第二話 ラケッティア、下調べ。
女騎士ディアナは話を続けた。
「包囲戦に参加したことはあるか?」
「一応ある」
「なら、分かるだろう。退屈で苦労が多い。することと言えば、すっぽんぽんの絵を描くくらいしかない」
いや、もっといろいろやることあったと思うよ。腕立て伏せとか。
「それですっぽんぽんの絵を描いたと」
「そうだ。すっぽんぽんの絵を描いたのだ」
高潔美人で、ファイナルファンタジータクティクスに出てくるアグリアスみたいな女騎士の口から『すっぽんぽん』なんて言葉をきくことになるとは。
転生する前、下校途中の二人の小学生低学年の片割れがひどく深刻な顔をして『そして、被害総額は十億円に上った』と言っているのをきいたときと同じくらいの違和感というか、これじゃない感というか、とにかくただならぬものを感じる。
自分の描いたポルノについて説明するディアナの口調は淡々としていて、どうも自分の作品はあくまで商品に過ぎず、まあ、なんちゅうか、性的嗜好というか性癖はたぶん別のところにあるのだろう。
そんなものあればの話だけど。
ともあれ、ディアナは自分が絵を供給するので、こっちで印刷と販売を受け持ってほしいということらしい。
取り分はおれが8、ディアナが2。
悪くない取引だ。
もちろんおれができる印刷とはコピー機のボタンを押すくらいのものであり、この世界の印刷技術についてはド素人だ。だから、そこを勉強するところから始めないといけないし、印刷機を使える人間を雇わないといけない。
ただ、これまで活字印刷の本は見たことがあるので、グーテンベルクが聖書を刷った十五世紀くらいの印刷技術がこの世界には存在すると見て間違いないだろう。
販売だが、まあ、まずは〈ラ・シウダデーリャ〉で流すことになる。
イケそうなら、ナンバーズの集金に使っている人間で頭の回転の速くて信用できるやつに持たせて、街で売ってもいい。
このレベルの絵を印刷してカードとして銀貨一枚で販売できれば、巷に出回っている三色刷りのエロカードを一掃し、クルス・ファミリーがカラヴァルヴァのポルノ・ビジネスを牛耳ることになるだろう。
だが、このラケッティアリング。大きな問題がある。
うちのアサシン娘たちだ。
以前も密輸品を買いあさったときにもらったエロ札を持ち帰ったら、すごーく白い目で見られたのだ。
あのときはついでにもらったと言い訳したが、今回は言い訳できない。
何せ、おれが製造販売するんだから。
うーん、よくないなあ。
そんなことになったら、ツィーヌは敬語でツーンとなるし、マリスは牛乳ふいてほったらかしにしたぞうきんを見る目でおれを見るだろうし、アレンカには教育上よろしくない影響を与えるし、ジルヴァには、めっ、って言われてしまう。
『マスター』という呼び名も『エロマスター』にされる。
ただでさえ低いであろうおれの社会的地位をこれ以上下げるようなことをするわけには……。
うーむ。
……。
…………。
………………。
……………………ふ。
ふぁああああああああああっくッッ!!!!!
おれのバカ! この来栖野郎! びびってんじゃねえよ!
ポルノも立派なラケッティアリングだろうが!
1970年代、ガンビーノ・ファミリーのロバート・“DB”・ディベルナルドはポルノ・ビジネスの上納金のおかげで、人を殺したことないのに格上げされて、兵隊一人も抱えてないのに幹部になれただろうが!
まあ、最後は殺されたけどさ!
とにかく印刷から販売まで一手に握って、カラヴァルヴァのポルノ業界を牛耳る!
誰が何と言おうと牛耳る!
うん。いいぞ。ジェイムズ・エルロイの小説みたいだ。
小娘たちが何言おうが、おれはやるぞ。
というか、何も言わせない。おれはファミリーのボスだもんな。
――†――†――†――
「いいんじゃないか?」
「しょうがないのです」
「マスターも男の子だもんね」
「……許可」
ディアナに承諾の返事をすると、ちょっと待っててくれと言って、娯楽部屋に踏み込み、ドミノ、というかドミノ倒しに興じる小娘たちにポルノ・ビジネスに乗り出すことを宣言した。
ところが、小娘たちの返事はなんというか寛容。
これじゃ、あれこれ考えてたおれが器が小さいみたいじゃねえか。
なめんなよ。転生前の日本じゃ、おれの器の小ささはそんじょそこらの狭量野郎じゃ追いつけねえと言われ、器の大きさを測ってくれるアプリからは、あなたの器の大きさはナノマシン級ですと言われたんだ。
「で、何をすればいいんだい? まあ、マスターのことだからすでに段取りは頭のなかにあるんだろうけど」
と、マリスが言う。
「段取りというほどではないが、まずは印刷技師をゲットする。それも腕がいいけど、失業中か、カネに困ってるやつ。このへんまではカノーリと同じだ。それからは印刷技師の助言をもとに、印刷に必要なものを揃え、試しにここで売る。反応が良かったら、市場の外でも売るし、なんなら、海外に輸出してもいい。とにかく印刷屋探しからだな。ジルヴァとトキマル、ついてきてくれ」
娯楽部屋に吊るしたハンモックから、不可、と簡潔な返事が飛んできたので、ハンモックの片方の紐を解いて、脱力忍者を床に落っことした。
「いってえなあ!」
「なんだ、変わり身の術、発動しなかったか? 腕が鈍ってんじゃねえの? カラヴァルヴァをおれたちのポルノであふれさせるぞ。ついてこい」
おれはジルヴァとトキマルにディアナを紹介した。
どうやら異世界の住人にとっても、ポルノ・ビジネスを持ち込んだのが女騎士であることは常識はずれだったらしい。二人は耳打ちモードでおれに話しかけてきた。
「ひそひそ(マスター。この人、……アタマおかしい?)」
「こそこそ(おれもそう思ったけど、これ以外はマトモっぽいんだよ)」
「ぽそぽそ(マトモな女騎士がエロい絵描く? ありえねー)」
「ぺそぺそ(とにかくカネになる話は誰の口から出してもカネになる。ハナからきれいなカネを稼ぐ気はねえもんな。あ、でも児童ポルノはなしってことで話はついてる)」
おれはディアナに印刷技師でいいやつを知らないかときいたが、つい先月まで傭兵として戦場を駆け回っていたらしく、あまり街のことには詳しくないとこたえが返ってきた。
二階の事務室にいるエルネストとカルデロンに印刷業界のざっとしたところをきいてみる。
「印刷業はまだ生まれて間もない業界だからね」
と、エルネスト。魔法で十本の羽根ペンを一度に動かすことができる文書偽造屋(ただ、それをやると翌日高熱で寝込むので、よほどのことがないと使えない)はやはり印刷業界にもそれなりに詳しかった。
「現状、書類や書籍の転写は手書きに頼っている。写生を生業にするものは多くて、筆耕専門のギルドはあるけど、印刷技師のギルドはない。ギルドを組織できるほど印刷機を扱える人間がいないからね。だから、印刷屋たちは店単位で技術を守ってる」
「十五色のエロい絵を印刷できる技師となると、どうかな?」
「難しいねえ。印刷屋たちのほとんどは活字印刷を生業にしていて、挿絵については挿絵師に頼んでいるんだ」
「刷ってるのは字だけか」
「そういうこと。絵を印刷する技術もないことはないけど、ほとんどは木版画だよ」
つまり浮世絵みたいになるってことか。
〈ラ・シウダデーリャ〉でのみ売るなら、手で刷るのもいいが、もっと売るつもりなら、手刷りでは数が間に合わないし、数を間に合わせようとしたら、人件費がかさむ。
それに製造拠点があまりに大きくなりすぎると、警吏たちが特別な目こぼし料を要求する可能性もある。
将来を考えると初期投資が大きくとも専用の印刷機か、それに相当することができる魔法使いか錬金術師が必要だ。
「クランク一つまわしただけで、自動的に版に色を噴射して、エロ絵をバンバン刷れる機械ってないもんかね?」
「ぼくは偽造専門だから、そこまでは分からないなあ」
そこは本職にきくべきだろう、とカルデロン。
「本職?」
「左様。この街にも大手の印刷業者がいる。そこをたずねてみたら、どうだろう?」
カルデロンはそこのアドレスと印刷技師の名前を教えてくれた。
よし。ポルノ・ビジネスのゼロ地点に立った。あとは一歩を踏み出すのみ!




