴァじゅうの人間が貴賤を問わずブチ殺した質物でいっぱいだ。
金でできてるやつ。銀でできてるやつ。宝石でできたやつ。安っぽいやつ。高価そうなやつ。安っぽいけど実は高価なやつ。高価そうだけど実は安っぽいやつ。
これら一つ一つの品物に涙があり、しつこい値段交渉があり、金欠病患者がいる。
質屋からもらうカネは金欠病の処方箋とはならず、むしろ悪化させる。
ギャンブルにしろヤクにしろ次のカネを得るために質屋にブチ殺せるものを探し、盗みや強盗殺人に走るのだ。
さて印刷機だが、鉄格子の扉を二回通り過ぎた先にあった。
おれみたいな元現代人から見れば初歩的だが、しかし手の込んだ職人仕事が目立つ。
機械類が専門に置かれている場所があり、そこに印刷機があった。
フストによれば、これは時間のかかるスクリュープレスを使わず、クランクをまわすだけで必要な圧力が得られる世界に一つしかない印刷機であり、三人の魔法使いと五人の錬金術師と十七人の印刷技師が協力して作り上げた代物だった。
その青い金属でできた、ちょっとうっとりしたくなるような曲線美に恵まれた機械を見つけると、手筈通りにミイラの切れ端を仕込む。
カラベラス街で火つけ用に売られているこいつはずっと袖の内側に隠してあって、それをさも今、この機械から見つけたような顔をして、支配人に、
「これは謀反の成功を悪魔に願うときに使われる死者の破片です。まさか、この場所にはそんな謀反を企む人はいないでしょうね?」
支配人は一秒に二十回、残像が残るくらいの高速でうなずいた。
もう冷や汗で体内の水分が出ていって、体重が半分に落ちているようだ。
「これを持ち帰って、悪魔祓いにかけなければいけない」
カルデロンは死刑判決を下すみたいな厳粛さで言い渡した。
「ですが、その、これだけ高価な品ですと、持ち出しには事務手続きで時間がかかって――」
「では、教皇聖下付きの異端審問官の到着を待ちましょう。大事にはなるかもしれませんが、手続きがあるなら仕方がない」
「い、いえ、その、手続きですが、こういった危急の際には省略もできるのです。すぐにお持ちいただいても結構です」
「そうですか。まあ、そのほうがいいでしょう。この機械に付与された邪悪な瘴気が他の品物に感染することは防がないとなりませんからな」
他の品物までダメになるときいて、支配人はもう今すぐに機械を持っていってほしくてしょうがなくなった。
「これは手続きの一環であり、儀式の一部なのですが――」
おれのなかのイタズラ虫がウズウズし出した。
「所有者からの正式な譲渡を祈祷にしたものがあります。それを唱えてもらえますか?」
「き、祈祷ですか?」
「そんなに難しいものではありません。『まさかのときのラケッティア宗教裁判』と大声で唱えればいいのです」
「え?」
「はい、どうぞ」
「え、えーと、まさかのときのラケッティア宗教裁判?」
「駄目です。もっと大きな声でお願いします」
「まさかのときのラケッティア宗教裁判!」
「そんな声では悪魔は退けられません。もっと大きな声で!」
「まさかのときのラケッティア宗教裁判ッ!!!」
「もっと出せるはずだ。お前の本気を見せてみろ!」
「まさかのッ! ときのッ! ラケッティア宗教裁判ッ!!!!!」
「素晴らしい! 今ので悪魔は去りました! この譲渡成立した印刷機は救えませんが、他の品物は間違いなく浄化されたでしょう!」
没収した印刷機の領収書をくれてやり、印刷機を運ぶ。
〈インターホン〉が一人で軽々持ち上げると、質屋の連中は驚き、おれも驚き、これを見たやつらは、見ろ、異端審問官のなかにはあんなふうに力仕事のために雇われているやつがいる、火あぶりを拒むやつらを焚火のなかに鉄の棒で押し込むに違いない、と勝手に伝説を作り出した。
印刷機を馬車に載せる。
重いものを運ぶことを念頭に馬は六頭引きにしてある。
しかも、その馬には馬専用の黒い服をかぶせてあって、これが異端審問流なのだそうだ。
まったく、あの支配人ときたら、あとでペテンにかけられたと分かったら、さぞデルガドに突っかかることだろう。
ところで、これはあとで知ったのだが、おれたちが甲冑職人街を抜けて、赤ワイン通りを左に曲がっていたころ、本物の異端審問官がやってきて、公営質屋にガサ入れをした。
ホントに悪魔儀式でつかわれた品物が倉庫にあったのだ。
要するに運がなかった。
こうして早々と発覚し、支配人が怒り狂ったのは言うまでもない。
こんなときのための早馬と伝書鳩を使って、印刷機を載せた六頭引きの荷馬車を指名手配にした。
当然、その知らせはデルガドのもとにも飛んできた。




