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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クライム・スケッチ編
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第十三話 ラケッティア、船員教会のスケッチ。

 サンタ・カタリナ大通りの倉庫群を通り過ぎ、聖アロンゾ教会の前のスカリーゼ橋で川を渡る。


 すると、モンキシー通りが見えるので、そこを右に曲がる。


 左に曲がってはいけない。

 その先には聖院騎士団のカラヴァルヴァ支部がある。触らぬ神になんとやら。


 その道は三百メートルほどいくと、未舗装の道に変わり、荷馬車は少々治安の悪いところに入る。


 ここの住人は人を刺したとか〈商会マフィア〉の持ち物を盗んだとかで大っぴらに外を出歩けないルサンチマンの塊みたいなやつらだから、顔を合わせただけで殺し合いになる。

 そこで住民同士の怒りの緩衝材バッファとして雑草の藪が生い茂る。


 宿無したちが掘立小屋で目覚めて、誰かを半殺しにしたいと思ったら、鬱蒼と茂る藪を越えないといけない。

 すると、トキマル並みのめんどくせーで宿無したちはまた布団に潜り込む。


 神さまはこいつらをひと思いに殺すよりは、そのひでー状態のまま長生きさせることを選んだらしい。

 間違いない。神さまはゲス野郎だ。それも最強クラス。


 エスプレ川がくの字に曲がった地形。その川へ突き出た葦の原に船員教会がある。


 海軍提督からガレー船の奴隷まで、海で死んだ船乗りたちの鎮魂のための塔が立ち、後ろには墓地がある。

 大雨が降ると、水に浸かってしまう低地にあり、特にひどい雨になると、墓にかけた土饅頭が削げて、棺桶がクジラばりのジャンプを見せながら浮かび上がったりする。


 教会はそれなりに広く仕事を求める船乗りがたむろしていた。

 次の仕事が決まった船乗りたちはそれぞれがご利益があると信じる天使や聖人に蝋燭をささげ、次の航海の無事をお願いしている。


「ローソク一本で航海が安全になるなら、誰だって船乗りになれる」


「出たな、脱力忍者節。誰でもなれるって言っても、お前、なる気ないだろ」


「当たり前でしょ。めんどくせー」 


 船員教会は大盛況だ。

 高飛び手配師の算術玉がおたずねものの殺人鬼をよその土地へ放す値段をカチカチ弾き、航海士は買い時を間違えた外国銀貨の引き取り手を探して身廊を幽鬼のようにさまよう。空っぽの酒壜が祭壇に密集し、おいぼれ船員が魔物の牙でつくった首飾りで輪投げをする。


 側廊にはまだ船に乗っているみたいな顔でくたびれた様子の船員たちがいて、その一人一人が持ち込んだブツの買い手を待っている。


 手始めに一番近くにいたやつに話しかける。


「やあ、とっつぁん。こんちは」


「なんだ、坊主?」


「おれが買い取れる品がないかと思ってね」


「冷やかしなら帰れ」


「カネなら持ってる」


 おれが金貨を見せると、ひゅうと口笛を吹いた。


「で、品物は?」


 船乗りは自分の座っている箱をかかとで軽く蹴った。


「チペルテペルの黒ワイン。三年ものより低いやつは入ってない」


 おれはここに来るまでにカルデロンに教わった密輸品の相場を思い出した。

 黒ワインなら一壜が大銀貨三枚。

 ロンドネ王国は国内の葡萄生産貴族たちに押されて、チペルテペルの黒ワインを禁制品扱いにしている。


「いくら?」


「一本銀貨十二枚でどうだ?」


 銀貨一枚が五百円。大銀貨一枚が千五百円。相場四五〇〇円のワインに六〇〇〇円と吹っかけてきた。


「何本あるんだ?」


「二十五本」


「全部合わせて金貨三枚ならどうだ?」


「冗談じゃねえ。それじゃ一本が銀貨八枚にもならねえじゃねえか」


「銀貨十二枚じゃいらない。そりゃ小売りの値段だ。なあ、こっちはそっちの手持ちを全部買い上げてもいいって言ってる。しかも金貨で払うんだ。チペルテペルじゃワインなんて大銀貨一枚になるかどうかだろ? もし、どこかの船がチペルテペルからやってきて、箱単位で市場に流せば、あっという間に値崩れだ」


「……何か情報があるのか?」


「それは教えられない」


「よし。じゃあ、こうしよう。一つ、仲間の船員から売ってきてくれと頼まれてるものがある。それと合わせて金貨五枚なら手を打つ」


「モノは?」


「これだ」


 出てきたのはドミノだった。


「また、さばきにくそうなものだな。これの持ち主はなぜ自分で売らない?」


「持ち場で居眠りして上陸禁止を食らってるんだ。そいつ、どうしようもない博打打ちで、今すぐカネが欲しいんだと。で、おれがかわりにやつの品物を売ろうってわけだ」


「あんたにはいくら入る?」


 船乗りは欲深そうな顔で思案してから、


「売値の半分」


 と、言った。賭けてもいい。三分の二はとってる。


 手に取ってみる。材質はファイアドレイクの骨。数の合った牌同士をぶつからせると、熱のない七色の炎が渦を巻いて上がる凝った作りになっている。


 とはいえ、高すぎる。カルデロンはあまり気の乗らない様子だ。


 確かにドミノ牌一式に金貨二枚は出し過ぎだな。


 とはいえ、金持ちや貴族にはドミノの愛好家が多いときく。

 これは化けるかもしれない。

 それにこっちは気ままに買い手を待ってもいいのだし。


 それにどうしても買い手がつかなかったら、材料がファイアドレイクの骨なのだから、アレンカの魔法実験の材料か、それとも市場の錬金術師のコーナーで売る手もある。


 だが、何よりも欲しいのはこの船乗りの口から語られるであろう、来栖ミツルが密輸品や禁制品を買いあさっているという評判だ――嘘じゃない、ファイアドレイクのドミノ牌まで買ってった、あの小僧はとにかくモノを買い集めてる、お前も行ってみろよ。


 その評判が市場を育て、店と物であふれさせる。


「黒ワイン二十五本とドミノ一式で金貨五枚だな?」


「そうだ。金貨五枚だ」


「よし。買った」


     ――†――†――†――


「トキマル。今すぐ〈ちびのニコラス〉に戻って、アレンカとツィーヌを連れてこい。ああいう魔法がかった代物の目利きはあいつらならいける」


「めんどくせー」


「なんだよ、忍びの足ならちょろい距離だろ? いいから行けってば。それと二人にはそばにあるカネ全部持って来るように言うんだぞ」


「こいつらはたい焼きは売らないの?」


「知らんよ、そんなの。って、え? お前の国、たい焼きあるの?」


「おれの故郷、何だと思ってたんだよ」


「いや、戦国時代だと思ってるけど。へー、たい焼きがあるのか。って、何、お前、たい焼き食わせろっての?」


「うん。人をパシるんなら、それなりのもんが必要でしょ」


「なんで お前にたい焼きやらねばならんのだ。お菓子で釣るのは女の子って黄金律知らんのか?」


「どーでも」


「だいたいたい焼きなんて生もの、密輸品売買の場に出てくるわけねえだろが」


「それも、どーでも」


「分かった、分かった、分かりました。たい焼きが食べられるよう努力はしますから、ひとっ走り行ってください」


「最初からそう言えばいいの。じゃ、いってくる」


 トキマルは風のごとく去っていった。

 つーか、ホントに風みたいに走っていきやがった。

 あの足なら一日十里は走れるな――めんどくせー、がなければの話だが。


 二十分後、辻馬車が一台やってきて扉が開き、トキマルとアレンカとツィーヌ、そして金貨二六三枚を吐き出した。


 まず南側の側廊の連中、次に北側の側廊から買い集める。

 結果――馬車いっぱいいっぱい――ワイン、ラム酒、〈命の水ウイスキー〉、ブランデーなどなどの密輸リキュールが百本以上。

 それに錬金術の材料――ガヴェリナ塩湖のソーダ灰、〈天使の涙〉の別名を持つ古代藻のエキス、始祖鳥の化石、青く光るゼラチン質の壜詰め、秘術が隠されているという抽象画などなど。

 そして、布製品――コトニールの更紗、バルブーフ絨毯、マネト産ビロードの手袋、〈学院〉の魔導士ローブなどなど。

 それにおまけでついてきた粗悪な印刷の猥褻カードが数十枚。


 市場に帰り、品物を外壁倉庫に運ぶ。


「まだ、市場を埋めるほどではないが、去っていった商人を戻すくらいは何とかできる――気がする、って、なんだ、お前ら三人して。ジトーッとした目でこっち見て」


 三人とはアレンカ、ツィーヌ、そしてトキマルだ。


「マスターも男の子だもんね。やっぱりこういうのに興味があるわけだ」


 ツィーヌのほっそりとした指がおねーちゃんのあられもない姿を印刷したカードをぞんざいに扱う。


「いや、それはおまけでついてきたんであって、だいたい、それ、粗悪すぎておかずにだってなりゃしない」


「マスター、おかずって何なのです?」


「今日のおかずはイカのオーブン焼きです」


「アレンカの好きなサクサクイカなのですか?」


「ちゃんと香草パン粉にまぶすから、めちゃサクサクですよ」


「わーいなのです!」


 よし、これで一人片づいた。

 が、ツィーヌは間違いなく、おかず、の意味を知ってる。


「あ、あくまでビジネスだから」


 と、言い張るおれに、


「そうですね。ふーん。ビジネス。そうですか」


 あ、出た。敬語モード・ツィーヌ。


「いやだなあ、ツィーヌさん(シュークリーム)。同じ屋根の下、四人の美少女と暮らしてて(チョコ・カノーリ)、こんなエロカードにメロメロになるわけないでしょ(レモン・ケーキ)?」


「ふーん。まあ、なんだか許したい気分になってきたから許してあげる」


 っしゃあ! 人間サブリミナル成功!


「シュークリーム、チョコ・カノーリ、レモン・ケーキ、オレンジ・ジェラート」


「え?」


「言葉のなかに言葉を仕込んだでしょ?」


「いや、オレンジ・ジェラートは言ってな――」


「やっぱり」


「やべっ、引っかかった」


「甘い、甘い。マスターがこれからつくるお菓子よりも甘い。そういうわけで約束、守んなさいよ」


 一本取られたが、ともあれお許しはもらえた。

 残るは――、


りょー。たい焼きは?」


「なかった。なんだよ、どいつもこいつもお菓子で脅迫しやがって。まあ、でも、いいもんが手には入った」


 肩から下げていた鞄から取り出したのは、一度に三匹のたい焼きが焼けるたい焼き器だ。


「こんな出物があった。つーか、お前がたい焼きたい焼きって言うから、おれまでたい焼きが食いたくなってきた」


「頭領、アンコはどっち派?」


「つぶあん」


「よし」


 バシッ! おれと脱力忍者は変わり身の術が発動するくらい強い力でハイタッチをした。

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